第三十五話 聖女(元♂)
シリアス終了のお知らせ
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――ゆっくりゆっくり揺れてる。何だろう凄くあったかい。あれ、僕は……何をしてたんだっけ。薄く目を開けると僕は大きな腕に抱きかかえられているのが解った。頭がボーっとしててよく解んないや。ぼやけた思考でよく見てみたらヒデの顔が目の前にあった。逞しい腕に抱き上げられてると凄く安心する。僕は大きく息を吸い込むと、懐かしいような安心するような匂いが肺に広がって行った。
エヘヘ……ヒデだ。
……チュッ
パーティではイライラして喧嘩みたいになっちゃったから、後で謝らないとな~。でも今は何だか頭も思いし体もだるいからこのまま寝ちゃおう。あー、そういえば昨日の海老は美味しかったなあ。むにゃむにゃ……。
――――……Side 聖騎士
トートなんちゃらが自爆かました瞬間に棗の奴がぶっ倒れちまった。意識を取り戻したシスターに話を聞いたら、こいつ一人ででっかい悪霊ぶっ倒してから、トートなんちゃらとも戦っていたらしい。正直話を聞いてるだけで血の気が引く。こいつどんだけ無茶しやがったんだ……まあでも無事で良かった。最後喧嘩別れみたいになっちまってたからな。目を覚ましたら謝るとしよう。
色々あったし、危ないことも多かったが、兎に角全員無事で良かった。今回のはある意味良い教訓だな。俺たちはどこかこの世界のことを舐めてたのかもしれねえ。命のやり取りってのは、本当におっかねえ物なんだな。
正真正銘のガチ本気の姉貴とか、俺ですら久しぶりに見たぜ。
「ナツメ様! アオイ様! ヒデヒコ様! ご無事ですか!?」
お、ウォルンタースさんがようやく来てくれたようだな。思ったより早いかな? 多分騎士団を置いて一人できてくれたんだろう。
後で聞いた話によると、隠密も魔除けもないウォルンタースさんは、道中の悪霊を全て浄化しながら真っすぐ走ってきたらしい。それなのにこの短時間でここまで来るとか、とんでもないオッサンだな。
「おお、ナツメ様、何というお姿に!?」
おいこら、おっさん心配するなら顔を赤らめるな、モジモジするな……。照れたオッサンとか誰も得しねえよ。まあ、でも確かにこれはちょっと目の毒だな。俺は鎧についているマントを外すと、それを棗の体にグルグル巻いていく。
……なんかこいつ、いつも簀巻きになってるな。
取り敢えず後は騎士や兵士の皆さんに任せて、俺達は帰らせてもらう事にしよう。ウォルンタースさんが担架を用意しようと言ってくれたが、俺は一刻も早く棗を休めたかったので、好意だけ受け取って抱きかかえて帰る事にした。
「んん~? フヒヒ、ヒデェ。今のは棗きゅんを誰にも運ばせたくないっていう独占欲かぁい?」
まーた姉貴がウザ絡みしてきやがった。さっきまでの真面目な顔はどこに飛んでいっちまったんだこの勇者様は。
「馬鹿いってんじゃねえよ、こいつと俺は親友なんだ。それにこいつは元々男なんだぞ? 男相手にそんな気持ちになる訳ねえだろ」
「ほほーぅ、ほっほーーーーぅ?」
おお、とんでもなくウザイ。こいつ血がつながってなければ今すぐにでも縁を切りたい! 我が姉ながらここまで整った容姿でよくぞここまで不快感を与える表情ができるもんだ。
「何が言いてえんだ?」
「棗きゅんが好きになることは無いって事はつまりぃ? ヒデは好きになるかもしれないって事なのかにゃあああぁぁぁぁ? フヒヒヒ」
……イラッ!
「食いしばれ! 根の」
「待ち給え、流石の私もそれは死んでしまうぞ? お姉ちゃんミンチになっちゃうぞ?」
先程の戦いを見ていた姉貴は流石に俺の行動に顔を青くして震えだした。そりゃそうだ、トートなんちゃらの頭潰したのは、今考えると自分でもドン引きの衝撃映像だったからな……
そんな馬鹿なやり取りをしていると、腕の中で棗がモゾモゾ動き始める。
「う、ん……」
「お、棗、目覚ましやがったか?」
「んぉ……?」
なんだ寝ぼけてるのか?俺の事じっと眺めてるけど余り目の焦点があってねえような気がする。
「おい、大丈夫か?無理しないで寝てていいぞ?」
「ん……」
ぬ、何だ? 顔が近づいて……。
……チュッ
「……」
「…………」
「………………!? なぁぁぁぁぁっぁ!?」
何だ今のほっぺたに触れた暖かくて柔らかい湿ったものは!?
ああぁぁぁっぁぁ!?
おいこら寝るな!! お前いま何をした!?
「おい、棗起きろ!!! 今何をしやがった!? おいぃぃぃぃっ!?」
「な、なんだなんだ? 何をされたんだい?」
「姉貴はひっこんでろぉぉぉ!!」
か、勘違いだよな!? 今のは俺の勘違いだよな? 頼む、起きてくれ親友ぇぇぇぇぇぇ!!
