第三十六話 ドキドキする
ちょっと遅れましたごめんなさい
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――あの魔王軍襲撃から二日、澄み渡る青空の下、城下町には人々の声と釘を打つ音が響く。僕等が戦っていた間に騎士団の皆さんは城下町を襲っていた不死騎団を殲滅、そのまま市民の避難誘導を行った結果、あれだけの襲撃だったにも拘らず負傷者は多数出てしまったものの、死者はわずかに4名という結果に終わったらしい。
もちろん犠牲者が少なかったとは言え、手放しに喜んで良い状況ではない。それでも街の人達は僕等に感謝の言葉をくれた。どうやら僕等がトート・モルテを撃退した影響で、不死騎団本隊は進軍を中止、北壁と呼ばれる場所まで軍を撤退させたらしい。これによって犠牲者の数は大きく減らされたのだと言っていた。
正直あの戦いは、嬲られるだけで戦いと言えるようなものではなかったけど。僕はあの時、何回も死を覚悟した。もうダメだって思った時、駆けつけてくれた秀彦は格好良かったなぁ……ボフッ!!
まただ、また顔が熱い!!
ち、違う、格好いいってのは別に変な意味じゃなくて、これは、その、男として憧れるとか、友人として尊敬するとかそう言うものであって、べべべべ、別にヒデの事が好きとかそう言うのじゃないから!!……って、誰に言い訳してるんだ僕は。
「何やってるんだ、お前?」
「わひゃぁっ!?」
ヒ、ヒヒ、ヒデヒコ!?
「おい棗、お前何でそんなに勢いよく後退してるんだ?」
「べ、別に何でもないよ、後退?してないしてない。ゴリラサン!ほ、本日はいい天気デスネ?」
「何いってんだお前……」
うう、緊張して変なこと言ってしまった。何だろうね、どうにもこの間から秀彦と上手く会話が出来ない。顔を見ると、何か胸がぎゅってなるんだ。多分、命の危機を助けられたから、その時の恐怖とか緊張みたいなやつが尾を引いて、秀彦の顔を見る度に思い出しちゃうんだろうな。早く元に戻らないと、こんな気まずいのは嫌だから。――そうだ!あとで一緒にお風呂入ろう、そうしよう。我ながら名案である。やっぱり仲直りは裸の付き合いだよね、うん。
「所で棗、なんでお前は教会の修理手伝うのにその仮面被ってんだ?ついでに言うと、お前診療所でも仮面被ってるよな?」
「あぁ、これ?今日被ってるのは、大工仕事は危ないから安全のために被ってるんだよ。ヘルメット代わりだね。診療所の方は、外すタイミングを逃したと言うか、仮面のねーちゃんって呼ばれてるんで、何ていうかトレードマークみたいな感じ?」
「なるほどねえ。まぁ、冒険者は荒くれ者も多いから、お前の顔は極力隠しておいたほうが良いかもしれねえな」
……ん、今のは自然な会話だったぞ、やっぱり普通に話すことさえ出来れば、僕と秀彦がギクシャクすることは無いんだろうね、早く秀彦をみてドキドキしちゃうの治さないと。
「あれ?来たのはヒデだけなの?葵先輩は?」
「あー姉貴は「復興だね?木材が欲しいんだね?任せ給え!これはそのための道具なのだ!!」とか叫びながら森に走っていったぞ。多分あの斧で伐採しまくってるんじゃないか?」
「先輩の斧に対するこだわりは一体何なんだろうね……」
まったくあの人の事だけは何時まで経っても良く解らない。でも、先輩と秀彦が頑張ってくれたから、僕は今もこうして生きて居られるわけだから、二人には頭が上がらないよね。僕も帰ったら法力の特訓して二人の足を引っ張らないようにしなきゃ。
「とりあえず、俺も手伝うわ、お前は病み上がりなんだからあんまり無理するんじゃねえぞ」
「ありがとう秀彦!」
こうして僕と秀彦は二人で手分けして教会の修復を行うのだった。
――――……
日も傾き、本日の作業を終えた僕等は城に戻っていた。僕は皆に挨拶をした後、即座に部屋に戻り、入浴の準備を始める。コルテーゼさんが支度をしてくれていたので、僕はすぐに準備を終えることが出来た。
「さぁて、水着も着ましたし」
お風呂にいきますか!
