第三十九話 小さな相棒と日課
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「チチッチ!」
「……うーん」
今、僕の目の前にはいつも通りの様子で野菜屑を齧るマウス君がいる。頬袋に野菜を詰め込む姿はいつ見ても愛くるしいくてキュートだけど、僕は先程見たあの光景が忘れられない。前々から普通の鼠にしては動きが凄すぎる気はしてた。でも、この子は元々法術練習に使われていた普通の鼠だったはず。
いや、マウス君の姿を改めて真面目に見てみると、町中で見かける所謂ドブネズミ等とは少し違う姿をしている気がする。昔ネットで見たヤマネのような姿、町中の鼠というよりは山に住む動物といったような姿をしているんだよね。フサフサで長い尻尾や、クリクリとした黒目がとても可愛いのだ。
「ねぇマウス君、さっきの金色のやつは何だったんだい? もう一回見せてもらえないかなぁ?」
「チチチ……?」
小首をかしげるマウス君、可愛い。まあ鼠相手に言葉は通じないからね、さっきのを見せてと言ってもわかるわけ無いか……ん?
「チッチチチチチチ!!」
マウス君はテントの中に敷いてある布の中にブロッコリーの芯をしまうと、僕の方に走り寄って例のあのポーズをとる。両手を上げてしっぽを立て、勇ましく構える熊のようだ。心成しか、クリクリのお目々がいつもより勇ましい気がする。
……パリッ
「……ん?」
……パリパリパリッ!!
「え、えぇっ!?」
「チチチッ!!」
マウス君が大きく息を吸い込むと、その小さな体から強力な魔力が溢れ出す。その魔力はマウス君の毛の色を金色に変え、更に体外に溢れた魔力が電気の様にスパークしていた。日中変化した時は先輩に噛りついていたからまじまじと見ることは出来なかったけど、これってさっき戦ったのコボルトチャンピオンと同じ現象だよね?
「マウス君、君さっきのコボルトを見てそれを覚えたの?」
「チチッ!」
マウスくんは肯定するように鳴くと、再び例のポーズをとった。もう完全に言語理解してるねこの子……
「それに、この魔力は……僕の法力? でもそれなら毛の色は白になるんじゃ……いや、コボルトの色が金色だったからこれはまた別の理由で色が変わっているのかな? 金髪は勇者の証だもんね」
やがて金色の毛は元の薄い亜麻色の毛並みに戻っていった。先ほど感じたマウス君の魔力は間違いなく僕のものだったと思う。どうやらマウス君は僕の練習で浴びた法力を電池のように蓄えることが出来るらしい。
「マウス君。ひょっとして君は、普通の鼠じゃないのかい?」
「チチッ?」
うーん、とりあえずある程度の言葉は理解してるみたいだけど、言葉のすべてを理解してるというわけでも無さそうかな。それでも十分に凄いんだけどね。
それと、あの状態のマウス君は葵先輩に歯を突き立てていたから、少なくとも普通のコボルトより攻撃力は勝るってことなのかな。だとしたら凄いな君、そんなに小さいのに。
とりあえずマウス君は普通の鼠からスーパーマウス君に進化したらしい。まぁ深く考えても仕方ないから返ってからウェニーお婆ちゃんにでも相談しよう。魔物の知識ならウォルンタースさんとかに聞いても良いかも知れない。
「そうだ、今日はマウスくんとの特訓が初めて実戦で役にたったね、今日の勝利は僕らコンビの初勝利だよ!」
「チッチュウ!」
僕が手のひらをマウス君に向けると、マウス君も僕の手のひらに自分の手を合わせてくる。ちっちゃい手がとても可愛くて、我慢できずにそのままマウス君の体を指でウリウリと撫で回す。嬉しそうにもみくちゃにされるマウス君を見ていると、今日の勇ましさが嘘みたいだ。
「でもね、本当は凄く緊張したんだよ~」
「チュゥ?」
「毎日君と練習してたから自信はあったんだけどね。流石に団長さんにあんな啖呵切っちゃったから無様は見せられないし。何度もプレッシャーで震えちゃいそうになったよ」
でも、よくよく話してみれば、リーデル団長はそんなに悪い人ではなかったように感じる。むしろ頭は硬いけど、あの人なりに弱者を守るという矜持を感じた。聖都腐敗に関してはあの人は絡んでいないんだろうと思う。
そうなるとやっぱりシュットアプラー大司教辺りが怪しいんだけど。今回の異常繁殖を事前に察知して、解決のために動いていたのも彼なんだよね。何か他に目的があるのかな? それとも、腐敗の元凶であっても大司教の仕事も疎かにしていないだけ?
