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第三十五話 前線へ

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 ――動きがあった。



 皇帝の口から語られた端的な言葉に場の空気が凍りつく。

 普段はおちゃらけた先輩も真剣な視線を皇帝(おっちゃん)に向けた。


「――そうかい、遂に。で、私達はどうすれば良いんだい?」


「流石に根性が座ってやがるな、話が早くて助かるぜ。まずタケハラ姉弟には先陣を切って敵軍に一当たりしてもらいたい。その後は勇者は頃合いを見計らって後方に下がってくれ」


「ふむ、理由は士気の向上。そのうえで勇者である私は切り札でもあるってところかな?」


「そうだ。聖騎士はそのまま防衛の要として前線で踏ん張ってほしい。頼めるだろうか?」


「おう!」


「んで……」


 おっちゃんの視線が僕の方を向く。いよいよ僕の出番とワクワクしていると、おっちゃんは大きな溜息を吐く。


「……聖女、そんな顔をしても無駄だ。お前はここの前哨基地の野戦病院で留守番だ」


「ええ!?」


「前からそう言ってただろうが。なんでそんな驚いてんだお前は……」


 そりゃ前もって前線には連れて行かないって話は聞いていたけど、まさかここにおいていかれるとは思ってなかった。だけど、これは困る、せっかく練習した新必殺技(治癒術)が試せない。


「おい、おっさん。悪いことは言わねえ、ここにそいつを置いて行くのは止めておけ。そいつ、ここに置いて行ったら十中八九一人でついてくるぞ」


「いやいやいや、何いってんだ聖騎士様よ。曲りなりも聖女だぞ? いくらなんでもそこまでお転婆って事はねえだろ?」


「いやぁ、そんな事あるねぇ……ナツメきゅん、聖都では鎧を着込んで一般騎士に紛れてコッソリ着いてきていたからねぇ」


「マジかよ……」


 おっちゃんが信じられないものを見るような顔で僕を見る。一応今回は危ないことはしないとコルテーゼさんと約束をしているのでコッソリ紛れ込むようなことはしない。でも……


「おっちゃんお願いだよ、前線で一緒に戦うなんて言わないから。距離もきちんと安全なところまで下がるって約束するから僕も連れて行ってよ。何かあったとき、僕がいたら助けられたはずの命を失うのは嫌なんだ」


「ぬ、むう……」


 僕が倒れることのリスクは理解している。だからこそ僕はそれでも役に立てるようにいろいろな技を用意してきたんだ。


「そもそも、お前がついてきたところで結局は戦場では役に立たねえだろ?」


「本当に前線に立っていいのであれば、僕の防御法術は十分役に立つよ。流石に遠く離れていたら無理だけどね。それに前哨基地の野戦病院に担ぎ込むより、後方に少し下がるだけで治療ができるんだから僕を連れて行くメリットはあるはずだ」


「だが、お前が襲われでもしたらソレだけで失うものが多すぎるだろうが」


「襲われたとしても僕は簡単にやられたりはしないよ。過去に不死騎士団長トート・モルテと単機で戦って勝ってるからね。そこらの雑魚には負けないよ」


 くぐってきた修羅場の数はそれなりなのだ。僕はエヘンと胸を張る。


「……いや、勝ってねえだろ。盛るなバカ」


「細かいな、秀彦は!」


 ゴリラの重箱の隅をつつくような指摘を受けつつもおっちゃんへのアピールを続ける。僕の真剣な熱意が伝わったのか、先程までよりは僕の同行を考えてくれているように感じるが、唸っているおっちゃんの眉間には深いシワが刻まれていた。



 ――やがて唸り声を止めたおっちゃんは深い溜め息を吐き、何かを決心したように僕の眼を見つめた。


「一つ……約束しろ聖女」


「うん?」


「現場には連れて行くが、流れ矢が飛んでくる距離にすら寄り付くのは許さん」


「うん」


「それと現地では命令無視は決してするな。それは周りの人間も危険に巻き込む最低な行動であることを認識しろ」


「解った。連れて行ってくれるなら僕はどんな命令にも従うよ。みんなが戦っているのに安全な場所でみんなの帰りを待つだけなんて僕には耐えられない。直接戦えなくても僕は戦場に立つよ」


 目をそらさずおっちゃんの瞳を正面から見つめていると、おっちゃんは大きく顔をしかめた後にもう一度大きなため息を吐いた。


 ……ため息が多いなおっちゃん。幸せが逃げていくぞ?