――――……
う、うん?
「はっ!?」
僕は意識を取り戻すと、すぐに周りの状況を確認した。――辺りは薄暗く、明かりは弱いのでよく見えないが、どうやらここは王城の僕の部屋みたいだ。
……僕は、助かったのか?
アリシアたちを成仏させたあと、不死騎団長トート・モルテってやつに襲われて、いっぱい斬りつけられて……はっ!?
「ミリィは、皆は?」
「……安心しろよ、皆無事だ。っていうかお前が一番重症だ、馬鹿」
「秀彦?」
あぁ、そうだ思い出した、僕がもう駄目だと思った時、ヒデが助けてくれたんだ。そっかあれは夢じゃなかったんだ……。
ボッ……
な、なんだなんだ、顔が熱い!! これはわわわ、一体!?
「ぬ、ど、どうした? 体痛むのか?」
僕がワタワタしてると秀彦が心配そうにこちらにやってきた。違う、痛いわけじゃないから余り近くに来ないで!! って、なんかゴリラも顔赤くない? っていうか何で目逸してるんだ……あ!
「そうだ、お前なんでパーティのときから僕の目見ないんだよ!!」
「は、はぁ? 別にそんなことねぇぞ」
「今だって僕の方見てないじゃないか! なんだよ、言いたいことあるなら言えよ、お前らしくないぞ!」
なんだこの野郎、貴族のお姉さん方の顔は見れるのに僕の顔は見れないってのかこの、この、えーと……ゴリラ!!(語彙
「それは、だな、えーっと」
「何だよ、理由があるなら言えよな!」
「あーくそ!! ……聞いても気持ち悪いとか言うなよ?」
「何だよ勿体つけて、気持ち悪いな!!」
「話通じねえのかお前は!?」
まごまごして目をそらしてなんなんだキモゴリラめ、そんなに僕の顔がみれないのか!?
「あー、あれだ、その、な? 親友がドレス着てたら妙に似合っててな、直視できなかっただけだ、スマン。照れた」
……ボフンッ!!
「な、なななな!?」
「そんなわけで、な、あれだ~あーうー、あれだ、ドレス似合ってたぞ! 見違えた」
「はうっ!?」
こ、こんな、ゴリラめ、いつの間に呪言なんてスキルを手に入れたんだ。ど、動悸が、顔も、顔も熱い……何のステータス異常だこれは。じゃない、そうじゃないだろ僕、ほ、褒めてくれたんだから僕からも言わなきゃいけない事があるだろ。
「あ、有難う。その、あの時はなんかイライラしてあたっちゃってごめん。その、ヒデも凄く似合ってた。かっこよかったよ」
「お、おう……」
な、なんだろう、二人で俯いて、変な空気になっちゃった。
「そ、そのな……おれ「ドーーーーーンなっつめきゅぅぅん! ナースあおい先輩だよッ☆目をさましたかなあ? 覚ましてなかったら脱がして体フキフキしちゃうぞぉ、私のこの舌で、アイタッ!!」怪我人いる所で暴れるんじゃねえこの馬鹿姉貴!!」
けたたましい騒音をたてながら、胸部と股間を辛うじて隠している破廉恥ナース服姿の葵変態が入ってきた。その服どこにあったんだよ……。
「はぁ……葵変態もご無事だったんですね……」
「あれあれあれぇ!? なんでがっかりしてるの!? いま私のこと先輩って言ってくれたんだよね? おねえちゃん葵変態って聞こえちゃったよ、テヘッ☆ 棗きゅんが大好きなお姉ちゃんを変態なんて呼ぶわけ無いのにね!」
「……ぷっ……あはは……!」
「くははは」
もう、先輩には敵わないなあ。気まずい空気も恐ろしい目に遭った恐怖も、そんなもの気にしてるのが馬鹿らしくなってしまう。
「もう、仕方ない人ですね、僕の怪我ももう大丈夫ですからお風呂行きましょう、先輩!」
「はぅっ!? デレた? 一緒にお風呂だなんて、棗きゅんが遂にデレた!? 夢じゃないか斧で確かめよう。アイタッ!」
「余り騒がしいと一緒に入りませんよ?」
「はい、おとなしくします!! 葵三等兵、これより静寂の徒となるであります!!」
「もう……」
帰ってこれた……今、やっとその実感が湧いてくる。あの恐ろしい体験を経ても僕は帰ってこれた。僕はしがみついてくる葵先輩の体温を感じながら心のそこから安心するのを感じていた。この日常を守れて本当に良かった……。
「所でヒデ、さっきドレス褒める前から目を逸してたけど、あれはなんでだよ?」
(お前あのとき俺にキスしたか? なんて言えるわけねえだろ、この馬鹿……。)
それからも暫く秀彦は僕のまえでギクシャクしてた。変なやつ……。
砂糖を吐くようなの書きたかったんですが書けましたでしょうか?
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