第三十七話 投石紐
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――――side 秀彦
「おい、負傷兵を逃がせ……!!」
咄嗟に声を上げたが遅かった。鼠のやつは減速することなく負傷兵のど真ん中に着弾。直後にドパっと光と爆風を撒き散らした。どう考えても大惨事だ。
「あのバカ……何を考えてやがる」
土煙でよく見えねえが、鼠公が超スピードで戻っていくのだけは見えた。どうやらナツメの元に戻ったらしい。一体何が起きているのか、そんなことを考えていたが、直後不思議なことが起こった。
「ウオオオオオッ!!」
聞こえてきたのは勇ましい怒号。まだ晴れていない土煙の中から何人もの兵士が現れた。援軍?
……いや、援軍が来るなんて話は聞いていない。
「まさかさっきの光は「チッチュウ!!」また来やがった!?」
ドパンッ!!
またもや上がる閃光と土煙。そしてまたもや怒号の後に兵士が飛び出す、どうやら間違いない……あいつ、また変なこと始めやがったな……?
――――side 棗
「どんどん行くよマウス君!」
「チッチュウー!!」
ビュンッ ビュンッ!
「あ、あの……ナツメ様?」
「マウス君、魔力充填120%ォォ!!」
「チッチュウっチュ!!」
「女神よ慈悲の名のもとに、倒れ伏した勇士たちを癒やし給え女神の恩恵! マウスく~ん……キャノン乙型!!!」
「チューウウウゥゥゥゥゥゥゥゥ……」
スパァンッ!!
「わっははは! たーまやー!」
「ナーツメ様!!!」
「ひゃい!?」
夢中でマウス君を飛ばしているのが楽しすぎて、グレコ隊長の存在を忘れていた。突然の大声に心臓が止まるかと思った。危ない危ない、もしもマウス君を振り回してるときだったら、マウス君を明後日の方向に飛ばしていたかもしれない。
「ナツメ様、一体何をなされているのですか? わ、私の非才な見識ではその……マウス様を虐待してるように見えてしまいまして……」
「ぎゃ、虐待!?」
予想もしない言葉に僕は言葉を失った。僕とマウス君にとって、これはいつもやってる遊びの延長なのだけど、確かに言われてみると音速を超えるスピードでぶん回して放り投げるのは傍から見たら虐待に映るのか……?
「誤解ですよグレコ隊長! こ、これは安心安全でお互いの信頼の上で楽しく行っている行為でございまして!! 虐待ではなく可愛がる延長といいますか、そう! 可愛がりです!! 虐待どころかマウス君も喜んで行っておりますので、むしろ健康に良い影響もあるといいますか……」
「とんでもなく胡散臭いですね!?」
どうしよう、安心安全をこれほど強調しているのに、グレコ隊長の眼には何故か不穏な色がさしている。マ、マウス君早く来てくれぇ!! ぼ、ぼくら遊んでただけだよねぁ!?
「そもそも、あのような強烈な炸裂音が鳴り響くほどの速度で打ち出して、マウス君様はご無事なのでしょうか?」
「マウス君様って……」
「ナツメ様の守護聖獣様でございますから、流石に敬称を省くわけにはまいりません」
「でも君様はちょっと違和感が……」
「――チッチッチチュウ! チュウー!!」
「あ、おかえりマウス君」
元気な声を上げながら僕の相棒が返って来た。金色に輝く体は遠目にもよく目立つのですぐわかる。
「……どうやら本当に大丈夫のようですね。なんといいますか、マウス君様は日に日に魔蓄鼠の枠を外れて行かれているように感じますね」
「その呼び名は固定なんですね……」
戻ってきたマウス君は即座に僕の胸元に飛びつき、早く次弾装填をと催促してくる。それを見たグレコ隊長は一瞬だけ信じられないものを見る目でマウス君を凝視したけど、すぐにいつものポーカーフェイスに戻る。どうやら本当に投石紐を楽しむマウス君に一瞬だけドン引きしたらしい。
「魔力充填開始! ぎゅんぎゅんぎゅーん!」
「チッチュウ!!」
再び魔力充填を開始。しかし、遠目に見える魔王軍に今までと違う動きが見えた。獣王と思われる体の大きな獣人を残して、他の獣人たちが徐々に後退を開始しているように見える。逃走? いや、これは……
「グレコ隊長……あれ、どういう状況に見えますか?」
「……いけませんね。恐らく獣王が殿を努めて後退した後に大規模魔術による範囲攻撃を敢行しようとしているのかと。ナツメ様の奇策によって、兵が補充され続ける状況に業を煮やしたのでしょう」
「現場のみんなは気がついていると思う?」
「いえ、敵将である獣王が残っておりますので、まさかそのような作戦に走るとは思えないでしょう。マウス君様を投擲するのは少しお待ちになったほうが宜しいかもしれません」
「ふむ……」
「チュウ!」
声の方を見れば頼もしい相方のやる気に満ちた顔が映る。確かに多少の危険はあるかもしれないけれど……
僕は手に持った投石紐にマウス君を乗せる。頼もしい相棒は迷いなく飛び立つ準備を終えていた。
「ナ、ナツメ様!? いくらマウス君様でも魔法の中に放り込まれるのはあまりにも危険すぎるのでは!?」
悲鳴のようなグレコ隊長の声が聞こえるけど今は時間が惜しい。ホップステップ、全身で遠心力を生みつつ呪文の詠唱もする。遠くの敵部隊が呪文詠唱を終えたようで巨大な火球が空に浮かんでいるのがみえる。数人がかりで練り上げた魔法はまさに兵器を呼ぶに相応しい圧力を放っていた。あんなものが発動してしまっては回復術どころの話じゃない。
僕はこんなときのために覚えておいたとある上級法術の詠唱を開始する。
……個人的に使っていた人の印象が悪すぎるのであまり好きじゃない法術なんだけどね。
「顕現せよ神の聖壁、何人もこれを崩すこと能わず神聖なる砦!!」
「チッチュウ!!!」
「行ってらっしゃいマウス君! 必殺、マウス君キャノン乙型!!」
スパアアン! と空気を破裂させつつマウスくんが射出される。それと同時に敵軍の上空の火球が動き始める、スケールが大きいのでゆっくり動いているように見えるけど、実際にはすごい速度だ。気がついた兵士たちが慌てて逃げ始めるがとても間に合いそうにはない。
だけど、僕とマウスくんが居る限り、この戦場で誰も犠牲になんかしない!
