第二十六話 教会へ……
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「――葵先輩はどう思います?」
「そうだね。一応正式な招待なので、これに行ったからといって何かが起きるとは限らないと思う。ただ……」
「ただ?」
「先日の大聖堂での話を聞く限り、危険はあると思うね」
「だよね、あの視線は先輩のみたいで怖かったもんね」
「と、いう事は。ヤツは頭の中で棗君の○○○を器具で拡○して、そこにデコレーションしたパフェを○○して一気に○○るような事を考えていたのか……」
「そこまでの変態は先輩だけだね?」
心外そうな表情を浮かべるとんでもない変態は置いておいて、実際あの大司教様と二人で会うのは恐ろしすぎる気がする。公式の呼び出しでも賓客相手でも何をしてくるかわからない怖さがあるよねあの人。
「よし、これからは葵先輩とも二人きりになるのは控えよう」
「なんでかな!? 大司教の話だったよね?」
「ご安心くださいナツメ様、私共がご一緒します。たとえ何があってもナツメ様に危害が及ぶことはありませんよ」
声の方を向くと、頼もしげに胸を叩く騎士団のみなさんと微笑むグレコ隊長がいた。うん、皆さんと一緒に行けるのであれば何も怖いことはないよね。きっと僕を変態”たち”から守ってくれるに違いない。
「そうだね、大司教様のお誘いを無下には出来ないし、皆さんを信頼して行ってみましょう!」
ビビっててもしょうが無いもんね。よし!やるぞ。
むんっと、ガッツポーズをとって男らしくみんなを鼓舞すると、なぜか騎士団の皆さんと殿下が鼻のあたりを押さえながら顔をそむけた……なんでさ!? もしかして僕は皆さんに嫌われているのか?
「――それではお誘いは受けるということで宜しいですか?」
「はい、よろしくおねがいします。コルテーゼさん」
「もちろん私も居るから安心してくれたまえよ棗君!」
「……」
「凄いですねアオイ様、あんなに美しく可憐なお顔なのに。萎れたカボチャのような表情になっておられますよ……」
「そうだろうそうだろう、凄いだろう。世界広しと言えど、棗くんにこんな顔をさせてあげられるのは私だけなんだぞ?」
「本当に凄いですねアオイ様は……」
――――……
――さてさて。呼び出されて勇ましく出てきたものの、やっぱり恐怖心はあるわけで。僕自身、精一杯の準備はしておこうと思う。だから、今回はマディス教の正装ではなく最初からフル装備だ。この仮面を被るのも久しぶりだね。うん、なんとなくこの仮面を被ると、戦いに赴く心構えができる気がする。アメちゃんもしっかり持ったし、懐には頼もしい相棒も連れてきた。
「チッチチチッ……」
「うんうん、頼りにしてるよマウス君!」
別に戦闘の役に立ってもらえるとは思っていないけれど、この子が居てくれるだけで何だか勇気が湧いてくるんだ。あとモフモフは正義。服の中に居るので今はモフれないけど、宿に戻ったら存分に可愛がってくれようぞ。
しばらく馬車に揺られていると、いよいよ目当ての教会が見えてきた。今回は大聖堂ではなく、シュットアブラー大司教の牙城とも言うべき教会。白亜の神殿でありながら、その佇まいはそこはかとなく禍々しさを感じる。
「大丈夫ですよ、ナツメ様。私共が付いております故、その様に緊張をなさらないでください」
緊張する僕に気がついたのか、グレコ隊長が優しく僕に微笑みかけてくれた。うう、この人は本当にイケメンだなあ。
「はい、頼りにしてますね!」
「ふふ、その仮面をつけられていると、見た目と声とのギャップがものすごいですね」
「そうですか? 割と便利で気に入ってるんですけど。似合ってませんか?」
「……いえ、大変似合っていらっしゃいます」
むう、明らかに気を使われてしまった。グレコ隊長は実直な人だから直ぐに顔に出ちゃうんだな。騎士団の皆さんも、出発時に披露した僕の仮面姿には一瞬驚いていたようだし……そんなに変かね?
「はっはっは!もちろん私も居るから大船に乗った気持ちで安心してくれたまえよ!」
「……」
「あれ、あれあれあるれ!? 何で無言なのかな!?」
うーんセクハラ疑惑のある大司教の元に向かう仲間が、セクハラ常習犯というのはどうなんだろうか……しかも今日は少し離れて座っていたのに、徐々に距離を詰めてきているよね?
