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第五十話  突然の訪問者

ずいぶん長く更新が止まってしまって申し訳アリませんでした。

再開です。

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 平和なひと時というものは、それを享受している限り気がつくことは出来ない。僕はその日の事を後にそう思った。僕の目の前にはニコニコと微笑む猊下がいて。その横にはやっぱり笑顔のアグノスさんもいて。僕の隣には秀彦がいてくれて、床には先輩が倒れてて。そんないつも通りの楽しいひと時。


 ――だけどそれは突然やってきた。


 はじめに気がついたのは床で伸びていた先輩だった。その表情は先程まで僕にセクハラをしようとしていた欲塗れの緩みきった顔ではなく、氷のような鋭い目をしている。これだけでただ事ではないと察した秀彦と僕もすぐに席を立った。


「何かあったの、先輩?」


「……なにか、外が騒がしい。何だろう、なんだか剣呑な雰囲気だね」


「ん~? 俺には何も聞こえ無……いや、なんか聞こえてきたな」


 ……本当だ、言われてみれば確かに外が少し騒がしい。誰かが大声で叫んでる? よく判らないけど、とにかく普通じゃない雰囲気だ。今は門の所で衛兵と話している、かなりの人数だ。


「行こう棗君。どうやら君の力が必要な事態だ」


「え? あ、うん。分かった急ごう」


 どうやら先輩にはこの距離でも話の内容を聞き取れるらしい。声の真剣さと表情が事態の緊急性を物語ってる。こんな顔の先輩を見るのは滅多に無い。

 僕たちはすぐに部屋を出て、一直線に現場へ向かった。僕たちの急な行動に猊下とアグノスさんは呆気に取られていたけど、説明をしている時間はなさそうだから後回しだ。


 大聖堂の長い廊下を抜け、正面玄関を開け放った時、まず最初に感じたのは血の香り。そして、飛び交う怒号。ここまで来れば僕にもはっきりと聞こえる。門の外にちらりと見える人々の状態も徐々に見えてきた。あの鎧は、教会聖騎士団……リーデルさん達だ。


 どうやら先輩はだいぶ前から声の正体にも気がついていたらしい。その歩みに迷いがない。


「衛兵諸君道を開けてくれ。怪我人を見せて。緊急性のある者はいますか?」


「こ、これは勇者アオイ様!」


「挨拶は良い。それで、怪我人は?」


「は、はい! 此方です」


 案内されて息を呑んだ。そこにいたのは手足を複雑にへし折られ、血に塗れていない箇所はないのではないかと思える状態の人物が二人。呼吸で胸が上下してるおかげでで辛うじて生きているのが解るが、それがなければ生きているとは思えないほどの重症。しかも、倒れていた二人は僕もよく知る二人だった。 


「……ロックさん、オルガさん!」


 そこにいたのはあの森で僕と共に戦った二人だった。見知った二人の変わり果てた姿に全身から血の気が引いていくのを感じる。視界が狭まり、息が苦しい。一体何でこんな事に。気温が下がったわけでもないのに寒気が遅い、体が小刻みに震えてしまう。今は怯えて動けなくなっている場合じゃないのに! どうしても体を動かすことが出来ない。


 すると突然僕の両肩に温かいものが置かれるのを感じた。後ろを振り返ると、僕の肩に手を置いた秀彦がまっすぐ僕を見つめていた。


「落ち着け棗。キツイのは解るがよ。今、ここが、お前の力の出番だろ。気合入れろ!」


「……うん」


 肩に置かれた秀彦の大きな手。その暖かさに体の震えが止まる。そうだよ、今は狼狽えている場合じゃない! 僕が迷ったり困ったりした時は何時も道を示してくれるな、秀彦は。


「ありがとう秀彦、もう大丈夫。みなさん下がって下さい、すぐに治療します」


 これだけの傷、今までの治療法がそのまま通用すると思うのは危険だろう。このまま中級治癒術(ミドルヒール)で強引に治療すれば、折れた骨が歪に繋がって変形などの後遺症が残るかもしれない。それに治癒術は傷を塞ぐ代わりに体力を消耗させる事があると言うから、ここまでの重症ではそれが命取りになる可能性も考慮しなきゃならない。


 よし、まずは癒やしの息吹クラル・レスピラシオンで二人の体力が尽きないようにする。次に大きな傷口を縫い合わせてもらって折れ曲がった手足に添え木を添えて真っ直ぐにしてもらう。麻酔の無い世界なので、痛みを和らげるためにアメちゃんで二人の意識を混濁させる。


 初めて幻術をこんな使い方したけど、焦点の合わない目をした二人は骨折した手足を触れられても反応を示さない。どうやら疑似麻酔作戦は成功したらしい。


「よし、こんなものかな。すぐに治してあげるからね。女神よ、その癒しの手よ、傷つきし汝が子等に祝福を!中級治癒術(ミドルヒール)


 今まで見たこともない酷い怪我の上、その相手は一緒に戦った仲間。緊張感は今まで感じたことがない程だ。正直治療院にこれほどの重傷者が担ぎ込まれた事はない。一度の中級治癒術(ミドルヒール)ではまったく治りきらない。でも癒やしの息吹クラル・レスピラシオンが効いている間なら二人の体力は維持できているはず。ならばもう一度!


