第三十三話 聖騎士 (タンク)
ちょっと長いです。
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―――― Side 秀彦
「いけません、ナツメ様!? ウォルンタース、ナツメ様をお止めして!!」
セシルの悲鳴みたいな声に反応して振り向くと、あのバカが仮面を被って力を発動してるのが見えた。流石に目の前で使われれば、まだその姿を見ることができるが、このままあの馬鹿を見失ったらもうアウトだ。
――くそ、ローブを纏う時に一瞬気をそがれたらそれだけでもう見えなくなったぞ、あの仮面性能可怪しいだろ!
「姉貴、追うぞ。多分アイツは杖を取りに行くはずだ!!」
流石の姉貴も顔に焦りが見える。無言で頷くとすぐに走り出した。
「僕も行こう。セシル、お前は騎士たちと手分けして正面を固めるんだ。幾らナツメ様の姿が見えずとも、出入り口は限られているからな」
チィッ、甘いぜ殿下よぉ~。あいつは一旦こうと決めたら行動が早い。本気で早い。かなり急がねえと、多分窓から飛び出したりしかね無ぇ。姉貴もすでに走り始めてる、流石に棗の事を良く分かってやがる。俺と姉貴が走るのを見て、慌てて殿下とウォルンタースさんも付いてきた。
真っ直ぐに棗の部屋を目指して走ると、丁度眼の前でドアが少し開く所だった、仮面のせいで全く見えねえが、あいつ今部屋から出ようとしたな? そしてこっちに気がついてドアを閉めた、て事は。
「不味いぞ姉貴、多分気が付かれた、ドアに鍵も閉めてるはずだ、ぶち破れ!!」
「おうともさ! 双強撃!!」
先行してた俺は一旦足を止め、姉貴に道を譲って扉を破壊してもらう。技に合わせて入れ替わるように部屋に飛び込んだが、思ったとおりだ、杖がなくて窓が開いてる。すでに窓から脱出しやがった、ここ何階だと思ってるんだ、ゴブリンにはビビるくせに、こう言う時の棗は本当に無駄に決断が早くて思いきりが良い。
「拙いぜ、あいつもう外に出ちまってる」
「な、何故そう言い切れるんだ!? 彼女は女性だぞ、こんな高さの窓から飛び降りるなんて……」
「五月蝿え、あいつの事は俺が一番解ってんだ。姉貴、行くぞ!」
「ちょ、秀彦様、待ってくれ!!」
後ろでウォルンタースさんと殿下が何か叫んでたけど気にしてる余裕はねえ。もし、不死騎団とか言うのが到着してたら、あいつは絶対に戦おうとするはずだ。相手はアンデッドとか言ってたからある程度戦えるかもしれねえが、それでもあいつは前で戦える職じゃねえ。
窓から飛び降りた俺達はすぐにあいつを追いたかったが、目の前の光景がそれを許してはくれなかった。門を出ると、そこには避難民と結界にぶち当たる黒い影。あれが不死騎団か、実態がないのは厄介だな。戦っていくとなるとかなり面倒くさい。
「だが、こういう時こそ俺の鎧の出番だな」
――――――――――
”光の鎧”
耐毒(小)
耐打(特大)
耐刃(大)
耐魔(強)
治癒(小)
体力強化(特大)
スキル
斥魔
女神の祝福により、常に薄く光を放つ。近づく邪気は払われ昇天する。また、魔の属性に対し、常に高い耐性を持ち続ける。ただし昼は光が見えないため効力が弱まる。
剛体
持ち主の体を一時的に硬質化させることができる。硬質化した体は動きが鈍くなるが、その耐久値はもはや人間のそれではない。
――――――――――
流石女神謹製!
結界を出た瞬間、その効果は目に見えて現れた。結界には体当たりをしていた悪霊たちは、俺の鎧の光には近づこうとすらしないのだ。こう言った魑魅魍魎には女神様の加護の類は本当によく効くらしい。
一応鎧の性能や盾の性能はウォルンタースさんに見てもらったので、俺は一通り把握をしている。この鎧もそうだが、盾の方もかなり面白い能力を持っている。兎に角今は本当に有り難い存在だ。
鎧のお陰で、俺と姉貴の行く手を阻むような悪霊は居らず、道中は思ったより順調だった。途中途中襲われている人を見捨てられず、何人か助けていたので時間を取られてしまったが、この悪霊達はそれほど恐ろしい能力を持った相手というわけではない様なので、棗ならまあ大丈夫だろう。
全力で走りつつも俺はそんな事を考えていた。なんだかんだ棗は逆境に強いし、幽霊みたいなのが相手なら職業的にも相性がいい。だが……。
――――そんな事を考えた自分をぶち殺してやりたいと思うような光景が、俺たちの目の前に広がっていた。
「なんだよ……これ……」
眼の前にある教会は、新しい建物というわけではなかったが、明らかに経年劣化とは違う破壊の跡が至るところにあった。おかしい、さっき俺たちが遭遇した悪霊にこんな真似ができるのか? そしてこんな破壊活動ができる相手と棗は戦ったのか? 俺の脳裏に、あの華奢で小さい幼馴染の姿が浮かぶ。思わず震えが来た、もし、あいつに何かがあったら? もし、もう会えないんだとしたら? 俺たちは最後どうだった。何を話した?
