第十七話 先輩のは残念なやつだから……
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くっそー、分かっていたのにやっぱり負けるのは悔しいな。ベッドに横になってゴロゴロ転がる。
「……ナツメ様、はしたないですよ」
「うう~、でも悔しいよぅ、悔しいよぅ」
注意されながらも更にゴロゴロ転がり、壁にぶつかった所で足をバタバタする。コルテーゼさんの視線が痛い。だってしょうがないじゃないか、秀彦相手にあれほど見事に完敗しちゃったんだから。これが後衛と前衛の壁か……。おのれゴリラ、次は勝つぞ!
……でも、秀彦は秀彦なりに僕の事を心配してくれていたんだよね。さっきはちょっと大人気なかったかもしれない。後で謝ろうかな。
「……よし、そうと決まれば善は急げだね!コルテーゼさん、僕お風呂行ってきます」
「運動されて汗もかかれているでしょうから、それがよろしゅうございます。こちらに道具は揃えて御座います」
「ありがと」
コルテーゼさんにお礼を言ってお風呂に向かう、やっぱり喧嘩しちゃった後はこれだよね!
風呂場のドアを勢いよく開き、秀彦に話しかける。実は最近魔力を感じるようになっていて、秀彦が一人でお風呂に入ってるのは分かってるんだ。では早速お風呂へGO!
「やっほーヒデ、入ってるー? もがぁ!?」
「お前は何回言ったら分かるんだこの阿呆!!」
いきなりぐるぐる簀巻きにされてまたもや女湯に放り込まれる。
「何でだよ、僕はお前と仲直りしようと思って裸の付き合いをだな!!!」
「お前は今の姿をそろそろ正しく認識しろこの馬鹿! 羞恥心を持て」
酷い、僕は秀彦とお風呂で友人同士の裸のスキンシップでもって謝罪しようと思っていたのに! ぼくがプンスコ憤慨してると、女湯に入っていた女王様と葵先輩がやってきた。
「……棗君~、流石に私もこれはダメだとおもうなぁ」
「ナツメ様、ヒデヒコ様は殿方で御座いますから、やはりお風呂でご一緒するのは少々はしたないのではないかと思いますよ。」
ええ、葵先輩まで呆れ顔なの!? セシリア女王もゴリラの味方らしい。何故だ、解せぬ……
仕方なく体を洗ってから湯船に浸かろうと思って洗い場に座ったら、ニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべた葵先輩がにじり寄って来た。ワキワキと蠢く指に、嫌な予感しか浮かばない。何でこの人こんなに美人なのにこんな猛烈に残念な感じが漂ってるのだろう。
「なんですか先輩、顔が気持ち悪いですよ?」
「うへへ、そりゃあ笑顔にもなるさ、いつも覗くだけだった棗君と一緒にお風呂に入れるのんだから。お姉さんは今天国にいるかのように幸せなのだよ~。グヘヘヘ……」
「いきなりの犯罪カミングアウトだよ!?」
「まぁまぁ、世界が変わったからノーカンだよ。法律っていうのは国が定める秩序だからね。……それより棗くんのお肌は綺麗だねー。このお肌を綺麗なまま保てるように、お姉さんが女の子の体の洗い方を教えてあげるからね! フヒッ」
「え、いいですよ、ちょ、何でそんな手をワキワキしてるんで、あ、あん、どこ触って、ひぁっ、やめ……ひんっ!?」
「良いではないか良いではないか。うへへ……」
危険を覚えた僕はそう遠くない男湯にいるであろう親友に助けを求める。
「助けて、秀彦。ヒデ、おいぃ返事しろよ、ゴリラーたーすけてー!?」
必死に助けを求める僕の声は虚しくこだましたが、あの薄情者は助けに来てはくれなかった。結局隅々まで綺麗に洗われてしまった僕は、何か大事なものを失ってしまった気がする。もうお婿に行けない……
――――……
「何騒いでるんだ、あいつら、まあ変質者と風呂一緒してるから禄な事にはなってないんだろうけどな。それにしても……」
秀彦はやたらと一緒に風呂に入りたがる棗に本気で困っていた。思えば男の頃から棗はなにかにつけて秀彦を銭湯に誘っていた。棗は裸で腹を割って話すのが好きらしい。だが、それが許されていたのは同性の場合の話である。