「ナツメきゅ~ん、クゥン、お姉ちゃん無視されると悲しいよぉ? もっとかまってほしいにゃぁん?」
「Don't Touch Me!!」
「なぜ英語!?」
最近の先輩はちょっとやりすぎだからね。少し厳しくいかないと。こういう時はやっぱり秀彦がいてくれると良いんだけどな。でも今は自分で自分の身を守らなきゃいけないから、ちょっと距離をとって行こう……て、ちょっと距離とっただけで、なんて悲しそうな顔するんだこの人は。
……もう。
「――触ったりするのは無しですからね!」
仕方ないので先輩の横に移動して上げることにする。あんな顔されたら罪悪感がすごいから。僕は何も悪くないけど。
「うっひょぉぉぅ! ありがとう棗きゅぅぅぅぅん!!」
「うひゃぁっ!? 一秒たりとも約束が守れないんですか貴女は!!」
近づいた瞬間抱きしめられてキスをしようとしてきた。この、葵変態に優しさを見せた僕が迂闊だった! やっぱり野獣相手には毅然とした拒絶が必要だったんだ! こうなったらなりふりかまっていられる状況ではない。僕は隠し持っていた秘密兵器を葵変態に向けて差し出した。
「こ、この棒は何かな? 棗きゅん。なんかサビと穴があるけど……まさか?」
「これは嘗て斧だった物の成れの果て。”柄”です」
「なんて酷い姿にぃぃぃ、およよよよよ……」
うん、秘密兵器の効果は抜群だ、抜群すぎて悲惨だ。何故か見ているだけでこっちの胸が痛む。今まで聞いたこともない声で嘆く様は、とても正視に耐えない。うう、次からは幻覚で済ませてあげよう。これは罪悪感に耐えられない……
葵先輩は泣きながら斧の柄を撫でると、懐にしまいながら「いつか……必ず」とかよくわからないことをつぶやいている。うん、恐ろしすぎる。これは二度と使わない禁じ手として封印しよう。
「ア、アオイ様、ナツメ様。お取り込み中申し訳ありません。そろそろ教会につきますのでご用意をお願いいたします」
「――あ、はい」
「およよよよ……」
とりあえずポンコツと化した先輩は放っておくとして、遂にたどり着いてしまった、敵の牙城。
「……緊張、しますね」
教会の門にはすでに出迎えの教会聖騎士団が立っており、グレコ隊長と何かを話している。
どうやら大司教は中で待っているらしく、教会聖騎士団の一人が案内をしてくれるようだ。ここからは敵地と思って行動しなきゃ。さしあたって逸れて迷子にならないように気をつけよう。しかし、この教会。流石に先日訪れた大聖堂よりは小さいものの、こちらの造りも十分凄い。王都で僕がよくお邪魔してた教会とは雲泥の差だ。
「ふーむ、ここもそうだけど。聖都の教会はどれも立派なものだねえ」
「あれ、復活したんですか? 葵先輩」
「うんうん、なにか副音声が聞こえてきそうなほど刺々しいね!」
「自業自得ですよ、まったく」
「まあ、そこは棗きゅんへの愛が溢れちゃったお姉ちゃんのおちゃめって事で許してほしいにゃぁ」
全くこりてないなこの人は……。
「――まあそれは置いておくとして。これだけの建物を沢山作れるってだけで、セシルの言っていた事が真実味を帯びてくるね」
「マディス教の腐敗……」
「そう。しかもこれから会うのはシュットアプラー=デブラッツ大司教だ。恐らく、件の腐敗に関わっている可能性が極めて高い人物だと思う。良いかい棗君、ここではいつものように勝手な行動をとってはいけないよ? もし、その仮面の力で何かをしようとしたら、私は全力で君を止めるからね?」
「……!」
いつになく真剣な表情の先輩に思わず息を呑む。いざとなったら”隠密”で色々調べようと思ってた僕の考えを完全に見透かされていたらしい。多分全力で止めるというのは、本気で殴ってでも止める意味なんだろう。いつもは巫山戯てるくせにこういうところは鋭いんだよな、この人。まあ、いつも心配かけちゃってるから今回は僕も自重しよう。
「大丈夫だよ葵先輩。僕だっていつも無茶するわけじゃない。みんなに心配させたくないものね」
「君のそう言うところだけは信用出来ないからね。悪いけどしばらく私の側に居てもらうからね」
「あうぅ……わかりました」
珍しく真面目モードの先輩の迫力に何も言えない。でも、それだけ先輩は今回の呼び出しを警戒しているんだろう。いや、それ以前に僕のことを心配してくれているんだね。
やがて案内されるままに付いていくと、通路の奥にひときわ目立つ立派な両開きの扉が見えてきた。
「シュットアプラー=デブラッツ大司教。聖女ナツメ様、御到着で御座います」
「……はいりなしゃい」
扉の奥から聞こえる独特のイントネーションに自然と緊張が走り、アメちゃんを握る手に力が入る。
暫くして、教会聖騎士団の手で開かれた扉の奥に、後ろ向きの大司教の姿が見えた。
「ようこそいらっしゃった。わざわざご足労済まなかったのう。常ならばこちらから赴くのが礼儀というものしゃが、何分老体故……はぅっ!?」
「だ、大司教様!?」
「い、いや、済まぬ。聖女様のその、面妖、いや、個性的な仮面に少々驚いてしまっての」
「あぅ……」
やっぱりこの仮面、外でつけるのは自重したほうが良いんだろうか。シュットアプラー大司教、とんでもない顔して固まってたもんなあ。危うくおじいちゃん殺してしまうところだったかもしれない……。
「ま、まあ、余りの恐ろしさに少々驚いたが、良く来てくだしゃった。まずはそこに座ってくだしゃれ。今、茶を用意させよう」
大司教シュットアプラー=デブラッツは以前会ったときとは違う好々爺然とした表情を浮かべていた。
ちょっとリアルでショックな事があり執筆速度が堕ちています、申し訳ないです。




