第四十七話 聖女流戦技!
最近ちょっとスランプ気味で筆が遅くてごめんなさい。
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――大聖堂に隣接する無骨な石造りの建造物がある。教会聖騎士団本部。そしてさらにその隣に建てられた聖騎士訓練所。日中は訓練をする騎士で溢れかえっているらしいが、今日の彼らは訓練をするのではなく訓練所中央に注目している。彼らの視線の先、そこに僕も集中する。視線の先では、砂が敷き詰められた広場を金色の閃光が走り抜けていた。
僕はその閃光に向けてアメちゃんを構え、詠唱する。
「女神よ、その癒しの手よ、傷つきし汝が子等に祝福を!中級治癒術!」
「チッチゥッ!!」
一直線に駆け抜ける閃光が一転、稲妻のごとく左右に高速でブレる。……もう、ネズミがしていい動きじゃないよねこれ……しかも走りにくい砂地なのに。だけど、こっちも伊達に毎日君と練習してるわけではないのだよ。
「……とん、とん、とん。ここだ! 女神よ、その癒しの手よ、傷つきし汝が子等に祝福を!中級治癒術!」
「チッチュゥッ!?」
法術の発動を感知したマウス君が再び左右に折れる走りをするが、今度は予測済み。回避した先であっけなく法術の光に包まれた。光に包まれた閃光はヒールがあたった瞬間仰向けに倒れ、まるで狙撃されてしまったかのようなリアクションをする。
まぁ、マウス君は回避に専念してるからそういう気分なのも分かるけど、これ治癒の法術だからね?
「よし、マウス君、休憩する暇はないよ! 次は神聖なる盾の練習ね!」
「チゥッ!」
僕の声に反応して起き上がったマウス君が再び帯電する。先日のコボルトとの戦いですっかりこの力を使いこなせるようになったみたい。例の熊のポーズを取り、勇ましく一声鳴いた後に、超高速でこちらに突っ込んできた。
本当に閃光のように見えるほどの高速移動。以前はこれを躱しつつ詠唱をしていたのだけど、今日は最近になって編み出した方法でこれを迎え撃つ事にする。
まずはいつもどおりに躱しながら、集中力を高める。暫く躱し続けて目が慣れてきたら、マウス君の体当たりにアメちゃんを合わせるように振るう。
「チィウ!?」
するとまるで金属同士がぶつかったような音とともにマウス君が吹き飛ばされた。うまく行ったぞ。
これぞ最近編み出した聖女流近接防御術奥義。名付けてジャストディフェンスだ!
効果時間を極限まで短くした無詠唱神聖なる盾を、攻撃が当たる瞬間に合わせて一瞬だけ展開する。一歩間違うと致命傷になるので他人には使えないけど、僕が戦う分には自己責任なので心置きなく使うことが出来る。何よりこの技はスリルがあってとても面白いんだよね。連続でキマるとカーンカーンと独特の音が続くのでちょっと気持ちいいし。
「……ねぇ、秀彦。前から気になっていたんだけど、棗君のあの”とんとん”口で言うのって何なんだろうね? 別に相手の攻撃のタイミングに合わせてるわけではないよね?」
「ああ、あれか。柔道部時代からなんかブツブツやってたから聞いてみた事あるぞ」
「ほほう?」
「まあ何言ってるか全然意味わからんかったけどな。”とんとん”は、一定のリズムで口に出して、相手が”とん”の何処で仕掛けてくるのかを測ってるとか言ってたぞ?」
「なるほど、意味がわからないね?」
むむ、秀彦と先輩が僕をチラチラ見ながら何か話してる?
「そうだなあ、あいつとは長い付き合いだし何時もつるんでたけどな。そんな俺でも、棗の言うこの手の話は、九割何言ってるのか分からないから安心してくれ。だけど本人曰くとても大事な意味があるらしいぞ」
「天才の言うことはよく分かんないね」
「天才か、そうかもしれねえな。棗と試合してるとどんどんこっちの動きに対応されていくんだよ。体が小さかったから最初に責めきれると勝てるんだけどな。長引くと駄目だ、あの”とんとん”がトラウマになったやつもいるぞ。怖えんだよあれ、耳元でやられると」
「それは確かにちょっと不気味だねえ……」
「それでついた渾名が”妖怪つぶやき男女”だ。本人は気に入らなかったみたいだけど言い得て妙だと思うぜ」
何だろう? よくは聞こえないけど、なんか腹の立つ事を言われてる気がするぞ……と、よそ見してる場合じゃなかった! 気を抜いた瞬間にマウス君が僕の頬を掠めていく。正直マウス君を相手に集中しないのは自殺行為だ。いや、死なないけどね? でもこの子、動きだけならコボルトチャンピオンより遥かに早い。一瞬でも気を抜いたら打ち込まれてしまう。さっきのは運が良かった。
僕の横を通り過ぎて着地した後、転身して再び体当たりの体勢にはいったマウス君。だけど此方も迎撃の準備良し! 接近し、激しく動くマウス君に杖を向ける。体勢が整いきる前に間合いを詰められたマウス君は慌てて反撃に出るけど先程の体当たりのようなキレはない、もらった!
