第九話 亜人と聖女
出張中なので不定期連載で御座います。
申し訳ございません。
48
――亜人
本来サンクトゥースではなく、獣人国家ベスティア、エルフの王国ティリアに住まう人であり、純粋な人ではない種族の事を呼ぶ総称。その数はサンクトゥースや、帝国に住まう所謂”純人”と呼ばれる種族より少なく、”亜人”と言う不名誉な呼び名にも声をあげられる状態にはない。それ故、彼らは純人に対して敵愾心を持つものが少なくなく、国同士は常に平和とは言い切れない小康状態を維持した状態であった。
「……と、私はそのように聞き及んでいたのですが?」
今日は隊長さんたちの前なので聖女モードで言葉を慎重に選びながら会話する。
「はは、驚いたかい? エルフと言えば森の奥に住まう気位の高い一族。確かにそう滅多に純人の町に赴くこともない神秘の存在さ。だけどね、別に彼らも一切姿を見せないと言うわけではないんだよ」
「つまり。グレコ隊長は、その珍しいタイプのエルフだったと?」
「いや、彼女の場合はもう少し複雑でね。実は、彼女はハーフエルフ。つまりエルフと純人の間に生まれた稀有な存在なんだよ」
「なるほど。つまり血が混じった存在の彼女は気位の高いエルフの村から排斥され、純人の町に移り住んできたというわけなんだね」
……葵先輩が重く低い声で呟く。
「そんな……」
そんな酷い、生まれが違うだけで居場所を奪われるなんて……。
「そんな環境から努力をされて、隊長職まで登り詰めたのですね!」
なんて凄い人だろう、僕なんかが彼女の人生を理解しようとする事はおこがましいのかもしれない。それでも僕は、そんな苦労を物ともしなかったグレコさんに尊敬の眼差しを向けるのだった。
――しかし、当のグレコさんはと言うと、何故か僕のそんな視線に居たたまれないといった表情を浮かべ、カローナ殿下の事を睨んでいた。
……あれ?
「で、殿下! 誤解を招くような表現をなさらないで下さいませ。純心なナツメ様が鵜呑みになさっておられるではありませんか!!」
「ははは、すまないすまない」
「え、え!?」
何、何? どう言うこと!?
「ナツメ様、今のは心優しいナツメ様をからかおうと、底意地の悪い殿下が誤解されやすく説明されただけでございます」
「ちょ、サミィ。そんな言い方はやめてくれよ。それじゃあ僕だけが悪者みたいじゃないか!?」
「殿下は御黙りくださいませ!」
「あ、はい……」
あ、なんだろう。何故か今のやり取りで、二人の関係とか普段のやり取りの一部が垣間見えた気がする……
「改めまして、本日皆様の護衛をさせていただく栄誉を賜りました。サンクトゥース王国第三騎士団近衛隊隊長、サミィ=グレコと申します。先ほどの紹介にありましたようにハーフエルフで御座いますが、祖国サンクトゥースへの忠誠心は誰にも負けないものと自負しております。短い間のお付き合いかもしれませんが、お見知りおき下さいませ」
「あ、は、はい。僕、いえ、私はナツメと申します。あの、本日はお助けいただき誠に有難うございます」
どうしよう、凄くかっこよくてまともな人だ! あまりにも普通にかっこいいものだから凄いドキドキしちゃって、危うく聖女のメッキが剥がれるところだった。危ない危ない。
「私からもお礼を言わせてもらうよ、ありがとうグレコ隊長。私は勇者葵だよ……で、先ほどの、勘違いと言うのを説明してもらって良いかな?」
「はい、態と誤解を招くような表現をされた王族の方がいらっしゃいましたが、私の出生はそれほど悲惨なものでは御座いません。そも、エルフは確かに比較的排他的な種族ではありますが、別の種族との混血等と言う理由で排斥をするほど狭量でもなければ残酷な種族でも御座いません!」
グレコさんはカローナ殿下をジト目でにらみながらチクチクとトゲのある言葉で責める。
「や、すまない、謝るから許してくれよグレコ隊長。ナツメ様があまりに可愛らしい反応を為さるものだから、ついいたずら心がね……」
「むぅ……!」
「あ……ヤバ……」
どうやらさっきのはカローナ殿下のいたずらだったらしい。取り合えず膨れっ面で睨んで、怒ってますよアピールはしておこう。
殿下は時々こう言ういたずらをするから、何が本気で何が冗談なのか分かりにくいんだよなあ。僕を傭兵に誘った話も冗談だったんだろうか? まあ僕は傭兵なんてできないから、どちらでも良いのだけどね。
「私は父が純人、母がエルフなので御座います。ですので生まれたときから、父の祖国であるサンクトゥースにて暮らしておりました」
「彼女の父親は王国の騎士でね、あるとき魔物の襲撃から村を守ったグレコ隊長の父君の勇姿に、彼女の母親がひとめぼれ、そのまま後を追ってきたと言う訳なのさ。情熱的だろう?」
「まぁ、とても素敵なお話ですね」
聖女モード聖女モード、どんなもんだ、僕の聖女ぶりも中々の物でしょう! 沢山練習したのでついつい披露したくなっちゃうんだよね。オホホホ……。
「と、とんでもない事で御座います聖女様、私の母は、その、なんと言いますか少々元気すぎるきらいがございまして、身内といたしましては実にお恥ずかしい限りでございます」
「いいえ、そんなことはありませんわ。お母様がグレコ様のお父様を追いかけてしまった理由が、私には解りますもの」
「と、言いますと?」
「だって先ほど戦われていたのグレコ様の勇姿は、とても凛々しく素敵でしたから」
これは本気でそう思う。だってさっきのグレコさんはまるで物語の主人公のようにかっこよかったからね。
「め、滅相もございません。私の方こそ、この度はかの”慈愛の聖女”様の護衛ができることを光栄に思っております」
……ん? 今聖女の頭に、何か変な言葉がくっついていなかったかい?
