第十一話 そろそろ君は……
引き続き出張中スマホ更新で遅れております。申し訳ありません。
50
――聖都カタフィギオ
聖なる力の象徴である”白”を基調とした建造物が建ち並ぶ美しい都市。美しく並ぶよう計算し建造された家々の壁は、すべて白く塗られ、道行く人々の服装も白い。それだけではなく白いウィッグを着用する者も散見された。マディス教の敬虔な信徒達は自らを聖なる物に近づけるため、この漂白された町並みに誇りを持っているらしい。
そんな街の大道を一台の馬車が進む。二頭のスレイプニルに引かれる豪奢な馬車は、道行く人々の視線を大いに集めていた。が、彼らがその馬車に注視する理由は別に、スレイプニルが珍しいからでもなければ、豪奢な馬車が珍しいからでもない。
聖都に住まう人々は知っているのだ、この馬車に誰が乗っているのかを。
故に馬車が進む道の脇では人々が跪き、大道を進む馬車に対して一心に祈りを捧げる。
しかし、そんな敬虔な信徒達をひきつった顔で覗き見る少女が一人。
――――……side 棗
(うぅ……これってもしかしなくても、僕の事拝んでいるんだよね……)
何だろう、別に僕はなにも悪い事してる訳ではないのに、何やらいたたまれない気持ちになってしまう……はやく通りすぎてくれないかなあ……
「……ナツメ様。先程から何故そのような怪しげな体勢で盗み見るように窓を眺めているのですか?」
何故? 何故とおっしゃいましたか殿下? 僕が何故このような事をしているのか理解できませんか殿下? そうでしょうそうでしょう、貴方様は生まれた時から王族だったので解らないのでしょうね。僕みたいな小市民が、こんな大勢の人に注目されるプレッシャーと言うものが!
いや、こうやって拝まれている分にはまだ耐えられるよ。でも、僕がなにか壮大なミスをして、この信心深い人たちの眼が死んだ魚のようになってしまったらどうするんですか。そんな事になったら、僕はショックで一生外に出られなくなる自信があるからね? しかも、多分高確率でやらかすからね?
「ナツメ様? 折角正装をされているのですから、信徒の皆さんにお顔を見せて差し上げてはいかがですか?」
む、無理無理!なにを言い出すのコルテーゼさん!? こんな貧相な小娘が、皆さんの信仰している女神マディス様が遣わせた聖女様ですよーなんて、言えるわけがないでしょう!! そりゃ孤児院やお城の皆が僕の事「綺麗」とか「可愛い」とか言ってくれるから、今の僕は容姿に全然自信が無いわけではないけれど。それでもこんな大勢の前で「聖女でゴザイマース!」なんてやる自信はないからね?
「ふむふむ、最近はマシになってきたとは言え、これは棗きゅんにはハードルがちょっと高いかな、元々恥ずかしがり屋さんだものねえ」
「……先輩」
ああ、この人は……いつもは困った事しかしない人だけど、こう言う時は本当に僕の事を解ってくれるんだ。僕は思わずウルっとしながら先輩の顔を見た。にこにこと見つめ返してくれる先輩が、今日はとても頼もしく見える。
「――だから私が何とかしてあげよう。棗きゅんの可愛らしさを隠すのは信者の皆さんに申し訳ないからね!」
「……は!?」
僕が先輩の不穏な発言に反応する前に、僕の体は先輩によって横抱きに抱き上げられてしまう。勇者の力でガッチリ抱かれてしまっているので、僕の力では全く抗うことが出来ない。
「え、ちょ、先輩!?」
「おっと、危ないよ棗きゅん! 口を開いていると舌を舐めてしまうよ?」
「それを言うなら舌を噛んでしまうでしょ、ぎゃぉっ!?」
僕が言葉を言い切る前に、先輩は馬車の扉を開き、そこから素早く御者台へと跳ぶ。
馬車の中から突然外に出たために光に眼が慣れておらず、眩しさから目を開けない僕の耳に、大観衆のざわめきが聞こえてくる。やがてそれは静寂へと変化し、沢山の人が地に伏せる気配を感じた。これは……。
「さぁ、恥ずかしがりやの棗きゅんのためにお姉ちゃん一肌脱いじゃったよ?」
こん……の、本当に碌な事しないね、この人は!!
僕は即座に断罪すべく、アメちゃんに法力を全力で注ぎ込む。さっき泣かされた事をもう忘れてしまったらしいね、先輩!!