「ボーっとすんな、ヒデッ!」
「がっは!?」
一瞬呆けた俺の顔面にグーパンチが飛んできた。強化された膂力で鼻を正確に狙ってきやがった。普通こういう時は平手じゃないのか? 状況的にも性別的にも……まあ、目は覚めたけどな!
「わりぃ呆けた、行くぜ姉貴!」
「おうとも、正面は崩れて埋まっている様だからね、あの崩れて開いた壁から侵入するよ!」
口調は余り変わらないが姉貴の顔にも余裕がない、それほどヤバイ状況だ、急がなくては。
建物に近づくと、何やら人が争う声が聞こえる。そして悲鳴ではあるけど棗の声も、良かった! 苦戦はしてるようだけどまだ戦えているらしい。
だが、近づく窓から見えた光景はそんな物ではなかった。それは戦いなどでは無くただの蹂躙、いや、最早それは陵辱と言って良い行為だった。笑う女は棗を斬り刻み、踏みつけ、抉り、傷が治るとまた鎌で斬り裂く。遠目にも大量の出血が見える。ローブは修復機能のおかげで無事のようだが下のドレスは最早服の体をなしていない。それほど多く、棗は斬られ続けているんだ。奥歯が軋む。
必死に走ったがこんなに一瞬が長く感じられたことはない。そして、女の持つ大鎌は、とうとう棗の命を刈り取る意思を見せた。
そこからは怒りで目の前が真っ赤になっちまってよく覚えてない。気がつけば俺は盾を翳し、棗と女の間に割り込んで棗を抱きしめていた。良かった間に合った。もうダメかもしれないと、間に合わないかもしれないと思った時の恐怖が、震えとなって遅れて襲ってきた。すぐ近くには子供達が震えて固まっている、汚れてはいるが、怪我をしている子供は一人も居ない。どうやら棗が身を挺して守りきったらしい。
手元を見ると、意識も朦朧となっているのだろう、薄目を開けた棗が俺を見つめていた。
抱き寄せた肩は触れるだけで折れそうなほどに華奢で柔らかい。――こいつ、こんな小さくてか弱い体でガキ共守るために気張ったんだな。よく頑張った、後は任せろ。
俺は密かに、二度とこいつを傷つけさせたりはしないと固く誓う。そのための俺だ。
――シスターだけは遠くに飛ばされており、一瞬不安がよぎったが、よく見れば肩が上下してる、どうやら意識はないようだが生きている、おそらく棗ほどボロボロではないだろう。棗は一瞬俺を見ると泣きそうになりながら俺の名前を呼んだ。大丈夫だ、お前をこんな風にしたやつは。
「俺のダチをここまでやってくれたんだ、女だからってただで済むと思うなよ……」
――俺がぶっ倒すから。
――――……
「んでぇ? いきなり来やがって人の楽しみ邪魔したお前ら誰よ? あー、あれか、その感じ。勇者と聖騎士か」
「……そうだ」
「は、何だよ、ひよっこなのは聖女だけかと思ったら残りの奴らもひよっこかぁ? お前ら見た所大したレベルには至ってねえよなぁ? 俺はお前たち人間のレベルとか職ってもんがある程度は判るんだよ。魂の色ってのかね? まあこんなの魔王軍でも不死騎団長の俺にしかできんがね。まあどうでもいいか。んで、そんなザコが俺の前に立ってどうするつもりだ?」
「……」
トート・モルテは変わらず人を見下した態度でヘラヘラと話かけてくる。手に持つ大鎌も、攻撃としてではなく、ただただ無駄に振り回す。
「そんなザコ様が偉そうにしゃしゃり出てどうするんだぁ? そこのゴミ聖女と一緒に死ぬのかぁ? 雑魚が増えたってしたいが増えるだけだぜ? もっと怖がれよ、命乞いしろよ。キャハハハッ」
「……」
「なんか言えよ、筋肉ダルマ。その玩具返さねえなら、お前が私と遊んでくれよ?」
「……そうだな、そうしよう。とっととかかって来い」
驚くほど静かにそう呟くと、秀彦は優しく棗を地面に下ろし、一度だけそっと頬を撫でると、そこから少し離れ、どっしりと巌のように盾を構えた。その所作には怯えや緊張と言ったものは全く見られない。秀彦は只々静かに敵に向かって構えをとった。
自らより圧倒的な弱者であるはずの秀彦の態度に、最初はヘラヘラと笑っていたトートだったが、全く動じないその態度に、徐々に苛立ちを感じ始めていた。
「……なあ、お前。俺の事舐めてるのか? 低レベルのガキが、その態度は何だコラ?」
「……なぁ」
「なんだゴリラァ?」
「来ないならこっちから行くぞ?」
「私がね!!」