「女神よ、その癒しの手よ、傷つきし汝が子等に祝福を!中級治癒術(ミドルヒール)!」


 魔法というものはイメージが大事だと、ウェニーお婆ちゃんは何時も言っていた。同じ魔力で、同じ詠唱をしたとしても、その威力に個人差があるのはそのためだと。だから僕は込める法力に精一杯現代日本で知り得たイメージをのせていく。

 骨をつなぎ、正しい形に戻すイメージ。臓器、血管、全てを細かくイメージしながら傷を塞いでいく。

しかし、その治癒は遅々として進まない。

 今まで軽い傷や捻挫などは瞬時に癒やしてきた僕の治癒術。それだけに僕は自分の治癒術を過信していたのかも知れない。あれは体力があった上に軽症だったから出来ていたんだ。上級治癒術(ハイヒール)ならもっと楽に回復させられるのかもしれないけど、無いものをねだっても仕方がない。治るまで何回でも中級治癒術をかけてやる!


 僕の頬を汗が伝った。意識を研ぎ澄ましているせいか消耗が激しい。僕の邪魔をしないように先輩も秀彦も今は少し距離をとって僕を見守ってくれている。騎士団の皆さんは僕と、二人を心配そうに見守っていた。安心して、絶対諦めないからね。必ず治してみせる! 僕は、そのためにこの世界に来たんだから。

 ――四度目の中級治癒術を唱えた時、僕の体内から消費される法力の量に変化が訪れた。それはいつもの診療所で使う中級治癒術の手応え……つまり。


「お、おぉ……」


 騎士たちのどよめきが聞こえた。固く閉じて法術に集中していた目を開くと、そこには、まるで眠るように穏やかな呼吸で目をつぶった二人の姿があった。


「まさか、アレだけの深手を癒やされるとは……」


「さすがは聖女様。女神マディスの使徒とはこれ程のものだったのか」


 ……よかった、どうやら二人を助けることは出来たみたい。安心して立ち上がろうとしたら膝に力が入らずガクリと崩れ落ちてしまった。


「……あぅっ」


「おっと」


 よろける僕が倒れる直前、秀彦が優しく抱きとめてくれた。


「頑張ったな。よくやった」


「ふぁっ」


 突然大きな手が頭に置かれ、くしゃくしゃと撫でられた。ごつくて大きな手なのに、撫でるその動きはとても優しくて、僕はさっきまでとはちょっと違う脱力を感じていた。思わず腰が抜けそうになったのでちょっと強めに秀彦にしがみつく。立てないんだから仕方ないよね? これは許される範囲のはずだ。僕は葵先輩とは違うのだ。


「か、髪が乱れるから、女の子にそういう事するなって言ったろ?」


「お、そういえばそうだった。なんかすげえ頑張ってたからついな……悪い」


 慌てた秀彦は手を引っ込めてしまった。こ、これは良くないですよ!?


「ま、まぁ、そういう事なら暫く撫でられるのはやぶさかではないぞ。今回だけだからな」


「そうか」


 そう言って秀彦はまた僕の頭を撫でてくれた。思わず頬が緩んでしまいそうになるけど、そこは我慢して周りにバレ無い様に気を使う。出来る聖女はポーカーフェイスもお手の物なのだ。


「そんなとんでもない幸せそうな顔でツンデレするのはどうかと思うんだけどねぇ?」


「デレてませんから!」


 横であきれ顔をしている人がいるけど気にしない。これは頑張ったものへの正当なごほうびなのだ。僕は頑張った、秀彦はそれを労う。そこに何の違和感もない。


「……で、そろそろ誰か状況の説明をして貰えるかな? まさか怪我人が出たから運び込んだだけと言うわけでは無いのだろう?」


「はい、怪我人に関しては最早手遅れと諦めておりました。此方へ連れてきたのは、せめて聖都に弔ってやろうと思ったからでございます。聖女ナツメ様にはなんとお礼を申し上げてよいやら、感謝の言葉もございません」


 ……そういえばそうだ、治療するのに夢中で忘れていたけど、本来みんなは森での異変の調査をしているはずだったんだ。それが大ケガをしながら大聖堂にいるって言うのは尋常な事ではない。それに治療目的ではなかったという事は、他に目的があったって事だよね。


「は、すでに教皇猊下には報告に行かせましたが、森で異変が起こりましてございます」


「異変? 元々異常繁殖の調査なんだから異変は起き続けていただろう?」


 先輩の言うとおりだ。そもそも異変があったからあの森の調査をした訳で、仮に異常繁殖のモンスターに後れを取ったからと言ってこんなに焦って報告に来るものなんだろうか?