(ぶっちゃけ、あいつ自覚ないけどめちゃくちゃ可愛いからな。俺の理性が持たんと言うか、俺の息子を無反応にするのが辛すぎる……)
たとえ親友とは言え、健全な男子高校生である秀彦に棗の裸体はあまりにも刺激が強すぎる。どうかそれを親友に理解してもらいたいが、自分が棗にそう言う気持ちを抱いてしまうとなると、友情が壊れそうなのでそれも避けたい。かと言ってこのままではいつ何が起こる分からない。秀彦の男心は最早限界を迎えようとしていた。
「まじで距離感をもっと離してほしいんだよなあ……正直きつい、きつすぎる」
秀彦の悲痛な声は誰に拾われることもなく、姦しい女湯の声にかき消されていった。
――――……
ふう、ひどい目にあった。ちょっとだけ気持ちよかったけど。まさか女の子と男であそこまで体の洗い方が違うなんて、女の子って大変なんだな。って、僕もこれからずっとあんな事しないといけないの!? 髪の毛洗うだけでどんだけ行程があるんだよって話だよ? 石鹸で洗っちゃだめだろうか……
「棗君、髪は女の命だからね?手抜きはダメだよ?」
「当たり前に心読むのやめてくれませんかね!?」
「ナツメ様はせっかくおきれいな御髪ですから、お手入れは欠かしてはいけませんよ?」
「うへぇ~……」
げんなりする僕の顔をみて女王様が笑う。
「うふふ、ナツメ様はとてもお美しいのに、どこか少年のような雰囲気をまとっていらっしゃるのですね」
「ッ!?」
女王さま鋭い、というか僕がガサツなのか、気をつけないと。元男ってバレたら首を撥ねられかねないよね。女王様の裸体を拝んじゃっているわけだし。でもこれって女王様から見て僕が男らしいって事なのかな? ちょっと嬉しいぞ。
……ん?
そう言えば何で僕は先輩と女王様と普通にお風呂入れたんだろう? 前の僕であればもっとドキドキして直視できなかったと思うのだけど。
「ん?どうしたんだい棗君?」
ずいっと葵先輩の胸が目の前に現れた。たゆんと揺れるそれは物凄く大きい。
……イラッ
ん?何だろう何故か今自分の胸と比べてなにかの感情が湧き上がったような……。
「ん~?私のおっぱいが気になるのかい?棗君はエッチだにゃー」
僕の目線が胸にあると気がついた葵先輩はこれみよがしにその大きな物を僕の目の前に晒してきた。
……イラッ!
あ、今のは分かる、苛つきだ。でもこれは葵先輩がウザイからだよね。となるとさっきの感情は何だったんだろ。
「ふふふーん、触りたいかい? さわりたーいのかい? ふふーふ」
眼の前でゆらゆらおっぱいを揺らす葵先輩、何だろう、いつもウザキャラの葵先輩だけど、今は何時にも増してうざったい気がする……。
「えい!」
「ひぃあっ!?」
頭に来たので目の前にある大きな物体を鷲掴みにしてみた。おお、すごい柔らかい!! それに結構な重さだ。
「うっひゃ、だ、だめだよ棗君!?そこはもっと優しく」
「えい!!」
ペチーンと叩いて揉み揉み終了。
「酷いよ棗君!?」
うーん、何だろう、先輩のおっぱいを揉みしだいたのに。
なんにもムラムラしなかった……。
「ちょっとちょっとぉ、乙女の純情弄んで置きながら無視するのかーい!? お姉ちゃん泣いちゃうぞ」
「ん、ああ、ごめんなさい葵先輩気が付きませんでした」
「揉んでたのに!?」
うーん何でだろう、女の人のおっぱいなんて揉んだ事もなかったのに、揉んでみたら何も感じないなんてあるのかな?
「ちょっちょっちょーまた自分の世界にはいってるよー。私のおっぱいの感想はどうだったのか乙女としてお姉ちゃんとっても気になるんですけどー!?」
あ、分かった。これ葵先輩だからだ、残念おっぱいだったんだ。
「んーと、残念?」
「酷ッ!?」
葵先輩が喚いていたけど、僕は自分の変化に少し戸惑いを覚えていた。気のせいだったら良いのだけど……まさかね。
この物語の中核はお風呂とゴリラと変態です。
次話は明後日の10時投稿予定で御座います。