第八話 お風呂の攻防 (side セシリア
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―――― sideセシリア
――勇者召喚。
世界を救うためとは言え、人道的に許されざる禁忌。女神様のお告げ通りの行為とは言え、私の心は鉛のように冷たく重い。
魔法陣が輝き、光が消えるとそこには精悍で逞しい体躯の青年と、金色の髪をたなびかせた凛々しい顔立ちをした一人の女性が立っていた。光の属性、勇者のみに備わるという伝説の髪色。人類の希望。私は失礼の無いよう緊張しつつ挨拶をする。
「ようこそお出で下さいました勇者様、聖騎士様、お初にお目にかかります、私はこの国の女王セシリア=ジョゼア・ド・リヤル=サンクトゥースと申します。この度は突然のお呼びだてにお応え頂き、誠に有難うございます」
私の挨拶に対し、勇者様方も挨拶を返してくださいました。良かった、どうやら気さくな方々のようですね。しかし、勇者様方のご挨拶の最中、室内の空気が急に剣呑なものとなりました。
「僕は……」
それは突然現れたという表現が正しいでしょう。彼女は今まで何もいないと”認識”していた空間に突如として現れました。騎士団長ウォルンタース=アニムスが即座に槍を構え戦闘態勢に入ります。さすがは騎士団長、このような突然の事態にも即座に対応してみせるその姿を私は誇りに思います。……ですが、聖騎士ヒデヒコ様が即座に彼女を庇った事で、私達はとんでもない事をしていることに気が付きました。
「お待ちなさい!お前たち即刻槍を引き、下がるのです! 勇者様の前ですよ。申し訳ありません、貴方様は一体……?ここにいらっしゃったという事は貴方も勇者様のお仲間の方でございますか?」
騎士団の行動に怯えてしまった彼女は、消え入りそうな声で自らを”聖女”であると名乗られました。……正直その立ち姿から私は黒魔術師様か呪術師様と思ってしまったのですが、見た目によらずと申しますか、彼女はとても礼儀正しく、その姿と裏腹に、その行動はまさに聖女然とされておりました。私共の浅慮を謝罪した際にも快く許されるそのお声は慈愛に満ちており、まるで天上に御座す女神様のお声のように安らぎを覚えるものでございました。
ですが、なぜあの様な、禍々しい仮面をお着けになっているのでしょうか?
次に聖女ナツメ様とお会いしたのはお風呂場でのことでした。なんでもナツメ様は男湯の方に入られてしまったそうで、ヒデヒコ様が慌ててこちらに連れて来られたとの事でした。ナツメ様はヒデヒコ様とお風呂をご一緒されたかったのでしょうか?そう言えば御二人は良く御二人だけでお話をされていた様ですし、もしかしたら御二人は恋仲なのでしょうか……私、俄然興味がございます。
そう言えばここはお風呂なのです。私、いよいよナツメ様の御尊顔を拝む事が叶うと、はしたないのですがワクワクしておりました。ですが、ナツメ様はここでも妙なことをなさっておられました。なんと頭部を丸々タオルでくるんだ状態でご入浴なされたのです。髪の毛を濡れさせたくないのでしょうか?息苦しそうな呼吸音が不安を誘います。ナツメ様大丈夫でしょうか?
なにゆえお顔を隠されるのかとお聞きした所、ナツメ様は自らが醜女であると卑下なされました。しかもその御心を傷つけたのは我が騎士団長であるとも。普段の彼を思えば信じられないことでございましたが、目の前のナツメ様は、お顔を隠されているというのに傷心なさっているのが見るだけで分かりました。これは国の代表である前に、一女性として到底許せる物ではございませんでした。即刻騎士団長の首を刎ねようと提案する私に、ナツメ様は慌てた様子で反対なされます。
なんと奥ゆかしくもお優しい。この様な御方が、容姿などを気にされて傷つかれるなんてひどすぎます。せめて、せめて私だけは、彼女が気を使う事のない存在として彼女を支えて差し上げたい。心の底からそう思いました。
しかし、私がそれを言う前に、勇者アオイ様が行動を起こされました。何かを察せられたご様子の彼女は無理やりナツメ様のお顔を暴こうとなさったのです。あまりに御無体なその所業に流石にひどすぎるのではないかとお聞きしましたが、アオイ様はこれが必要な事なのだと仰られました。あ、あ、首がもぎ取れそうになってますけど大丈夫でしょうか!?
最終的には斧までお出しになったアオイ様の前に、ついに観念なさったナツメ様が自らそのお顔をお出しになると仰られました。騎士団長ですら怯んでしまったと仰るナツメ様のお顔はナツメ様曰く”男の顔”との事。私はナツメ様がどのようなお顔であったとしても、普段どおりの私のまま、私が味方であると彼女に言ってさしあげたかった。
……ですがそれは叶いませんでした。
タオルを解かれた下から現れたのは、醜女どころか……私がこれまで見たことのない”美”そのものでした。絹糸ですら敵わぬほど柔らかく艶のある髪は、彼女の体を流れる川のように自然と下に落ち。その美く整った顔を流れて行きます。その髪と同じ色の長いまつげが飾る大きな瞳はアメジストと同じ紫色の光をたたえ、美しく通った鼻梁の下には桜色をした芸術的に整った唇が。……私とて女として、そして王族として、自らの容姿がそれなりに優れたものであるという自負を持っておりましたが、そんな物は話にもなりません。
美しさと可憐さ、それら全てが集約されたようなそのお顔に、私は迂闊にも見とれ、呆けてしまいました。
自らの過ちに気がついたのはその直後でございます。彼女は、私の態度を見て悲しそうに目を伏せると、再びタオルを顔に巻き、そのまま立ち去ろうとなさったのです。私は自らの愚かさをこれほど呪ったことはございません。それと同時に、なぜ、あの誠実な騎士団長が彼女の顔を見て固まってしまったのかも理解しました。
「そ、それじゃあ僕は上がるね、女王様、変なもの見せてすいませんでした」
「え、あ?ちょ、お待ち下さいナツメ様!?」
「ブヘッ!?」
このまま彼女を行かせてはいけない!彼女の心を傷つけたまま立ち去ってしまったら、きっと彼女は二度と私どもの言葉を信じてはくださらないだろう。そうなればこの可憐な美少女は、再びあの仮面をかぶり、おそらく二度とそのお顔を見せてはくださらない。
私は必至に立ち去るナツメ様の腰にしがみつきました。ふぁわわ、なんて柔らかく張りのある滑らかなお肌!!
