第三十四話 勇者(変態)
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――――Side 葵
「「腸煮えくり返ってんだよ……!!」」
おっと声がハモってしまったね、流石ヒデ。私と思考がよく似ている。まあ似てるってことはヒデも棗きゅんの事を、ぐふふ……まあそれを言及するのは、この眼の前のド腐れビッチの生皮剥いでからで良いことだね。私の棗きゅんにしてくれた事、倍返しでも生ぬるい……おっと、怒りの余り少し物騒な発想をしてしまった。
とは言えこのド腐れビッチ、流石に軍団長と言うだけあって中々に手強い。
私の斧を往なしつつ、ヒデのサポートにも徐々に対応し始めている。単純に戦闘力の差なのだろうね。動きが段違いに早い。脅威と感じない攻撃に対しての見切りもいいのでフェイントも通じ辛いね。
「双強撃!」
「ハッ!馬鹿の一つおぼ……えぇっ!?」
くっそこれも躱すか……。
「お前、スキル名叫んで起きながら発動させないとか、本当に狡っ辛いな」
「女神のスキルの発動には技名を叫ぶ必要があるけどね、叫んだからって発動させる必要があるわけでもないんだよ。覚えておきたまえ?っと」
「カハッ!?」
などと会話をしつつ無言で双強撃を放つ。二段構えの小手先技、今度はうまく嵌ってくれた。技名を叫んでもスキルを発動させないこともできるけどね。別に叫ばないで発動もできるんだよ、魔法じゃないから。勉強になったかね、魔王軍幹部殿? おっと怖い顔だ……。
私の無言双強撃を喰らい、足を止めてしまったド腐れビッチは背後から迫った秀彦のパイルバンカーをまともに浴び、地面をバウンドする。しかし、流石のレベル差、先程からペースを掴めているようで居て、その実ダメージは少ない。だけど、ダメージが薄いとは言え、折角再びイニシアチブを取れたのだからここを逃すのは得策ではない。
私は腰の手斧を死角から投げ、ブーメランの要領でド腐れビッチに一人時間差の攻撃を繰り出した。どうやらダメージとしては秀彦の盾の一撃のほうが効くらしく、ド腐れビッチの注意は秀彦に向きがちだからね。それなら私も遠慮なく小さなダメージを重ねさせていただこう。
ずいぶん舐めてくれたもので、私が何をしてもコイツの注意は秀彦に向いている。むしろ好都合なのだけどね。良いのかい? 私の斧はよそ見しながら避けられるほど安っぽくもなければ素直でも無いんだよ?
大鎌と盾が交差する間隙を縫い、私の斧がド腐れビッチの体を捉える、その威力に顔を顰めるが、その体を斬り裂くには至らない。私達が攻め倦ねいていると、再び大鎌は黒い暴風となり暴れまわった。しかしヒデが盾でそれを押さえ込み、私が反撃を行う。たとえ斬り裂くことは出来なくとも、その衝撃は通っているはず。
トートは激しく鎌を振り回すが、どれだけ激しく斬りつけてもヒデの大盾は斬り裂くことは出来ない。鎌の形状を活かして、盾の裏側を直接攻撃してもきたが、それにも反応したヒデは、鎌の切っ先を盾で受け止める動きにシフトする。そして大杭だけでなく、片手剣も織り交ぜつつ翻弄し、相手を休ませず私のための隙を作っていた。
地力で勝るが手数に劣るトート・モルテ、力は劣るが、手数で勝る私達。拮抗した展開に思われる戦いだったけど、これは私達に分が悪かった。結局の所、こちらも無傷ではない以上、徐々に地力が勝るものが押すのは自明の理。正直この戦い、はじめから私達に勝ち目は薄いのだ。
「ハハッアハハハ!! メッキが剥がれてきたじゃぁないか新米勇者。奇をてらった手数の方はそろそろネタ切れか?」
「ふむ、そう思うかね?」
まあ、そう見えるだろうね。こちらも正直このままではどうにもならないと思っているしねぇ。でもさ……
「なんだぁ、これ以上手もないのにその面ァ。そこに落ちてるゴミ聖女もそうだったけどよぉ。お前ら頭膿んでるんじゃねえのか? そいつも何ができるわけでもねえクセに、いつまでもいつまでも立ちあがって馬鹿見てぇだったぞ。お前もそのクソ聖女の同類か? あ?」
――――ブチッ
「お前がぁぁぁぁぁ!!!」
「棗を語るんじゃねええええええ!!!」
これだ、この馬鹿は私達の逆鱗をとっくに踏み抜いているんだ。勝てるとか勝てないとかじゃない。ぶち殺す。必ず。
秀彦が見たこともない表情でこの女に迫る。私もきっと同じ顔をしているのだろう。怒り狂った私達の目には最早この馬鹿女しか映っていない。棗くんを馬鹿にしたコイツだけは許せない! 許せるわけがない。先程までより明らかに熱くなった私達は少しずつ被弾が増えていったが、そんな事はどうでも良い。
斧を振るう、鎌が迫る、盾を打ち込む、鎌が掠める。斧を振るう、斧を振るう、鎌に阻まれる、斧を振るう、斧を振るう、盾を打ち込む、斧を振るう、斧を振るう、盾を打ち込む、斧を叩き込む! 盾を打ち込む…………
「ぐあぁぁあっ、なん、だ、こいつら……あぐっ、ぐえぇっ……」
遂に私の斧が糞女の腕をかちあげた、もう私も秀彦も血まみれだ、呼吸なんてわすれた。体が熱くて、最早どこが斬られてしまったのかなんて判りゃしない。私は斧を収納し、糞女の体にしがみつく。斧で来られると身構えていたマヌケは私の拘束を許してしまった。これで詰ませる!