「うーん、分らないな」
「チッチュウチュ!」
ん? 慰めてくれてるのかな? マウス君が僕の頬をペタペタ前足で触ってくる。
……あ、違うなこれ。慰めてくれてるんじゃないや。
「出先でも日課をするのかい? マウス君」
「チッチュウ!」
そうだと言わんばかりに熊のポーズを取るマウス君、君それ気に入ってるねえ。更にその体は再び金色に輝き帯電をし始める。なるほどなるほど……
「新しい力を得たから試したくてうずうずしてるって顔だね? 葵先輩の防御を突破できるほどのレベルアップを試してみたいんだね? 甘いよマウス君。たとえ君が劇的に進化したとしても、僕の先読みは簡単には躱わせないよ」
「チッチュ~?」
ふふ、どうやら新たな力に目覚めて気が大きくなっているようだね。マウス君がテントから出ていく。ついて来いって事だね? 夜中に不用心と思われるかもしれないけど、別に拠点から離れるわけではないので危険はあまりないはず。いいですよ、ついて行ってあげましょうマウスさん!
――やがて僕らはテントが密集していない場所を見つけ、ちょっとした距離を開けてから対峙する。あまりテントの近くで暴れては法術の輝きで皆さんを起こしちゃうからね。明日も命がけで戦う人たちの睡眠を妨げてはいけない。
「さて、それじゃあ、この石を投げて落下したらスタートだよ。準備はいいかい?」
「チュゥ!」
マウス君は既に金色モードで臨戦態勢だ。
「いくよ!」
僕は拾った小石を上空に投げ、それが落下するの待ち、マウス君の目を見つめる。これは僕とマウス君の日課、遠距離でヒールを当てる練習。ヒールがマウス君に当たれば僕の勝ち。ヒールを十回躱すか、2分以上避けきればマウス君の勝ちというルールだ。
……がさっ!
石が落下した音がする。そちらに目を向けることはなく僕は即座に詠唱に入った。それを見ても、マウス君はまだ動かない。
「女神よ、その癒しの手よ、傷つきし汝が子等に祝福を!中級治癒術!」
まずは小手調べ、速力特化の直線ヒール剛速球! 普段のマウス君でもまず食らう事がない直球だけど、スーパーマウス君はどうでるかな? ……え、動かない?
「チュッチュッチュ!」
「!?」
術が発動しても動き出さなかったマウス君。しかし、法術が当たると思われた正にその瞬間、金色の姿が僅かにブレた。一瞬目の錯覚かと思ったけど、法術がマウス君に当たること無く体を貫通した。
「……まさか、残像!?」
信じられない、マウス君の動きが今までと次元が違う。真夜中に金色に輝いている為、辛うじて目で追えているけど、これ昼だったら目で追う事すら出来なかったかもしれない。それほど今のマウス君の動きは素早い。
「汝が旅路の終焉、刻まれしその疲労は鉛の如く鉛足」
鈍足の法術を放つも、これもまた余裕で回避されてしまう。しかし、それは予想の範疇。本命は同時に練り上げておいた無詠唱の鉛足の発動。
「チチチッ!?」
「そこだ、鉛足!」
「チュゥッ!?」
無詠唱では威力が殆どない鈍足だが、詠唱をしていないため相手には気が付かれないのでほぼ確実に当てる事が出来る。効果としては、少しつまずいたような感じがする程度。だけどその一瞬の硬直に合わせて短縮詠唱の鈍足をぶつける。こちらも詠唱を行っていないので発動する威力は不十分だけど、無詠唱とは違いその効果は対象に一定時間影響を及ぼす事が出来る。鈍足の効力の詠唱による違いは、大まかに説明するとこうだ。
無詠唱鈍足 脳内でイメージするだけで放たれる為ほぼ回避は不能。
効果は、少しつまずくような感覚、或いは少し足元に違和感を与える程度の威力。実際に鈍化するほどの効力はない上に、その効果時間も一瞬。
短縮詠唱鈍足 頭の中で構築をどこまで出来るかによって結果に差が出るが、発動が早いので決まりやすい。無詠唱と違い、脳内構築後に術名を口にする事で術としては一応完成している。その為、しばらくの間、対象の動きをほんの少しだけ鈍らせる事が出来る。
詠唱鈍足 呪文を口にする事で更にイメージをしっかりと構築することが可能。その為、動きを鈍らせる効果が前者と比べて圧倒的に高い。その反面、長い詠唱を口にするので、知恵あるものなら大概躱されてしまう。魔物相手であれば詠唱する方が有利とされている。
これらを上手く掛け合わせて、本命の短縮詠唱鈍足をぶつける事に専念した。割とよく使う手段なのだけど、マウス君は結構引っかかる。賢い鼠ではあるけど、あまり記憶力はないのかな? 或いは戦闘中は本能にまかせているのかな?