「ちょ、セシリア!?棗君白目向いてるよ?」
「あ、あわわ、私なんてことを、ナツメ様!ナツメ様ー!?」
濡れたタオルを顔に巻いていらっしゃったナツメ様は呼吸が出来ずに白目を向いて意識を失ってしまわれました……これは……どうしましょう。
「セシリア~、とりあえず棗君を部屋に運ぼう」
「は、はい……あの、アオイ様。ナツメ様はこれほどの美しさを持ってらっしゃるのに、なぜ自らを醜女などと思ってらっしゃるのでしょうか?」
「あー、何て言ったら良いのかな。うーん、実はねー、棗君があまりにも可愛いものだから、この容姿が原因で、愛の告白をしても相手が引いちゃってフラれちゃうんだよね。だから本人は自分の容姿に自信がないんだよ」
「え、え?でも鏡とかでご自分のお顔を見られたりはなさらないのですか?」
「うーん、一応自分の姿も多少は見ているんだろうけど、棗君はちょっと事情があってね、あんまり身だしなみを気にしないと言うか、端的にいうと男の子みたいに生きてきたからね。だから自分の顔は異性に嫌われる上に、男の顔をしていると思いこんでいるんだよ」
(まあ、実際男の子だった訳なんだどね、この子結構男の子っぽいと言うかワイルドだったからなー、こんな顔してるのに……。だからあまり鏡見つめたりって事はしないんだよねー。「僕の顔そんなにヒドイってほどじゃないと思ってたのに……」て言ってたけど、容姿が原因で連続フラれ記録作っちゃったから自信も無くなってたし。まあ実際は自分より可愛い女の子にしか見えない彼氏は勘弁してほしいって意味だったんだけどね……)
「美し過ぎて……男性にまで敬遠されてしまわれるなんて……お可哀そうに」
「あー、そこはー、あー、まあ良いかな。まぁそんな訳で棗君はあの仮面でこんなに可愛らしい顔を隠そうとしちゃってるのよ」
「えぇ……」
「だからねー、私としては、大好きな棗きゅんの、このプリティ&ビューティなお顔を、あんな呪いのお面で隠すのは到底看過できないのよ、分かるわよねセシリア?」
「……はい。ナツメ様の御尊顔を仮面などで覆うのは、国益を大きく損ね……いえ、人類の大きな損失と言えます!」
大きく頷く私に、アオイ様は我が意を得たりといった表情を浮かべていらっしゃいました。
私は決意をいたしました、ナツメ様が目を覚まされましたら、何としても誤解を解き、そのお顔を隠されぬよう説得しようと。
……――――
「ナツメ様、先程は申し訳ありませんでした」
先程の非礼を詫びる私に、ナツメ様の浮かべられた表情は、力ない微笑みでございました。
「あ、いや、こちらも変なもの見せてしまったのでお互い様ですよ」
そして心配した通り、目を覚まされたナツメ様はそのお心を大きく傷つけられておりました。私のせいでこの様なお顔をなさるのが辛くて仕方ありません。一度信用を失ってしまった私がどうやってナツメ様の誤解をとこうかと思っていると、彼女は何かを探すようにキョロキョロし始めました。
「あの、ナツメ様、先程の事なのですが……ナツメ様、何をされているのですか?」
「いや、僕の仮面何処に行ったかなと思いまして……仮面仮面……」
いけません!あの仮面をもう一度被られてしまったら、恐らくナツメ様は二度とその御尊顔をお見せする事が無くなってしまう!それは、それだけは許容できません!!
「ダ……」
「だ?」
「ダメデスゥゥゥゥッ!!」
「ほぇっ!?」
慌てて飛びついた私にナツメ様は驚きの表情を浮かべておられました、驚いた表情も可愛らしいですね!!咄嗟に飛びついてしまいましたが、この後のことを何も考えていませんでした。
さてさて、どうしましょう……。
うおおおお総合評価1000ポイント!!
有難うございます!有難うございます!!
これもひとえに皆様のおかげでございます。
何と週間ランキングの方にも乗せて頂けました。
本当に嬉しいです。
無理して40時間かかって表紙描いた甲斐がありましたw
これからも、先パイ勇者やるんですか?じゃあ僕回復やりますね ~最上位回復職が聖女なんて聞いてない~、略して、略して……うーん、先パイをよろしくおねがいします!!
いつもブックマーク 評価有難うございます。
感想などいただけると失禁して喜びます。
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