「違うのです。勇者様方が聖都にお帰りになった後、我々は森の深部へと歩を進めました。その際にも大量のコボルトが襲っては来たのですが、さすがにチャンピオンクラスは殆どおらず、残された我々の戦力でも問題なく討伐と調査は進んでおりました」


「……ふむ」


「異変が起きたのは昨夜の事でございます。我々は今回の異常繁殖には何者かの作為を感じたため、原因となる物が森の中心にあるのではないかとアタリををつけておりました。そして、その想像は概ね正しかったのです」


 報告をする騎士の表情が徐々に強張っていく。顔色も先程までより少し青い気がする。


「我々が森の深奥で見たもの……それは、大量の肉塊(・・)としか形容できない禍々しい物でございました。鬱蒼と繁る茂みや、高くそびえる樹木その至るところに夥しい数の肉塊が散らばっていたのでございます」


「なにか、魔物同士の争いでもあったのかな? 獣の食べ残しみたいなものかい?」


「いえ、その表な生易しいモノ(・・)ではございません。なにか原型があったものの肉といった感じではなく、それは、ただの肉の塊なのです。しかもそれらは生きているかのように脈動しており、内側からは禍々しい魔力を放っておりました」


 鬱蒼とした森のなかで蠢く肉塊……うん、想像するだけで吐きそうな光景だ。


「んで、その肉塊とやらがなんだってんだ?」


「はい、我々も訳が解らず、余りの異様さに暫く立ち竦んでおりました。正直な所、今もそれが何であるか正確なところは判っておりません」


 報告を続ける騎士の発汗が酷い。報告が進むにつれて険しくなっていったその顔は蒼白となり、浮かべる表情には明らかに恐怖が滲んでいた。


「しばらく遠くから観察を続けておりましたが特に変化はなく。ただただ不気味に脈動する肉塊に、距離をとっての観察では埒があかぬと判断し、我々はそれに近づき調べることに致しました……」


 報告をする騎士だけではなく、周りに立つ騎士の表情も硬い。その尋常ではない雰囲気に自然と僕等に緊張が走る。そこからの騎士の話は、想像を絶する地獄の始まりの話だった。まず最初の犠牲者は、肉塊に触れてしまった騎士だった。それまで不気味に蠢いてはいたものの、これと言った動きを見せなかった肉塊だったが、騎士が近づいた瞬間、その形状からは想像もつかない素早さで騎士に飛びついたのだという。


「殴ろうが斬りつけようがほとんど変化はなく、取り込まれた者はまるで咀嚼されるかのように飲み込まれて行きました。肉塊はそれを切っ掛けとして我々の存在に気がついたようでございました。すべての肉塊が一斉に動き出し、反応しきれなかった近くの者から次々に取り込まれていきました」


 一度肉塊に取り込まれた騎士の様子は全く見えない。しかし、取り込まれてしばらくすると、声もあげなくなった為、騎士団は犠牲者を救う事よりも、この肉塊を殲滅する事を重視した。が、持てる攻撃を全て試して見たものの、騎士団の攻撃では効果が薄く、肉塊をひるませることすら難しかったらしい。結局怯ませる事すら出来なかった騎士団は、接近された肉塊による犠牲者が増え始めた時点で撤退。森からの脱出を決定したらしい。


「しかし、帰路についた我々は、そこで更に悍ましいものを目撃する事となりました」


「……悍ましいもの?」


「幸い、あの肉塊は動きは素早いものの、その速度を維持できるわけではないらしく、移動速度事態は大したことがありませんでした。そのため我々は、順調に撤退を続ける事ができたのですが、ちょうど聖女様が攫われたあの野営地、そこで異常が起きました……あのコボルトの襲撃跡地にあるはずのものが無く、ありえない物が大量にあったのです」


 騎士から話される異様な報告に思わず秀彦の服の裾を掴む。一体あの森で何が起こっているのか?


「そこにあったはずのコボルトの死骸は消え失せ、代わりに大量の肉塊が脈動していたのでございます……」




ちょっとシリアスなせいか筆が遅いですが、これから週一更新は守っていきたいと思ってます。余裕があればもう少し……。



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― 新着の感想 ―
[一言] 肉塊はグロい。 バレンタイン閑話、面白かった。先輩のチョコをコーティングはすごい。こんど、自分の手でやってみようかな?(笑) 異変がなんなのか早く知りたいです。
[一言] 超楽しみにしてました!
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