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第一話 小さな相棒

挿絵(By みてみん)


第二部始まります。


40




 魔王軍襲撃の爪痕も癒え、春の陽気に賑わう城下。あれ程の襲撃があったにも拘らず、町の人達は元気で本当に逞しい。


 そして、そんな街の喧騒とは離れたサンクトゥース城。その城内中庭を、素早い動きで駆け抜ける一匹の鼠と、それを追う僕の姿があった。綺麗に刈られた芝生の上を(マウス君)は軽快に体を左右に蛇行させながら走り抜けていく。左右に大きくブレているにも関わらず、追いかける僕との距離はどんどん離れていく。流石だなあ、マウス君!!


「チッチチチ!」


「そこっ!!」


「チュィッ!?」


 僕が指を翳すと、マウス君の走る地面が輝き光の柱が立つ。しかし、マウス君はそれを事前に察すると、術が形成される直前に横に飛び、発動した法術の直撃を回避した。慌ててマウス君の回避した先にも術を展開するが、その尽くを野生の勘で察知するマウス君。右へ左へ素早く走り、時に急激に停止し、また最高速で走り抜け完全に僕の裏をかきつつ術を回避していく。――マウス君ってば最近どんどん動きが良くなっているような?


「チッチュウッ♪」


 見事に法術を読み切り、その全てを躱しきったマウス君が勝ち誇って後ろを振り向く。クリクリとしたつぶらな瞳が愛くるしいな! だけど、勝ち誇るのはまだ早いよ。僕は既に次の法術の詠唱準備に入っているからね。


「――汝が旅路の終焉、刻まれしその疲労は鉛の如く鉛足(プロモ・ピエルナス)!」


「チュウゥゥッ!!」


 先程の法術とは違い、今放たれた法術はマウス君を中心に発動する。鈍色に光る術に包まれたマウス君はその素早さをみるみる鈍化させていった。ふふふ、体が重かろう、今楽にしてあげるからね。くっくっく……。


「もらった!」


「チュッチュウウ!?」


 唯一の武器である素早さを失ったマウス君は、最早逃走することも叶わず、今度こそまばゆい光の柱に包まれてしまった。しばらくして光が収まると、そこには何も変化の見られない美しい毛並みのマウス君が、心なしか不満を訴えるような顔で僕を見上げていた。そんな顔しないでよー、ちゃんと解呪してあげたじゃないか。


「チュウウッ!」


「あはは、ごめんねマウス君、今のは僕が狡かったね」


 足元をくるくると回りながら抗議するマウス君に僕は笑顔で謝った。実は、今のマウス君との特訓は、僕が動き回る前衛に対して遠隔で治癒術を発動させる訓練だったのだ。元々治癒術というものは、目の前に来てもらって発動するのが一般的な術なんだよね。理由は簡単で、治癒術は発動させる空間を指定するタイプの法術だから。一応止まっていてくれるなら遠くに居ても治癒できるのだけど、激しく戦う前衛が立ち止まるのは危険極まりない。その為、治癒術士は基本的に前線には立たない。後方に待機して、運び込まれた怪我人を治療するのが主な仕事なのだ。


 ――でも、僕は先輩や秀彦と一緒に戦いたい。それに治癒特化の聖女であるとは言え、素の法力が高い僕の強化術や弱体術は、専門では無いとは言えそれなりの威力を誇る。それに、本職ほど強力な法術は使え無いけど、法力の内包量が多い僕の場合継戦能力が高めなのだ。


 治癒術士が前線に立てない理由の殆どは、専門である治癒を遠隔で行うことが出来ないためだ。危険な前線の、それも前衛の近くに立たねばならないと言う部分に集約される。要は正確に前衛に狙いをつけられるなら、治癒術士が前線に立つ事も可能という事なんだ。


 だから僕はとても素早く、尚且体の小さいマウス君にお願いして、治癒術を間違いなく前衛に当てることができるように秘密の特訓を行っていたのだ。……別に外出出来ないので暇で仕方ないからやっていた訳ではない。


 でも、最近ではマウス君もフェイントを入れたりしてきて、なんだか治癒術を当てる練習というよりは、ただの戦闘訓練みたいになってきているんだよね……。

 

 それでマウス君が何を怒っているのかと言うと、治癒術の訓練なのに僕がズルをした事を怒っているのだ。治癒術と違い先程発動させた弱体魔法は、個人を対象に発動するので避けることは難しい。本来は対象の動きを少し阻害する程度の術なのだけどただの鼠であるマウス君にとってはかなりの負荷らしく、ダメージは無いものの動くことは難しくなってしまうらしい。


「チュウゥー」


「解ってるよ、これじゃ訓練にならないって言うんでしょ?」


「チュッ」


 僕の言葉にその通りだと言わんばかりに頷くマウス君。元々賢い鼠だと思っていたけど、最近は明らかに僕の言葉を理解してる節があるんだよな。やっぱり僕の法力が何か関係してるのかな? でも、小動物に魔力注いだからってパワーアップするなんて話、正直聞い事も無いんだよね。実際他の動物にも試してみたけど、こんな劇的変化をしたのはマウス君だけだったし。