「神聖なる盾」
「チチゥッ!?」
簡易詠唱で威力を上げた神聖なる盾でマウス君の体勢を大きく崩す。これで詰み!
「汝が旅路の終焉、刻まれしその疲労は鉛の如く鉛足!」
「チィゥゥッ!!」
鈍足をかけられ、再び仰向けに倒れるマウス君。
……だから何でいちいち死んだふりをするのさ。
――さて、とりあえずの日課を披露し終え、聖騎士団の皆さんの方を見る。今日は僕の遠隔回復術の練習法を教えてほしいとキースに請われてここ聖騎士団訓練所に来ているのだ。僕の編み出した技が皆さんの役に立つのがとても嬉しいので全てを見せるつもりで神聖なる盾の方もお見せしたから、きっと喜んでくれてるに違いない。
……あれ?
「……あー、ギミングよ」
シンと静まり返った中、キースが呆れ顔で歩いてくる。
「それ駄目だ、役に立たねえわ……」
「えぇっ!?」
折角僕の出来る技全て公開したのに、まさかのダメ出し!?
「なんで? この間のコボルトの時は役に立ったでしょ!? これは駄目な技じゃないんだよ。信じて!」
「違うわ! 使える使えない以前に、治癒術士にあんな練習できねえよ! なんだ今の!? さてはお前、未だ前衛で戦う気まんまんだろ! この間吹き飛ばされたのもう忘れたのか」
ぬ、キースのくせに随分鋭いな! 確かに近距離ジャストディフェンス戦法はいずれ完成させる聖女流戦杖術の基本にする予定だ。誰にも言ってないのに看破するなんて、腐りきっていても流石聖騎士だな……。
「ぬう、やっぱり現職の聖騎士ってのはヌケているようでも鋭いみたいだね」
「言っておくけど誰でも分かるからな?」
「私もわかるよ~」
「!?」
秀彦と先輩にまで見破られているの!? なんでだ!
「むしろそんな意外そうな顔してるほうが理解出来ねえよ。キースさん、済まねえな。コイツ実は脳みそが筋肉でできてるんスよ」
「うぉぉい!! 失礼すぎるだろう!? お前なんか脳みそだけじゃなくて、体まで筋肉じゃないか!」
「体が筋肉は普通だからな!?」
ぬぬ、キースと秀彦にダブルでバカにされている気がする。妙に息ぴったりだなコイツら。ゴリラ同士気が合うのか? 夫婦なのか? 秀彦は貴様にはやらんぞキース。
「何で俺を睨んでるのかよく判らねえが、とりあえずお前が今バカな事考えてるのは判るようになったぞ俺は」
「凄えなキースさん。確かにコイツ今凄えバカなこと考えてるッスよ」
「お前ら本当に息ぴったりだな!?」
僕がダブルゴリラにいじめられていると遠巻きに見ていた治癒術士の一人がこちらに近づいてきた。
「……あ、あの聖女ナツメ様。少し宜しいでしょうか?」
「……ん?」
どうやら治癒術士の代表の人みたい。可哀想にゴリラに怯えているせいか少し顔が青い。
「私、教会聖騎士団所属治癒術士筆頭リーチェ=シュルトワと申します」
深々と頭を下げるリーチェさん。アッシュブロンドの髪がサラサラと流れ落ちていく。聞いた話では普通の治癒術士はこういう髪の色が多いのだとか。僕とかアグノスさんみたいな髪色は殆どいないらしい。
「折角聖女ナツメ様にお越しいただいたのですが、私共ではマウス様の動きを目で追う事すら出来そうにありませんでした」
「……あ!」
そうか、日課で毎日やってたから失念してた。僕もマウス君と毎日訓練してたから、最初の頃より大分動き良くなってるもんね。いつも通りやったら初めての人には難易度高がすぎるんだ。
「ご、ごめんなさい! ぼ、私、マウス君とは毎日訓練してたので失念しておりました。そうですよね、いきなりこのようなもの見せられてもすぐには出来ませんよね」
「あ、頭をお上げください聖女ナツメ様。貴方様の奇跡の御業を理解できない私共が不甲斐ないので御座います」
恥ずかしい、調子に乗って技自慢みたいになってるじゃないか。そうだよ、僕は今日、治癒術の新しい可能性を見せるために来たのに、これじゃただの技自慢の嫌な奴だよ。恥ずかしくて顔を上げる事ができない。穴があったら入りたいとはこの事だ。
「そ、そもそもですね」
「はい?」
「私共は治癒術を遠くに飛ばす事すら出来ないのですが。」
「……あ! そう言えばそうだ」