兎に角、これで残像しか見えなかったような状態から、辛うじて金色の筋に見える様にはなった。これなら対処もしやすい。
「……とん、とん」
この鈍足状態ですらいつもより数倍早いけど、僕はマウス君の動きやクセをよく知っている。だからどれだけ早くなっても……
「そこ!下級治癒術!」
「チュッチュウウ!」
「!?」
確実に捉えたと確信した僕だった。が、次の瞬間マウス君が眩く輝き、突然その動きを加速させた。鈍足の効果があるので最初ほど早いわけではないけど、一瞬だけ速度を変える事で僕の下級治癒術をあっさりと躱した。ていうか、その状態もうそんなに使いこなしているのね。昼間覚えたばかりなのに。
しかし、これで二発めも不発か。流石にスーパーマウス君は素早い。それに今のフェイントは今までにない動きだったからまんまと躱されちゃったよ。
さてさて、どうやってあの足を止めるかな……と?
「チッッチュウ……キュゥ」
「あ、あれ? マウス君?」
先程まで眩しいほどに輝いていたマウス君の輝きが突然失われた。突然光源を失ったために何も見えないが、何が起きたのかはなんとなく解った。迂闊に近づいて踏んづけちゃうと危ないので、とりあえず声をかけてみようかな。
「マウスくーん、大丈夫?」
「キュゥ~」
弱々しい声ではあるけど返事が返ってきた。良かった、返事ができるなら大丈夫そう。
僕は声のした方に向けて中級治癒術を適当に飛ばした。地面にぶつかった中級治癒術は柔らかな白い光を発し、辺りを薄っすらと照らし出した。光が消える前にその辺りを観察すると、着弾した地点から20センチほどズレた場所に、ぐったりしているマウス君が見えた。その毛並みはいつもの亜麻色のものに戻っている。
「どうやらスーパーマウス君は燃費が悪いみたいだね、大丈夫?」
蓄積した魔力を使い切ってしまったようで、マウス君は抱き抱えてもぐったりしたままだった。僕は優しく彼をなでてあげながら、中級治癒術を連続してかけてあげた。恐らく、マウス君の魔力源は僕のこの回復練習で流したヒールの法力だ。だから使い切ってしまうと自然回復はしないのかも知れない。数回中級治癒術をかけ続けると、マウス君は何とか起き上がっていつもどおりの元気な動きをし始めた。
「でも、今日はここまでにしようか。明日も大変な一日になるだろうしね」
「チチュウッ!」
まだまだ行けるとばかりに例のポーズを取るマウス君、そんな勇ましいポーズとっても駄目だよ。なんか君この森に入ってから好戦的だよね? 野生の血が騒いでいるのかな?
「とりあえず今日はもう戻ろう? さっき拾ったクルミがあるから一緒に食べよう」
「チュゥッ!」
お、食欲には勝てないようだね、うんうん、無理はしてほしくないからね。明日はマウス君が無理をしないように僕も気を引き締めて戦わないとね。今日みたいなミスは減らしていこう。僕はマウス君を抱いたまま自分のテントに戻ろうとあたりを見回した。
「ん?」
その時感じたのは大きな違和感、視界の端に何かが光っているのが見えた。それも大量に……。
『それと篝火の件だが、コボルトはあんなナリだが夜はあまり活動的ではない。火を見られたとしても来るのは斥候が単体で来るだけだ。故に危険は少ないので安心して欲しい』
……
…………
………………
「リーデル団長の嘘つきぃぃぃっ!!」
今僕の目の前には見えるのは大量の小さなひかり。二つ並んで輝くそれは、夜目の効かない僕にでもその正体を容易く理解させてくれる。
「みんな起きて! コボルトの夜襲だよー!!」
これは日課とかやってる場合ではなかったのかもしれない。
僕は少々疲労を感じつつもアメちゃんを強く握りしめた。
ロマサガ3リマスターに時間を奪われておりますッッッ!!