すでに魔力スキャンでお風呂には秀彦だけが入っているのは調査済み。思えば最近僕等は裸の付き合いってものをやってなかったからな、そりゃギクシャクもするよ。僕は気合を入れると、一人お風呂に向けて歩を進める。
脱衣所の扉を開き、服を脱ぎ、風呂場の扉を開く。
「よぅ、秀彦!今日もご一緒させてもら……う……ぞ」
「おう、また入ってきたのか仕方ねえやつだな」
眼の前には湯船に浸かろうとする秀彦の背中が見えていた。鍛え抜かれて引き締まった体、それにいつもはツンツンと立っている髪の毛がしっとりと濡れていて……ボッ!!
ななななんで、なんで!?秀彦の体が直視できない、なのに目が離せないし、ドキドキも酷いことに!?あわわわ……。
「どうした、体洗って早く入れよ」
「ひゃ、ひゃいっ!」
言われて僕は、わしわしと泡を立てて体を洗い始める。落ち着け、何でドキドキしてるんだ僕は。あれは秀彦だ、落ち着け、シャンプーが終わったら目を開けてよく見るんだ、あれは野生動物だぞ……。
「……」
「……?」
だだだ、だめだ、何でだ、全然落ち着かない、何だよあの胸板、逞しいな、くそう。でもこのまま出ていったら変に思われるし。そ、そうだ、風呂に入っていないからだ、風呂の中に入ってしまえばどうということはない。うん……。
そ、それでは入りますよー、ゴリラさんお隣失礼~と……。
「はわ、はわわわわ……」
ち、近いよ秀彦、って近くに座ったのは僕か!なんだよ、これ、僕どうなっちゃうんだ!?お風呂に入っただけなのにパニックだ。
「お前どうしたんだ、マジで変だぞ!?」
……ザバッ!
僕を心配して、立ち上がって近づく秀彦。つまり、今僕の目の前には大きなゴリラさん(♂)が……ぶるんぶるん……。
「アヒャァッ!?あばばばばばっ!!」
「お、おい!?」
僕は慌ててお風呂場から退散する。腰が砕けて走りにくい!なんで、なんで、僕にもついていたモノなのに、あれを見た途端、頭が真っ白に!?しゅ、しゅごくドキドキしまひゅ。
「おーい、棗!どうしたぁ!?」
後ろからゴリラさんの声がするけど振り向いてなんていられない。僕は体を拭いて服を着ると慌てて自室に逃げ戻った。なんでだろう、もうゴリラの顔がまともに見れないよ。
あうぅ……。
――――……
「今の、どう思いますかアオイ様?明らかにご様子が可怪しいようでしたが。
一、ヒデヒコ様が我慢できずにナツメ様に悪戯をした。
ニ、遂にナツメ様がヒデヒコ様とのご入浴に初めての羞恥を覚えてしまった」
「ふむ、いつの間にか、私と肩を並べて棗きゅんをストーキングしているセシルに私は驚いているけど、私は二人の入浴をこっそり覗いていたので教えてあげよう。答えは後者の羞恥心に目覚めただ」
「デュフッ、失礼。つまり男の子のようだったナツメ様が遂に乙女心に目覚められたのですか?」
「この眼でしっかり見てきたからね、間違いないよ。あれは紛うことなき恥じらい☆乙女の貌だった」
「流石ですアオイ様、平然と行う犯罪的変態行為も、そこまで堂々となさっていれば間違っていないように思えてきます」
「そんなに褒めないでくれたまえよ」
そんな二人の生暖かい視線に見送られながら、棗はパタパタと自室へ走っていった。
――――……
結局、僕は秀彦とのギクシャクを解消するどころか、何だかもっと顔を合わせ辛くなってしまい、そのまま食事の際も殆ど顔も合わせずに過ごしてしまった。うぅ、違うんだよ、僕は別にこんな風になりたい訳じゃないんだ。
自分の失態に悄気げつつ机に突っ伏していると、机の上に作られた小さな家の形をした巣からマウスくんが顔を出し、僕の事を心配そうに見上げてきた。君は賢くて優しいね。フワフワの毛並みを指でクリクリしてあげると、マウス君は気持ちよさそうに伸びながら、ナデナデポイントを自分で押し付けてくる。愛い奴め、このこの……ふふふ。目を細めるマウス君は本当に可愛らしい、僕のささくれた心が癒やされるみたいだ。
――暫くマウスくんとイチャイチャしていると、控えめに扉が叩かれた。こんな時間に一体誰だろう?