「もしかして、君は特別な鼠なのかい?」


「チュゥ?」


 そっと手で拾い上げて話しかけると、マウス君は言葉が解っているのかいないのか、小首をかしげて僕を見つめてきた。く、かわいい……


 とりあえずマウス君は他の鼠より賢い子で、偶然僕の法力との相性が良かったんじゃないかってウェニーお婆ちゃんがいってたから、僕も深くは考えない事にした。


「ナツメ様ー、ナツメ様ー、どこにおられますかー?」


「あ、いっけない。コルテーゼさんが僕を探してる。マウス君おいで!」


「チュゥッ!」


 慌てた僕が声を掛けると、マウス君は僕の体を登ってフードの中に隠れてくれる。――ヤッパリ言葉理解してるよね? 君。


 以前は顔を隠すために使っていたこのフードだけど、今はマウス君の移動用の乗り物と化している。うなじの辺りでこしょこしょ動くマウス君が少しこそばゆい。


「コルテーゼさん、こっちですよー」


「あ、ナツメ様! もう、あれほど一人で出歩いてはいけませんと申しましたのに!」


「そうは言っても、一日中部屋に居たらカビが生えちゃうよ? 外には出てないから大丈夫!」


「はぁ、ナツメ様は意外とわんぱくでらっしゃるのですね。こんなに可憐でらっしゃるのに、まるで少年の様。……は! それ所ではございませんナツメ様。女王陛下がお呼びでございます」


「ん、セシルが? 何だろう」


 最近は僕の謹慎も大分解けて秀彦たちとの訓練は再開しているのだけど、相変わらず一人で出歩いたりすることは禁止されていた。だからあれ以来僕は一度も街に出て無……うっ、何だか頭が痛い。ナンダロウ オモイダシチャイケナイ キガスル。


「どうなさいましたか?」


「いえ、何でもありません。少し準備をしますので、一回部屋に戻ります」


「畏まりました、それでは一時間ほどいたしましたらお部屋にお迎えに上がりますね」


「はい、それで宜しくおねがいします」


 ふう、このまま謁見の間に行ったら、マウス君も連れて行っちゃう事になるもんね。この世界では鼠は害獣として身近だから、余り良い印象持たれて無いんだ。一応僕が飼っている事は皆知っているので駆除されたりはしないのだけど、素手で持っていたりすると悲鳴を上げられてしまう。僕のマウス君は毛並みも綺麗だし、浄化魔法で常に綺麗にしているからすごく清潔ないい子なのにな。


「チチッ」


「こら、部屋につくまでは顔だしちゃダメだよ、マウス君」


「チュッチ!」


「あ、こら、うひゃひゃ、ひゃんっ!首はダメだよマウス君!?」


 うひひ、もふもふの体で首筋なぞられると、何だかくすぐったくてゾクゾクしちゃうので勘弁して欲しい。





 ――部屋につくと僕はまず机に向かい、上に置いてある小さな小屋にマウス君を入れる。小さなドアから中に入ったマウス君は、小屋の中に入ると内側から窓を開き、顔をひょっこりと外に見せる。はいはい、分かっているよ、練習付き合ってもらったものね。


 僕は部屋の隅にある棚から小箱を取り出すとその蓋を開ける。マウス君は僕の一挙手一投足じっと眺め、期待のこもった眼差しで見つめてきた。


「はーい、それじゃあ今日も特訓のお礼のおやつでーす。今日はマウス君の大好物!ドライフルーツさんでーす!」


「チッチュー♪」


 箱から取り出したドライフルーツを近づけると、マウス君はこれを器用に両手で持ち、部屋の中に隠れて頰張り始める。しばらくすると、頬を膨らませたマウス君が再び窓から顔を出し、おかわりを要求してくる。愛いやつめ。そんなに頬に詰め込んでいるのにまだ欲しいと申すか。良いぞ良いぞ!


「じゃあ次はイチゴだよ~」


「チッチッチー♪」


 本当はマウス君が一番好きなのはミルワームみたいな虫なんだけど、以前麻袋いっぱいに採集して持って帰ってきたら悲鳴を上げた先輩と秀彦に捨てられちゃったんだよね。ひどいよ、大変だったのに。あ、ちなみに野太い悲鳴を上げたのは秀彦(ゴリラ)の方ね。あいつ芋虫の類だけは苦手らしい。


 なので今はドライフルーツとか、チーズとかで我慢してもらってる。マウス君にワームが無くてゴメンねと言ったら、いいよって言ってくれたような気がした。うん、やっぱり会話が成り立ってる気がするんだよなあ……。


「さて、こんな汚れた格好じゃ拙いよね、お風呂に入る時間はなさそうだから、浄化魔法で体だけ清めて服だけ着替えていこう。そうだ、この間買ってもらったドレス、あれを着てみようかな?」


 クローゼットを開くと、セシルや先輩が買ってくれた服がいくつも並んでいる。外に出れない僕に、せめてもの楽しみにと買ってくれたらしい。


「まったく、気持ちは嬉しいけど、僕は男なんだからこんなの買ってもらっても気晴らしになんかならないのに!」


 ぷんすこ怒りながら姿見の前に立つ。


「……うーん、これはちょっと今日の気分ではないかな、こっちにしよう」


 最初に手にとった服を戻すと、その横にあったシンプルなデザインの空色のドレスを手に取る。うん、今日はこっちのほうが良い気がする。


「でもこれを着るなら、髪型もちょっと変えたほうが良いかな?」


 そうなると一人でやるのは無理があるね、ちょっと早いけどコルテーゼさんを呼んで手伝ってもらおう。僕は皺にならないようにドレスをしまうと、使用人呼び出し用のベルをならす。程なくして来てくれたコルテーゼさんと、今日のコーディネートを相談しながら準備を進めていると、あっという間に約束の時間が着てしまっていた。


 ……うん、前言撤回。やっぱり何ていうか、元男でもこういうの少し楽しいかもしれない。先輩、セシルありがとうございます。棗は今、非常におしゃれを楽しんでしまっておりますです、はい。



ついでにゴリラのラフも、三章の表紙はこれを塗ったやつになるかと。

二週間ぶりに絵を書いたのでえらく時間がかかりました。


挿絵(By みてみん)


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