「はぁぁぁぁ……お前はなんでそんな、虫も殺せない儚げな容姿なのに頭の中身バーバリアンなんだ……」


「うへへ、そんなに褒めるなよ。そんなに強そう?」


「褒めてねえよ! 脳筋聖女! おい、聖騎士。お前の女の手綱はしっかり握って無茶はさせんなよ?」


「俺の女じゃねえ。だが、まあ、任されよう」


「ん~♪ ぬいっふふ……顔が赤くなっていないかい? 可愛い彼女きゅんの手綱をにぎにぎするなんて、なんかHな妄想をしt……我が弟きゅんよ……その物騒な盾をお姉ちゃんの顔面に向けるのはやめ給え?」


 ぬふ~。僕ってば秀彦とそういう風に見えちゃいますかぁ? おっちゃん、顔は悪人ヅラだけどわかってるにゃあ。どうやら前線付近までは連れて行ってもらえるみたいだし、なんだかんだ良いやつである。


「で、敵の規模や魔物の種類はわかっているのかい?」


「ああ、指揮している魔王幹部は正体不明だが、俺等(人類)からは仮称で”獣王”と呼ばれてるヤツが来ている。今来ている軍団もそいつが連れてる軍団だ。獣人や獣に近い特徴を持つ魔物が中心の獣騎団と呼ばれる軍団だな」


「ふむ、獣王とやらの詳細はわかっていないのかい?」


「姿くらいなら戦場に何度も現れているから知られているがな。基本的に会話などには応じねえ。お前らが戦った”死神”トート・モルテくらいだ。名前までわかってる幹部はな。残りの連中は”戦王””獣王””大聖女”……ああ、大聖女はお前らのお陰で正体が判明したんだったな」


 ”大聖女”アグノス。聖都での出来事を思い出し、アメちゃん(おじいちゃん)を握る手に力が入る。あの時僕は初めて、真の狂気に染まった人間というものを目の当たりにした。なんの悪意もなく自然体のまま不幸を撒き散らす。そんな存在がいることに恐怖を覚えたものだ。


「存在だけは語られていたが一度たりと姿を表さなかった大聖女。まさか聖都にいた聖女だったとはな。正直俺もやつとは何度も会ったが……一切そんな素振りはなかったな、あの女が魔王幹部だったなんぞ思いつきもしなかったぜ。教皇猊下が殺されたのも驚いたが、俺はあの女が魔王軍幹部だった事に一番驚いたぜ……」


「まあ、アグノスに関しては育ての親の儂も全く気が付かなかったからのう。皇帝陛下が気が付かぬのも無理らしからぬことじゃよ」


「そうは言ってもなあ、今思えばなにか出来たんじゃねえかと後悔が……ん?」


「ん?」


「なんじゃ?」


 おっちゃんが両目を見開いてこちらを見ている。暫く凝視した後、気を取り直して話を続ける。


「と、兎に角。猊下のこともある。お前の身の安全はとても重要なことは自覚しろよ?」


「うん、解った」


「ふぉふぉふぉ、ナツメちゃんの安全は儂に任せるがよい!」


「……ッッッ!?!?!?」


 再び目を見開いてこちらを凝視するおっちゃん。今度は口も大きく開けている。なんだ? そんな顔芸見せられても別に面白くないぞ?


「どしたんおっちゃん?」


「どうしたもこうしたもお前……今猊下の声で喋っていなかったか?」


「そんなわけ無いじゃん。僕の声はおじいちゃんのとは似ても似つかないだろ?」


「そ、そうだよな……」


「ふぉっふぉっふぉ」


「ほらあ! やっぱり猊下の声ぇぇ!?」


 あ、おっちゃんひょっとしてアメちゃん(お爺ちゃん)の事情知らなかったのか……

 よほどのショックだったのかマディス教のシンボルを握りしめてあたりを見回すおっちゃん。ブツブツ呟いているのはマディス教の念仏みたいなものだろうか。少し青い顔をしているあたり、ひょっとしたらおばけが怖いのかおっちゃん……