「棗、いるか?」
「ひゃ、あわわわ、秀彦!?」
ひ、秀彦しゃん、何故こんな時間に!?ていうかこんな時間に部屋に来るなんて、今はコルテーゼさんもいないのに!?こ、このままじゃ二人きりに!あわわあ……僕は何を考えて!?
「あー、扉は開けなくていいからそのまま聞いてくれ」
「……」
「何ていうか、俺は馬鹿だからよ、何かお前にしちまったんなら謝ろうと思ったんだが、正直お前が何で怒ってるのか解かんねえんだ」
違う、違うよ秀彦。秀彦は何も悪くない。
「何に対して謝るのか解らねぇまま謝るのは何か違うと思うからよ、何かあるんなら教えてほしいんだ」
僕は馬鹿だ、あんな態度を取ったら僕の親友なら気にするに決まってる。それで優しいこいつはきっと一生懸命悩んじゃったんだ。
「まぁ、すぐにとは言わねえけどな。正直あれだ、ガキの頃からいつも一緒に居たからよ、こんな事言うのは気持ち悪いかもしれねえけどな、お前が近くに居ないとその……ちょっと寂しいからよ」
僕は今、自分の気持がよく分からないから混乱してるけど、それでも秀彦をこれ以上こんな事で悩ませちゃダメだ、そんなの親友としてやっちゃいけない!それくらいは判る。
僕は意を決して扉を勢いよく開いた。扉を開くとそこには、驚いて固まった秀彦が立っていた。
「……でっかい図体で固まってるなよ、バカゴリラ」
「な……!?」
「今日はちょっと体調が悪かっただけだよ、でっかい図体してるのに細かいこと気にするなよな!」
「んだと、この野郎。じゃあ今日の俺の悩んだ時間は何だったんだ!?」
「うぷぷ、ゴリラの考え休むに似たりだな」
……ゴメン。
「こ……の……」
「でも寂しいって言われちゃったら仕方ないな!特別にずっと一緒に居てやるよ」
ごめんね、秀彦、いつか僕のこのモヤモヤが何なのか解ったら素直に話すから。
「かー、ふざけんな!お前の面なんざ、金輪際ゴメンだね!!」
「なんだとー?さっきまで寂しいよぅって泣いてたくせに、僕が居なくなったらまた泣いちゃうんじゃないのか?キシシ!」
「ブッコロス!!」
「キャーッ!」
それまで待っててほしいな。
追いかけてくる秀彦から走って逃げながら、今はこの距離感が心地よくて、これからもずっとこうしていられたらなって、僕は思ったんだ。
―――― Side ???