「おっと棗きゅん、聖都の信者の前ではどう言った振る舞いをして欲しいと言われていたかにゃあ?」
「ぐぬぬ……」
先輩に指摘されて周りを見れば、跪く人々の視線は僕に集中している。流石に、ここで地の自分を見せる訳には行かない事位は、似非聖女の僕でもよく解る。そんな僕の心境を察しているのだろう、にやつく先輩の顔が実に疎ましい。
――こうなっては仕方がないので、僕は先輩の腕の中から馬車の上に降り立つと、全力の聖女スマイルで周囲の人々に手を振る。でも、皆さんから見えない角度になった瞬間殺意を込めて先輩を睨み付けたけどね! 覚えてろ、この恨みは今夜、刃無し斧地獄の夢で返してやるからな! だけど、そんな顔で睨み付ける僕に対して先輩は優しく微笑むと、僕の後ろに回り込んで柔らかく抱き締めながら耳元にそっと囁いた。
「無理矢理すまないね、棗君。だけど君はそろそろ人目を避ける癖を無くすべきだと私は思ったんだ」
「……え?」
「私たちがいくら君の事を可愛いのだと言っても、君はお世辞だとか、懐いてくれているからだと自分に言い訳をして認めようとしないからね。だから今回は全く関係のない人たちの反応を見てもらいたかったんだよ」
そう言われて周りを見渡せば、確かに僕を見る皆さんの表情からは、悪い感情は見られない。僕が手を振ると皆さんは歓喜と羨望の眼差しを送ってくれる。確かに僕は、これだけ大勢の前に出てもがっかりさせてしまう存在では無いらしい。
それに、彼らの表情を見ているうちに理解できてしまった。魔族と言う脅威に怯えるこの世界の人たち、彼らにとって僕ら勇者パーティはまさに希望の象徴なんだ。だから、そんな彼らの希望として自分と言う存在が役に立つと言うのなら、恥ずかしいとか自信がないとか、そういう理由で隠れてしまうのは確かに良くない事だと感じさせる。今目の前に広がっているのはそんな光景だった。
「……そう、だね。うん、僕達は皆の希望なんだものね。こうやって皆の前に出るのは立派な仕事なんだから慣れていかないとだよね!」
「ん? 棗きゅん、なにを言ってるんだい?」
「え?」
「私は単純に、私のきゃわゆい棗きゅんを皆に見せびらかしたかっただけだよ? だから皆の前に出るのに慣れてもらって公然とチュッチュしたかったのさ」
「はぁ!?」
「うへへへ、いまこの場でチュウをして、ここに居る全員にマウントを取るのも良いかもしれないねえ。ジュルリ……」
さっきの優しげな表情は一体何だったんだ……。ここにはもう、欲望にまみれた醜い美女という矛盾を孕んだ化け物しかいなかった。
「そんな事したら明日から名字で呼びますからね? 武原さん?」
僕の言葉に先輩の顔が固まる、一応勇者の皮を剥がさなかったのは誉めてあげよう。
「じょ、冗談だよね? あともうすでに名字呼びを始めてるのは何故なんだい!?」
「チュウするなら明日からずっとですよ、武原先輩? あるいは秀彦君のお姉さんと呼びましょうか?」
「やめてよぉ、まだチュウしてないのにもうお姉ちゃんのHPはゼロよ!?」
「まだ?」
「しません、棗きゅんが嫌がる事を、私、武原葵は、金輪際しないことを誓います!」
うんうん、反省してくれたみたいだね。こっちの世界に来てからの先輩はちょっとやり過ぎなきらいがあるからちょっとお仕置きです。でも、さっきのは多分半分以上は僕のためを想っての事だと思うから、そろそろ許してあげよう。
……おまけもつけて。
「よろしい、約束だよ……お姉ちゃん」
「ぐっはぅあっ!?」
僕の言葉に今度は全身が固まった先輩は、張り付けた笑顔のまま、おぼつかない足取りで馬車の中へ戻っていった。うんうん、効果はてきめんだ! 喜んでくれたんだよね? 多分。
「きゃぁぁぁぁ、アオイ様!アオイ様がー!!!」
「大変だ、血が止まらない!ナツメ様、ナツメ様!早く治癒術を!」
うっわー!? 大惨事の気配がする。いまのは少々刺激が強すぎだったらしい……コルテーゼさんや殿下に申し訳ない事をしてしまったー!
僕は聖女モードの笑顔で信徒の皆さんに手を振りながら、自然な動きで馬車の中へと戻った。戻った僕の目の前には地獄が展開していた……
あーもう……
疲労のため、内容が楽しいか自信が持てませんー。;w;
面白かったら感想いただけるとさいわいでございます。