「先日の襲撃の際。その身を呈して子供達を守り、そして悪霊達にも寄り添い彼らに安らぎを与え、自身は限界を越え倒れられてしまったと言うお話は、今や城下町の一番人気の物語となっております」
「ほげぇっ!?」
なんだしれ、なんだそれ!? どこの聖女様の伝説ですかそれは……
「さらには聖女様の危機に颯爽と現れた聖騎士ヒデヒコ様との恋物語は、今や民衆の憧れの恋物語として「ファーーーーーーッ!?!?」どうなさいました聖女ナツメ様!?」
こ、こここ、恋仲!? こ、鯉? 濃い!? ゴリ!? なに!?
「そういえば今回はヒデヒコ様と御離れになってしまい、ナツメ様はさぞ心細さを感じておられるものと存じます。ですが不肖、サミィ=グレコ。及ばずながらヒデヒコ様の代わりに、精一杯聖女様をお守りさせていただく所存でございます!」
「こ、こここここ……」
「……ナ、ナツメ様?」
「恋人って、なんやねぇぇぇぇんっ!?」
「ナツメ君、メッキ、メッキ、もうべろんべろんだよ? 剥げまくってるよ!」
まさかそんな話が街中に!? ひ、ヒデと僕が……そ、そんな、そん……うひゃああああ!!
「ナツメ様、どうされたのですか?突然走り出されては危険で御座います!」
「はな、離して! 僕は今すぐ王都にもどって、ゴリラを血祭りにあげることで身の潔白を証明しなくてはいけないんだー!!」
「ナツメ様、流石にそれはヒデヒコ様があまりにも不憫なのでは!?」
――――……
「落ち着きましたか、ナツメ様……」
「はい、有難うございます、殿下。……グレコ様。少々はしたない姿をお見せしてしまい、誠に申し訳ありませんでした」
「おお、凄いね。すぐに剥がれちゃうメッキだけど、リカバリーの早さにはお姉ちゃんも驚きを隠せないよ。そもそも、それでごまかせてるつもりな所は中々に図太くて凄いよナツメきゅん!!」
「う、うるさいですね! 聖都ではちゃんとしますから大丈夫ですー」
ついつい騎士の皆さんの前で素の姿を見せてしまった。そのせいで心なしか、皆さんの視線が痛い気がする……特にグレコさんの驚き顔フリーズは心に来るものがある。きっと色々幻滅されてしまったに違いない。
「あ、あの、グレコ様、申し訳ありません。このようにがさつで未熟な聖女の護衛は不本意かもしれませんが、よろしければこれからもよろしくお願い致します」
幻滅させてしまったかもしれないけど、それでも最低限は仲良くしてもらえないかと言う望みを込めてみる……無理かなあ?
「……はっ!? いえいえいえ、ナツメ様、どうかそんな顔をなさらないで下さいませ、幻滅など滅相もないことで御座います」
僕の言葉に反応したグレコさんの表情が漸く戻ってきた。その表情に嫌悪等の負の感情は見られず、僕は取り合えず胸を撫で下ろした。
「幻滅どころか逆に、ホッといたしました」
「ホッと……ですか?」
表情の戻ったグレコさんは、僕の目をまっすぐ見つめるとゆっくりと微笑んだ。
「私の知るナツメ様は、街の噂で聞いた物語の主人公のような人物像です。そしてそのイメージが正しいことは、先ほど私の境遇に悲しんでくださった御姿から、正しい物だったのだと確信に至りました」
や、止めて欲しい、僕はそんな大それた人物では無いんです~。
「ですが、先ほどのアオイ様とのやり取りを見るに、それはナツメ様の一面に過ぎないのだと知る事ができました」
「……ほうほう、君は中々に見る目があるようだね、素晴らしいよ」
葵先輩がうんうん頷いているけど、多分絡むとまた変なこと言い始めそうなのでスルー。僕はグレコさんの言葉を待つことにした。
「――ナツメ様は噂通り、高潔で、清純で、慈愛に満ちた聖女様であらせられると同時に、年相応の女の子としての一面もしっかり持っていらっしゃるのだと知りました」
「ふぁっ!?」
女の子? 女の子で御座いますかグレコしゃま!? あと高潔でもなければ清純でもないですよ!? こちとら女の子どころか筋金入りの日本男児でゴワスぞ!
「そして、その年相応のお顔をお見せになった時の御姿で御座いますが、無礼を承知で申し上げさせていただけるのであれば、それはとても可憐で愛らしい」
何をいっているのですかグレコさん。僕は男の子なんですよぉ!? なんでそんな僕を慈しむような目で見ているんですか、やめてください。女の子相手なのにドキドキしてしまいます……あ、いや、これは正常なのか!?
「そんな等身大の聖女様を見て、私はさらに粉骨砕身の覚悟をもって、この任務を全うしようとおもいった次第で御座います」
何だろう、なんだか誤解が誤解を読んでえらい事になってしまう気がする……
今回の現場はちょっとハードなので更新進まず申し訳ありません、結構寝る間を削ってかいているのですが中々……。
五月二十一日まではこんな感じで進むと思います。