勢いよく飛んでいったマウス君の体が激しく輝き、いつか見たあの許しがたい聖女が使ってみせた防御法術を展開する。
――神聖なる砦。大聖女アグノスが使っていた上級防御術。神聖なる盾とは違い、秘奥の心得を使わずとも広域に防御壁を展開するのを可能とする法術。今回はこの法術の効果時間を短くし、硬度を重視して発動させる。
一瞬だけ現れた光の城壁は火球を押し戻し、その軌道を大きく逸らすことに成功した。結果、巨大な火球は明後日の方向に着弾し、派手な火柱を上げるもその被害は荒野の一部を焦がすのみにとどまった。
「た~まや~!!」
「い、いったい何が……!?」
「ふふん! これが僕とマウス君の新必殺技です」
「それは先ほどお聞きしましたが一体何が起きているのか、非才な私にお教え願えませんでしょうか?」
よくぞ聞いてくれました。これは元々僕の法術の練習中に誤って怪我をしてしまった僕をマウスくんが癒やしたことから始まる。ウェニーお婆ちゃんに相談したところ、どうやら魔蓄鼠の魔力を蓄えるメカニズムは、一旦魔法そのものを体内に留め、それを徐々に純粋な魔力に分解し吸収するという工程らしい。自然界で魔蓄鼠が大して強くないのは、法術の使い手が自然界や魔物にはほぼ居らず、自然界の彼らは攻撃魔法を受けたり、自然界の魔力を少量ずつ体内に吸収するという効率の悪い方法しか存在しないせいでもあるらしい。
まあ全部推論に過ぎず、マウスくんが異常なだけって話もあるらしい。兎に角、マウス君に僕の法術をかけると、暫くの間法術は吸収されずにマウス君の中にストックされた状態になるらしく、それをそのまま放出することでマウス君は僕の指を治療してくれたらしい。
そこから着眼を得て編み出したのがマウス君キャノン。なお投石紐は僕がなんとか戦力を得ようと密かに練習してるのを見ていたマウス君が自分にもやってくれとおねだりしてきたのが始まりで、割と長い事二人で練習してきた合体技である。ちなみに法術をまとわせて大雑把に回復や補助をばらまくのが乙型。強化したマウス君を直接相手にぶち当てるのが甲型と二種類のマウス君キャノンがある。
「なるほど、マウス君様がナツメ様の法術を使えることは理解いたしました。これは割ととんでもないことですよ。戦場での法術士の運用に革命を起こせるかも……」
「ふふふ、勿論威力そのものはだいぶ減衰してしまうんだけど、そこは詠唱とかでいつもよりしっかり発動させることで結構威力は出せるみたい。欠点はマウス君投擲用の魔力充填とフルパワー詠唱でものすごく魔力消費が高いことですね」
「そういえばナツメ様の御髪の色が……」
言われてみてみると確かに僕の毛先が少しくすんだ灰色に変色してしまっている。回復法術だけだったらもう少し持つ予定だったけど、神聖なる砦全力展開は少々荷が重かったみたい。髪は魔力で色が染まるので力を使いすぎれば地毛の色に戻ってしまうのだ。
とはいえ僕の場合元々の魔力が普通の人よりだいぶ多いらしいのでこの程度ならまだまだ問題はない。むしろ治療院のお姉さんたちはもっと黒や茶寄りの灰色の髪の人が多いくらいだった。
「兎に角! これで僕とマウス君は遠くからでも皆さんを癒やすことが出来ると証明できましたね!」
「ただ絵面的には一切癒やし要素がありませんけどね……」
「あう……」