そう言えば当たり前に使ってたから忘れてたけど、僕の遠隔法術は宮廷魔術師のウェニーおばあちゃんの仕込みの秘技だった。普通の人が使えるものじゃないんだ。
「……あれ? じゃあ今日来た意味ないんじゃ!?」
「やっぱり役たたずだったなギミング」
「お前が呼んだんだよ!?」
忘れてた僕も悪いけど、僕よりこの世界の事に詳しいはずなのに気が付かずに呼びつけたキースも悪いと思う。あと一瞬で猫が剥がれてしまった、悔しい……
「申し訳ございません。浅学非才な我が身を恥じ入るばかりで御座います。」
「いえいえ此方こそ、使えない技術を偉そうに。すいませんでした」
「そんなことはございません。私共が使う事は出来ませんが、貴重な技術を見せていただけただけでも光栄で御座います。法術の新しい可能性を見せていただけた気持ちでございます」
何の参考にもならなかった僕に優しい言葉をかけてくれる。リーチェさんは凄く良い人らしい。ますます申し訳ない。いつかこの人達の役立てると良いのだけど。
「そう言えば同じ聖女様のアグノス様なら棗君みたいなことが出来るのかね?」
「うーん、どうだろう。訓練したら出来るかも知れないけど、秘奥の心得はウェニーおばあちゃんの独自の技らしいからすぐには無理かも?」
でもアグノス様はここでずっと聖女の修行をされていた方だから、多分ウェニーおばあちゃんの技を教えていいならできそうな気がするんだよね。
「それ以前にお前みたいな動きが出来る治癒術士が他に居るとは思えねえけどな」
「ジャストディフェンスは無理でも遠隔治癒は出来るんじゃないかなあ?」
「む、無理でございます! あれは下手したら敵を回復してしまう事になります。どう考えてもナツメ様以外には無理だと思います」
むう、どうやら遠隔回復ができるようになっても僕の戦法は不評らしい。でも遠くに飛ばすことが出来ればやれることは広がりそうだから、今度おばあちゃんに相談してみよう。
「アグノス様なら、もしかしたら何かのお役に立つかも知れません。宜しければあとでお見せしてみてはいかがでしょう?」
「なるほど、同じ聖女様なら同じことが出来るかもですね。やってみます」
「ちょっとちょっと、あんなの私でも無理ですわよ」
「アグノス様!?」
声の方を見れば、いつの間にそこに居たのか、引きつった笑みを浮かべたアグノス様が手を振っていた。どうやら少し前からそこにいたみたいだけど気が付かなかった。相変わらず凄くお綺麗な方だなぁ。
なんとなく秀彦の方をみると、特にアグノス様の美しさを気にした様子は無い。
……よかった。
「お久しぶりですアグノス様……もがあっ!?」
挨拶をしようとした瞬間に僕の顔が柔らかいもので包み込まれた。息ができない!?
「ぁあ~ん、ナツメ様ー!お会いしたかったわー! アグノスおねえちゃんですよぉ!」
ぬぐぐ、どうやら僕は頭から抱きしめられているらしい。この柔らかな感触はアレか!僕にはないあの邪悪なメロンか!!
「く、苦しいですアグノスさ……むぎゅっ」
「アグノスおねえちゃんですよー?」
「うきゅぅ、お久しぶりです、アグノスお姉さま」
「ハグゥッ!?」
お姉さまと呼んだ瞬間胸を抑えてうずくまるアグノス様。この人も何だかすっかり残念な人になってしまわれたなあ。
「ふ、ふふふう、突然のお姉さま攻撃とは、腕を上げたわねナツメ様……」
「なんの腕ですか……むぎゅ!?」
「なるほどー、こうすれば棗きゅんにおねえちゃんと言ってもらえるのだね? ふふーふ」
今度は葵先輩が僕を正面から抱きしめてくる。邪悪なメロンがここにも!! 僕は即座に魔力を込め、アメちゃんを葵先輩の足の甲に全力で突き立てた。
「アイター!?」
痛みで緩んだ腕から抜け出し即座に杖で顎をかちあげる。此方ももちろん全力だ。
「ヒドゥイ!! アグノス様の時と対処がちがぁう何でぇぇぇ~!?」
「本当に頑丈になりましたね!?」
僕の渾身のコンボを食らっても軽く痛がるだけで大したダメージが入っていない。本当に岩石のように固くなって来てるねこの人。たぶんあの腰から大量にジャラジャラ下がってる斧の効果だ。いつの間にかまた増えてる。……この人何処に向かってるんだろう?