とある城の地下、安置されていた棺桶のようなものから、一人の少女が這い出す。彼女は憔悴しており、明らかに体に不調を抱えているように見える。
「こっぴどくやられたみたいですねぇ、団長様?」
「……あぁ?」
彼女にとって見慣れた地下室。静謐で心地よいはずのこの場所に、招かれざる声が響いた。
「自ら尖兵を買って出て、まさか消滅させられるなんてー、さすが不死騎団長様は一味違うわねぇ」
「……チッ」
彼女の纏う黒い服とは対称に純白のドレスを身にまとった女は、侮蔑の表情を浮かべながらも親しげに彼女に語りかける。黒い服に黒い髪、赤い瞳の彼女と、白い服に銀髪、青い瞳の彼女、対照的で全く共通点がないように感じる二人だったが、その濁った薄暗い輝きを宿した瞳だけはよく似ていた。
「しかも、自らの呪いをはね返されて、分体どころか本体にまでダメージを負われたそうで、ウフフッ」
「……ッ!」
「ひぎぃっ!?」
闇から突如引き抜かれた漆黒の大鎌が、一切の容赦なく、訪問者の首へ叩き込まれた。斬り裂かれた頸動脈からは鮮血が吹き出し、部屋中を赤く染めていく。しかし、薄い輝きが部屋を照らし、逆再生のように傷はふさがり、何もなかったかのように女の傷は消えていく。
「いきなり酷いわねぇ、いくらなんでも首は酷いわよぉ?」
「うるせえぞ大聖女、直接戦闘もできねえ分際で、偉そうに俺に話しかけるんじゃねえよ」
「あらあら、まぁまぁ、反呪で苦しんでいた貴方を治療しに来て差し上げた私になんて口を利くのでしょうねこの子は」
「それが手前ぇの仕事だろうが、無駄口叩いてねえでさっさとやれ」
憎まれ口をきいてはいるが、油断して痛い目を見たのは事実だった、それが解っているので黒衣の少女の表情は渋い。
「それで、勇者はどんな感じだったかしら?分体とは言え、貴方を退けたんですもの、中々強そうな子達ねぇ?」
「……今はそうでもねえよ」
「あら、やられた娘のセリフとは思えないわよ?負け惜しみかしら?」
ニコニコしながらも全く瞳は笑っていない大聖女と呼ばれた女、トート・モルテはこの女が心の底から苦手であった。
「それに手前ぇの聞きたい情報は勇者じゃねえだろ……」
「あら、あらあら嬉しい、不死騎団長様は私の心がわかってしまうのねぇ?」
「うるせぇよ、その気持ち悪い言い回し、本当に虫唾がはしるぜ。とりあえず勇者も聖女も聖騎士も、現段階では問題ないが、あれらは危険な気がした。早めに潰したほうが良い」
「……そんなに?」
「とくに厄介に感じたのはお前も気になってる聖女だ。聖女本人は問題ねえが、残りの二人が聖女の事になると、馬鹿みたいに限界超えてきやがる」
「あらあら、聖女様は愛されているのね、それでこそ聖女だわ。きっと清い心を持っているのね素晴らしいわ」
今まで表面的な喜びしか見せていなかった女の顔が、ここで初めて愉悦に歪む。百人が見れば百人が美しいと評するであろう美貌を持ちながら、トートはこの大聖女から常に不快感しか感じたことはなかった。
「そう、本物なのね、勇者の力を真に引き出せる真の聖女。いずれ世界中が彼女を愛するのだわ。嗚呼、嬉しい」
「なんで喜んでいるんだ、きもちわりい」
「そりゃぁ、嬉しいわよぉ。だって……」
――そんな聖女を殺したら、この世界は素敵な悲しみでいっぱいになるじゃない?
この世界の悪意の一つが、恋する乙女のような表情を浮かべていた……。
これにて第一章完でございます。
気に入っていただけたら評価や感想をくださいますとありがたいです。
切りが良いのでレビューなんかも……ね、チラッ。
第二部もすぐに初められるようにがんばりますので、これからもお付き合い頂ければ幸いです。