「おっちゃん、これ、これ見て」


「ぬぉ?」


 鎮静作用のある緩い光を発するアメちゃんをおっちゃんの眼前にかざす。


「……一体何を?」


「紹介するよ皇帝陛下。こちらアメちゃんこと紫石の宿り木アメテュトゥス・ウィスクム。そしてまたの名を……」


「アメ爺ちゃんこと、元教皇ツァールト=バーブスト・モナルカじゃ!!」


「はへぇっ!?」


 ――暫く混乱するおっちゃんと、いたずらが成功したことに上機嫌なおじいちゃんの話が続く。


 お爺ちゃんの口から説明を受けおっちゃんは平常心を取り戻し、その後はなんとか軍議が滞りなくすすんだ。予定外のハプニングはあったものの、すでに敵軍の進行は始まっていることもあり、僕らも早速前線への移動を開始することになった。


 秀彦と先輩は走竜を駆り一足先に向かい、僕は兵糧や後方支援部隊とともに竜車で向かう。


 すぐに参戦できないのは残念だけど、足の早い走竜は数に限りがあるので仕方がない。おっちゃんも数人の護衛と共に走竜で向かってしまった。どんどん前哨基地から人が減っていくので置いていかれている感じがして少し寂しい。


 今回、非戦闘員のコルテーゼさんを連れて行くことは出来ないので、今後僕の身の回りのお世話はグレコ隊長が行ってくれるらしい。


 正直グレコ隊長ほどの戦力は僕のお世話なんかさせるのはもったいないと思うのだけど、僕の護衛は譲れないとのことで説き伏せられてしまった。

 荷物の積み込みも終わり、最後に僕ら後方支援組が竜車に乗り込んでいく。いよいよ戦場に向かう緊張感と、先行した皆さんの安否を想うと、自然と口数が減っていった。


 正直、この空気は息が詰まるので勘弁していただきたい……


 ――暫くの間、何もすることの無い竜車に揺られ、気がつけば僕のまぶたはゆっくりと閉じられていってしまったのだった。




 ――――――……




「――ツメ様。ナツメ様!」


「……んぅっ?」


 体を揺すられながら呼ばれて意識が覚醒していく。どうやら竜車の中で眠ってしまっていたらしい。我ながら少し気が抜けていたらしい。周りを見ると一緒に竜車に乗り込んでいたグレコ隊長と後方支援部隊のみなさんの顔が見える。


「んぁっ! す、すいません。こんな場所で不謹慎でしたね」


 起き抜けであまり頭が働いていないけど、とっさに聖女モード(猫かぶり)で対応する。寝顔が本性モード(おまぬけ)じゃなかったと祈りたい!!


「あ、いえ、お疲れでしょうから。眠っていただくことはなんの問題もございません。ですが……」


 そう言いながら竜車の窓を開けるグレコさんの表情に僅かな緊張が見て取れた。


「あちらをご覧ください」


 言われて目を向けると地平線に僅かなモヤがかかっているように見える。


「……あれは?」


「アレがナツメ様を起こさせていただいた原因でございます」


「原因?」


「距離がありますので判りにくいかもしれませんが、どうやら前線は想定より大分押されているようです。本来の想定ではこの辺りはまだ安全な筈でしたが、ここから目視できる場所ですでに戦闘が始まっているようです。こちらをどうぞ」


 グレコさんから渡された望遠鏡を覗き込むと、そこには無数の魔獣と交戦する帝国軍兵士の姿が見えた。しかし旗色が良いようには見えない。すでに地面に伏している兵士が数名見えるからだ。


「……進路を変更しましょう。このまま後方戦線を目指したとしても、そこの安全が確保されていない可能性があります。ナツメ様の安全の為に……「待ってください!」――ナツメ様?」


 今、ここで引き返してもらっては困る。少し予定とは違うけど僕とマウス君の修業の成果を見せる時が来たようだ。


「このまま、ギリギリまで近づいてください」


「……ナツメ様、何を?」


「ボ……私にいい考えがあります」


 見せてあげよう僕らの新必殺技(治癒術)を!



めちゃくちゃお久しぶりです。

最近は漫画ばかり描いていて小説を書く時間がとれませんでした。ごめんなさい。

エタるつもりはないのでまたゆるゆる更新するのをお待ちいただけると幸いです。

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― 新着の感想 ―
復活だぁ! マイペースで良いので、無理しないで良いので、でも勝手に待ってます!
やったぜドッキリ大成功!おじいちゃんが杖になった甲斐があったってものだ
更新ありがとうごさいまーーーす! まさか続きが観れるとは! ナツメきゅんの扱い方にしてはそれでも緩いんじゃないかな?絶対着いてくるぞ...
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