「!?」
今まで黙っていた葵が意識を秀彦に向けたトートに斬りかかる、流石に接近には気がついていたトートだったが、葵から感じるレベルから想像される速さとは全く乖離した素早い動きに驚愕する。
間合いを詰めるその速度が異常であった為に一瞬反応の遅れたトートだったが、なんとか葵の斬撃に対応すると、その大鎌で斧の連撃を捌き始めた。しかし、ここでもトートの目は驚きに見開かれる。
「んだその馬鹿力はぁ、てめぇ一体どうなってやがる!?」
「さて、何だろうね?自分から手を明かす馬鹿は居ない。君のところでは違うのかい?」
葵の猛攻は凄まじく重い上、レベルを考えたら異常としか言いようのない素早さを兼ね備えていた。更には斧を主武器にした二刀流という特殊な戦法も相まって、全てがトートの体験したことのない物となっており、その対応には大いに苦戦を強いられていた。レベル差があるはずのトートであっても簡単に形勢を戻すことは出来無い程に。
――更にそこに予想外の一撃が飛んできた、葵に手間取るトートの脇腹に向けて秀彦の盾が撃ち込まれてきたのだ。しかしその動きは葵に比べれば大分遅く、流石に体勢を崩しているとは言え大きなレベル差のあるトートは、余裕を持ってその盾に対処した。自分の体にふれる前に躰を後ろに下げ、ギリギリの間合いから、盾を引くのと一緒に間合いを詰めようと試みたのだ。が……。
「食いしばれ! 根の盾!!」
――――――――――
”根の盾”
耐酸(完全遮断)
耐打(特大)
耐刃(特大)
耐炎(特大)
耐氷(特大)
耐雷(特大)
上記の能力は盾で防いだ時のみ発動。
治癒(小)
体力強化(特大)
質量無視
スキル
風の鱗
魔力を流すことで発動。炎や氷と言った、実体を持たない攻撃に対して大きく防御範囲を広げることができる。効果範囲効果時間は込める魔力に関係なく一定。ただしその強度は込めた魔力に依存する。
大杭
使用者の意思によって射出する大杭。地面に深く刺さり使用者が吹き飛ばされないようにする機構。瞬時に飛び出し、岩であっても即座に貫通するため、即座の展開が可能。
――――――――――
「なぁっ!?……カッフ!」
勢いよく突き出した大杭が、地面ではなくトートの肋にめり込み、その華奢な体にめりめりと音を立ててくい込んで行く。岩をも砕く一撃は、強靭な魔族の体と言えど耐えられるものではない。
「寝かせないよ」
思わず膝を付いたトートの頭上から葵の容赦ない振り下ろしが襲う。辛うじて体を捻り、直撃を避けるが、着地点を再び大杭が襲う。
「こんの、何だその盾はぁ、ッザッケンなクソがぁ!!」
杭を躱し躰を後ろに流しつつ、追撃をする葵を大鎌で牽制し、着地する。大分大きく距離を取ったトートは深呼吸を2つすると、最初のにやけた笑顔で二人の方へ振り向く。
「逃がすかよっ!」
「ヒャハッ! 馬鹿が、不意打ちタイムはもう終わりなんだよ……」
「ヒデ、飛べっ!!」
「うおっ!?」
葵の声に反応し、飛び上がった秀彦の足があった場所を黒い風が薙ぐ。もしも葵の声が遅ければ……そう思わせる速度の斬撃。相手が魔王軍幹部の一人であると、二人に思い出させるには十分の一撃だった。
「不意打ち決めてキャッキャキャッキャとはしゃぎやがってゴミが、待たせたな、こっからは楽しい楽しいお仕置きタイムだ。お前らとの圧倒的なレベル差ってもんを、やさし~い、俺様がきっちりたっぷり教えてやるぜ!!」
獰猛な笑みを浮かべ大鎌を構えるトート。確かに、トートに距離を取られてしまった二人から、不意打ちのアドバンテージは失われてしまった。本来であれば魔王軍の幹部相手に、未だ一般的なレベルにすぎない二人では、絶望的な状況が訪れたと言って良い状況だった。
……しかし。
「それがどうした……」
「トート・モリエだっけ? 君、全く解ってないみたいだね?」
「あん……?」
二人の眼光はまったく死んでいない ――いやそれ所か。
「私は今ね……」
「俺は今な……」
「「腸煮えくり返ってんだよ……!!」」
二人の覇気は魔王軍幹部をして警戒をもたせるほどに燃え上がっていた。
書き溜めができない~。
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