「ヒデ、そいつの頭潰してやれ!!」
「応っ!!」
千載一遇、恐らくここで倒せなければこいつには勝てない。私が壁に押し付け、ヒデが女の顔面に大杭を打ち込む。一発……二発……三発!! まだ打てる。壁に押し付けた状態で打ち続けること数発、漸く女の体から力が失われていった。
ようやく終わったか、流石にこれだけやって生きてたらもうどうにもならない。すっかり力がぬけた首のなくなった女の死体を蹴り飛ばし、秀彦の方を見る。流石に人間の形をした生き物を殺したので気落ちしてるかと心配したけれど、流石我が武原家の弟。敵を倒す事で一々落ち込んだりはしないらしい。
肩で息をしているが未だ鬼の形相でトート・モルテを睨みつけていた。
そしてその顔が信じられない物を見たかのように驚愕の色に染まる。
「あぁ~、派手にやってくれたなぁ?おいぃ……」
「……なっ!?」
ヒデの視線の先には、頭から上を失くしたにも拘らず、何事もなかったかのように大鎌を肩に担いだ異形が立っていた。
「首を潰されているのに……どうなってんだこいつ。どこから声だしてやがんだ?」
「気にする所はそこかね?」
我が弟ながら少しずれている。
「とはいえ、どうなっているのかな?」
「はぁ、さっきのお前の言葉をかえすぜぇ? 自分の手晒す馬鹿がいるかよ。お前んとこではどうなんだぁ? キャハハ。まぁ、強いて言えばアレだ、不死騎団長が死ぬわけねえだろう?」
首から上が失くなっているにも拘らず、あの嫌らしい笑みを幻視する。ずいぶん元気そうじゃないか。さて、これは困ったね、流石にもう、さっきの攻撃で精も根も尽き果てたんだよねえ、こっちは。
さてさてどうした物か。
迷っていると後ろから消え入りそうなか細い声が聞こえた。
「先輩、そい……つ……アンデッドです! |幽世の住人よ、現世に汝が在る事能わず!天光!!」
「く、聖女てめぇ、まだうごけやがったかぁ!?」
先程まで余裕だったトートは、棗君の放った法術に焦り、鎌を振るって霧散させるとそのまま踵を返し、壁の裂け目へと走る。どうやら逃走を図るつもりらしい、本来なら追って止めを刺すべきなんだろうけど、ここは追うべきじゃないだろうね。正直あいつも弱ってるんだろうけど、このまま戦いが続ければ私達が負ける公算が高い。悔しい話だけど、私は敢えて追撃せず、この女が逃げるのを見逃すことにした。
「そいつの、頭部……霊体です。そいつ、体は多分……キャァァァァァァァッ!?」
「……やっぱりお前は危険だわ、これでもくらっとけ」
逃走を図りながらトート・モルテは何かの呪符を棗くんに向けて翳した。直後棗くんを黒いモヤのようなものが覆っていく。
しまった、こいつ、まだなにか隠し玉を持っていたのか!?
「その靄は呪印として体に刻み込まれる、刻み込まれた人間は魔力を完全に失い、数日後に死に至る呪いをうけ、うおぁぁぁぁぁぁぁ!?」
んん? いつの間にか棗きゅんを襲ってた黒い靄が、トート・モルテを覆ってる。比べて棗くんは、仮面を被って頭をコテンと傾けてるって……あ!!
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”隠者の仮面”
耐呪(強)
呪詛返し(強)
警戒
隠密
スキル 口寄せ
死者との会話ができる。
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耐呪に呪詛返し……トート・モルテ……流石にこれは同情してしまう展開だね、呪詛返しした本人はよくわかっていないみたいだけど……。
なんとも脱力する私の後ろで、魔力を完全に失ったトート・モルテの体が倒れる音が聞こえた。
ナンダカナー……。
シリアス……