プロローグ
どんよりと湿っていて、お日様の日差しも一向に差さないようなとても陰鬱な部屋でお父様は言いました。
「聴け、我が娘よ。これからお前達には人間の世界に旅立ってもらう。最近は異世界転生とやらが流行りだが我が魔法使いにとって人間界と魔法使い界の転送など容易いもの、これが魔法使いの技術力の勝利と言わずとしてなんと言おう。しかし昨今では人間界の連中も負けず劣らずトラックとか線路に落ちたりとかなんだかよく分からぬ方法でこちらの世界にやってきておる。そこでだ、我が娘二人にはこれからの人間界と魔法使い界の交流を深めるべく、人間界に潜伏し人間について見聞を深めてきて欲しいと思っておる。キシュタリア・レギュルソリア・ラーステン・アリラハン」
「お父様、私はキシュタリア・レギュルタリア・ラーステン・アリラハンですわ」
娘の名前を間違えたお父様は恥ずかしそうに「どうして我々の名前はこんなに長いのだ……」と言いました。
「改めて、キシュタリア・レギュルマリア・ラーステン・アリラハン、そしてエルデソルラ・フォース・ラーステン・アリラハンよ」
私の名前をまた間違えた上に妹の名前はエスデソルラ・リース・ラーステン・アリラハンなのですが、もう名前が長いのでしかたないということに致しましょう、ツッコミは無しです。
私と瓜二つの妹もその辺は分かっているようで、何も言いません。隣に立った顔はまるで寝顔のように安らかです。寝てます。
「二人には人間界の探索を命ず!我々魔法使い界の明日の為!人間界の探索を行ってくるのだ!!!!」
お父様はそう言いました。
お父様の後ろに聳え立つ大きな門が開きます。
ぐいーーーーーーーんという音を立てて開いた扉の向こう側に浮かぶ世界は、人間界。
お父様の話が分かりづらかったので噛み砕きますと、こういうことになります。
私達のお父様は、魔法使い界ではそれなりに名前の知れた外交官でした。
対魔法使いとの折衝はお手の物、ドラゴン、サラマンダー、スライム、ゴブリン、オークなど様々な種族との折衝を担当し、成果を上げてきた、人に言われれば魔法使い界の最高外交官、らしいです。
その娘たる私達も外交官を目指すべく勉強を積んでいたのですが、そのうち魔法使い界に大きな異変が起こります。
異世界転生です。
どういうわけだか、人間界で大きな事故に巻き込まれた人達がこちらの世界に来てしまうケースが多発しています。
つまり、折衝する相手が増えたのだ、とお父様が言います。
これからの魔法使い界を支える立派な外交官になる為に、人間界に送り出された二人の姉妹、それが、私、タリア(長いので省略)と妹のソルラ(同)でした。
ちなみにお父様の名前はオルガ ・リベルリギス・ラーステン・アリラハンと言います。たぶん。長いので覚えきれません。
そんなわけで、お父様は自分の職場から横領してきた転送装置(私物だと言い張りますが、嘘に決まってます)を自宅の地下室にセットし、人間界への扉を開いたのでした。
「ところでお父様、そんなにやすやすと人間界への扉が開くなら、こちら側に来た人間達を向こうに返してあげれば良いのでは?」
私の質問にお父様が答えました。
「私の仮説だが、人間界からこちらに飛ばされてきた者は、霊魂だけになって飛ばされてきている可能性が極めて高い。私も何名か人間の話を聞いたことがあるが、死ぬような事故ばかりだった、と聞いている。そんな状態で人間界に返してしまっては、うっかり天国に召されてしまう可能性がある、それはあまりよろしくないと思うのだ」
こちら側に飛ばされてきた人間達は、皆一様に、元の体と違う、と言うそうです。一度死んで別の肉体に霊魂が潜り込んだ、と考えればなるほど、理解は出来ます。潜り込んだ別の肉体がどこにあったのかを考えてはいけないのでしょう。
「あまり頻繁にこちらと向こう側を繋げば、大きな問題になる可能性もある。人間界の暮らし方については教えた通りやるんだぞ。扉の先は、私が諸々の事情で手配した屋敷の裏に繋がっている。その屋敷を好きに使えば良い」
諸々の事情、という時にお父様の視線が、私の頭部の上を抜けて背後の壁に突き刺さりました。やましい事をしている時のクセです、浮気していた事がお母様にバレた時によく見ました。
「分かりました。お父様」
「ソルラ、聞いておるか?」
「……?」
唐突に名前を呼ばれてソルラがこちらを見ます。寝てましたね、と目線で伝えると、ソルラは「聞いてました、お父様」と私の方を見ながら言いました。
「……まあ、ソルラが逞しいのは私がよく知っている、タリア、ソルラを頼んだぞ」
ソルラはお父様の隠し事を一つ必ず握っています。お小遣いが欲しい時に口止め料としてせしめるためです。逞しい妹を持ちました。
「では、元気でな」
ソルラの手を繋いで、私は人間界への扉を一歩踏み出します。
ちょっと涙声のお父様に見送られて、扉をくぐれば、そこは大きなお屋敷の、裏庭。
扉が閉まります。涙ぐむお父様の顔が閉じる扉に隠れ、扉が完全に消えました。
そう。
「やったー!!!!!!!!自由だーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
この瞬間、私タリアは、自由を勝ち取ったのです。
このお話は、私タリアが、人間界で自由を謳歌しまくる物語。人間界という異世界で、生まれ変わったかのように自由を満喫してやるのです。
私の自由な人生の第一歩が始まります。