お屋敷
さてと、と私は言いました。
まずはこの人間界の生活を謳歌する為の私達の城、お屋敷の全容を把握しなければなりません。
「お姉ちゃん、お屋敷には入らないの?」
「とりあえず外を一周してみましょう。地形の把握は戦術上でも必須の項目です」
そう、いつ戦闘機や戦車など、人間の兵器がこの屋敷に押し入ってきてもおかしくは無いのです。ナイフン、と言い、人間界ではそこかしこで戦争が起こっているそうですから。お父様から聴きました。
ソルラの手を引き、私はお屋敷の表へと回ります。
大きな門はまるで私達の世界にあるグリムガルド城の門を1/10に縮め、微妙に理解しがたいセンスで味付けをしたような形をしていました。門の左右にいるのはライオン、でしょうか。中空に手を伸ばすライオン、シュールです。何かをつかもうとしているのでしょうか。奥さんでしょうか。
門の横の表札には、
『門真』
と書いてます。
「お姉ちゃん、これはなんて読むの?」
読めません、とは言えません、姉の沽券に関わります。
門は、モン、でしょう。それは習っています。
真は、おそらくシン、では無いでしょうか。男は常に真剣勝負だ!と聴きなれぬ言葉を使い、ガルド(私達の世界のお金です)を握りしめ、ワイバーンレース(6頭立てで行われるワイバーンの空中レース、攻撃妨害なんでもありなので、ワイバーンの火球が観客席に直撃して爆散するのもよくあること)に全額突っ込むお父様の姿をよく見ましたから。その日のおかずはスライムの瓶詰でした。安いのです。
という事で正解は、
「モンシンと読むのですよ、ソルラ」
「なるほど!モンシンっていう人のお家だったんだね!」
姉の沽券を傷つけずに済んだところで、いよいよ屋敷に入りましょう。
入り口には鍵が掛かっています。用心深いですね。
「お姉ちゃん、鍵は?」
「……」
お父様から渡された小さな袋の中身を見てみます。
お金と本(人間界の言葉を知るための本です、著者はお父様です)の他には何も入っていません。
「鍵が、無い、ですね」
「どうするの?」
こういう状況を打破するために、やることは一つです。
「ソルラ、力は全てを助けるという言葉を私はよく貴方に教えましたね」
「了解ー」
ソルラは小さく頷くと、目を閉じる。
「お姉ちゃん、どれくらいでやればいい?」
「最低限で結構です。扉を飛ばすだけなので」
ソルラの足元に五芒星が浮かび、ソルラの体が青に染まります。掲げた掌に青い閃光が集まり、そして、
「ちょっと待ってソルラ」
私の制止の声は届きませんでした。
「ブルスト」
小さく発声した瞬間、閃光が放たれ、それは扉を木っ端微塵に破壊し、しかも屋敷の中の中央階段を爆砕しました。
大惨事です。
えらいことです。
私の表情も伝達神経が破壊されたかのようにのっぺりしていたことでしょう。
「……ソルラ」
「お姉ちゃん、私の最低限、甘くみたね」
にやりとカッコをつけて笑うソルラですが、そういう問題ではありません。
これで屋敷の二階に真っ当に上がる手段が無くなった、と言うことなのですから。
「飛べばいいじゃない」
「……まあ……そうなのですけど……」
ソルラが逞しい、というお父様の評価は伊達では無いのがよくわかります。逞しいというか周囲を気にしないというか、
「……周囲?」
私は気付きました。
扉どころか中央階段を巻き込むほどの破壊音、当然周囲の方々が気にしない訳もなく、
「お姉ちゃん、すごいよ!門の前にお客さんがいっぱい!引っ越し祝いっていうのが人間の文化にあるみたいだけど、それかな!」
「……頭が……」
門の前には、私達の様子を伺う人々の顔がたくさん。それはそうでしょう、家があわよくば破壊されるような爆音が周囲に轟き渡ったのですから。
私は右手を門の周囲に集まる集団に掲げます。ソルラの得意分野が破壊する魔法だとするなら、私が得意とするのは人の心と記憶を操る魔法。
「リレース」
唱えます。すると、あれだけ門の前に群がっていた人達が、まるで興味を失ったように散っていきます。
私が掛けたのは、全ての関心ごとを無効化する魔法。今最も関心のあることに対して働きかけ、それに対する興味を0にする、というものです。
これでお父様をワイバーンレース依存から抜け出させたこともある私の得意技です。
お父様はその後ゴブリン徒競走にハマりました。根がダメなのでしょう。ダメな人は何をやってもダメといういい例です。
人の関心を無事無くしたところで、私は壊れた扉の周囲に3枚、呪文が書かれた小さな札を貼りました。
これは周囲から見るとさながら門が本当にあるかのように見せるもので、外から見れば綺麗な門が見えている、はずです。
「これでよし、と……ソルラ?」
後始末を終えた私がふと気づくと、ソルラの姿がありません。
屋敷の中に入ると、ソルラが右手の扉から、「お姉ちゃんすごいよ!私達の知らないものがいっぱいある!!!!」と言ってきました。
いい笑顔です。私は妹のこの笑顔が大好きです。その為なら人払いや扉の修繕などなんのその、です。
「はい、今行きますよ」
ソルラが早く早く、というので、私は中を本格的に探索すべく、お屋敷の中に入っていったのでした。