「あらあら、まあまあ。女の子がそんなはしたない事をしては駄目ですよ? ナツメ様」
「アグノス様がそれをおっしゃりますか!?」
この人さっきのおっぱい顔面プレスは棚に上げるつもりだ。僕のジットリした視線もどこ吹く風。ニコニコと微笑むだけで何を考えてるのかわかんない。これが真の聖女か、完璧な聖女スマイルだ。でも、この方がここに居るということは。
「もしかして教皇猊下のお茶のお誘いですか?」
「ええ、此方の用事が済んだらぜひと」
何度かお呼ばれしていたので丁度良かった。何度か大聖堂も訪ねたのだけど、流石に教皇猊下はお忙しくてめったにお会いできないんだよね。久しぶりにお会いできるのが楽しみだ。
「分かりました、それでは後ほど向かうとお伝え下さい。今回は僕の、その、親友もおりますのでぜひ教皇猊下にご紹介いたしたいです」
「ふふ、そちらの方が聖騎士ヒデヒコ様ですね。お噂はかねがね」
「おぅ、あんたは聖女アグノス様ッスね。こっちも棗から色々きいてるッス」
こ、こら、ゴリラ。お前こっち来て結構長く聖騎士やってるのに未だに敬語が出来ないのか。
「ふふふ、お話に聞いてた通り面白い方なのね。でもとても真っ直ぐできれいな瞳」
しかし流石は聖女アグノス様。ゴリラの無礼な物言いにも笑みを崩さず近づいていく。……ん? あれ? そのまま秀彦の頬を撫でて。ちょいちょいちょい!? 近い、近いよぉ!?
「ア、アグノス様!? そ、そのですね、ちょ、ちょぉっと秀彦に近すぎるのでは、では、無いかなとぉ? あの、出来ればもう少し離れたほうが良いのではないかなー? と」
「ぷ、ふふっ」
秀彦の頬を撫でたアグノス様の肩が揺れる。……あれ、ひょっとして笑ってる? 秀彦は頬を撫でられてもキョトンとしてるだけだ。良かった、コイツが筋金入りの朴念仁で。どうやら今の行為でドキドキしたりってのは無いらしい……僕、秀彦に振り向いてもらえるか自信無くなってきたな。
笑いをこらえるアグノス様は秀彦から離れると僕の耳元に口を近づけてきた。
「ナツメ様はわかり易くてお可愛らしいですね。大丈夫ですよ。今のはただ、ナツメ様がどういう顔をなさるのか見てみたくて悪戯しただけございです。ふふ、反応があまりにも素直でらっしゃるので確信いたしましたわ」
「……え?」
「お好きなのでしょう? ヒデヒコ様の事が」
「ほぇぇぇっ!?」
突然なにを言い出すのですかこのお人は!? 一応小声だからヒデヒコには聞かれてないようだけど。
「べ、べべべ、別にそれは、親友だから」
「いいえ、お姉さまの目はごまかされなくてよ。あの時の不安そうなお顔は、ふふ……ふふふ」
あわ、あわわ。バレた、僕の気持ちがバレ、ばれててててあばばば!?
「落ち着いて下さいませ、私は味方で御座いますよ」
「は、はへ!? 味方?」
「ですからご安心くださいませ。まあ慌てるお顔もお可愛らしいですので、ずっと見ていたいのですけどね」
うう、これが大人の余裕というものか。アグノス様は底しれぬ恐ろしいひとだ。良いようにもてあそばれてしまいそうな気がする。
「ふふ、落ち着かれましたか? それでは教皇猊下がお待ちですので参りましょう。リーチェ、あとのことはよしなにお願いいたしますよ」
「はい、承りました。聖女ナツメ様、本日はご足労ありがとうございました。今の私共には真似することも叶わぬ神業でございましたが、いつか、今日のナツメ様の教えを活かしてみせます」
「あ、はは……はい、そうしていただけると僕もうれしいです。今度またゆっくりお話致しましょうね」
「はい、ぜひ」
リーチェさんはニコリと微笑むと僕と固く握手した後見送ってくれた。キースもここに残って訓練を続けるらしいので僕は先輩と秀彦と三人でアグノス様に着いていく。
――そう言えばリーデル団長たちはまだ森から帰っていないのかな?
スーパーマウス君は強い




