第十五話 物乞い少女とちょいワルおやじ
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――きつかった。
正にそれしか言い様の無い激しいお説教だった。まさかあれほど怒られるとは……
そもそもなんで脱走がバレてしまったのか。僕の工作は完璧だと思っていたのに。楽しい散策を終えてこっそり窓から部屋に戻ったら、仁王立ちする般若が二人いた時は変な悲鳴がでたよ……
「もう。アメお爺ちゃん直伝の結界、全然効いてなかったじゃない。お爺ちゃんの嘘つき~、おかげで酷い目にあっちゃったよ!」
「いやいや、誤解じゃよナツメちゃん。あれはワシの結界が効かなかったのではなく、告げ口したババアがいたんじゃよ。ワシも一緒にお説教されたんじゃから許しておくれ」
「むぅ、確かにウェニーお婆ちゃんがセシルとお茶会してたのは誤算だったね」
足場を作って窓から抜け出した脱走方法も不味かったようで、もしも落ちたらどうするのかと二人の剣幕はそれはもう恐ろしいものがあった。最悪落下したとしても頭と首だけ守れば法術で治せるのに大げさだよ。でも、それを言った時の二人の顔……今思い出しても震えが止まらない。今は反省しておりますとも。二人に心配をかけてしまったのは申し訳なかったからね。本当です。だから睨まないでください。
しかし、謹慎中にも関わらず脱走したのがバレてしまったからには、次は牢屋にでも入れられてしまうのでは!? そう思って泣きそうな気持ちになりつつ脱獄方法に思いを馳せていたら、二人は心底呆れた様な表情を浮かべながら、もう僕を無理に謹慎させる事はやめてくれると言ってくれた。
なんでだろう?
『陛下、いかが致しましょう。これは反省はしているけど閉じ込められたら抜け出すぞというお顔でございます』
『これ程分かりやすい方も珍しいですが、これは堅牢な場所に閉じ込めたらどれほど危険なマネをしても抜け出しかねませんわね……仕方ありません、淑女教育の強化はいたしますが謹慎していただくのは諦めましょう。これ以上危ないマネをされては堪りませんからね……』
『……まったくどうしてこんなにお転婆なのでしょう。普段は聞き分けのよろしい大変良い子でらっしゃいますのに』
『『……はぁ』』
二人でヒソヒソ何かを話していたけどよく聞き取れなかった。謹慎を解いてくれるとの事だから実は見た目ほど怒ってなかったのかな? とりあえず外にでかけても良いと言われたのは素直に嬉しい。
――そんなこんなで今日は久しぶりに外出許可が出た。今回は大手を振るって堂々とお城の正門から外に出ることができた。まずは町の人たちに挨拶回り。服装も簡素な麻の服にワンポイントの仮面。元気よく挨拶をすると、市場の皆も一時の余所余所しさはなくなり、元気に挨拶を返してくれている。
市場の皆は今日取れた魚や野菜を勧めてくれているけど、今日はそれらを購入はしない。
なぜなら今日は、久しぶりに昔よくマウス君の餌を分けてくれていたお店に顔を出そうと思っているからだ。今ではマウス君の存在を皆に隠してはいないので餌はお城の厨房で貰えるのだけど、やっぱり以前お世話になった人には挨拶を欠かしたくないからね。
「こんにちは!」
挨拶をすると、少し驚いた顔で店主のおじさんがこちらを向く。今は正午も過ぎ、昼食の時間には少し遅いので店内にはあまりお客はいない。コップを磨いているおじさんと、常連のおばちゃん。あとはカウンターで昼からお酒をちびちびやっている無精髭のちょいワル親父(こちらは見たことの無い人)の三人がこちらを見ていた。
「ぅおっ!? ビックリした! なんだ、久しぶりだな嬢ちゃん。暫くこねえからウチの事忘れちまったのかと思ったぜ。しっかしその仮面、相変わらず強烈だな。一瞬モンスターが入ってきたのかと身構えたぜ?」
「えっへへ、おじちゃんも相変わらずだね。元気してた?」
「おう、こちとら元気だけが取り柄ってなもんよ!」
そう言うと力こぶを見せつけながらガハハと豪快に笑うおじちゃん。相変わらずの豪快さに僕もなんだか楽しくなってきてしまう。
このお店の店主は、物乞い同然で野菜屑を分けてほしいといった僕に嫌な顔ひとつせず気前よく野菜屑を分けてくれた大恩人だ。それだけではなく、僕の正体が聖女だと分った今も、まったく態度を変えなかった数少ない人物の一人でもある。
曰く……
「なんで特別扱いしねえのかって? そりゃお前、聖女だって飯を食うし○もすりゃク○もする。同じ人間だろうが? なら何も畏まるこたぁねえだろうよ。嬢ちゃんがそうして欲しいってんなら話は変わるがな? そう言うタイプじゃねえだろ」
だ、そうな。品性は皆無だけど凄く良い奴なんだ、このおじさんは。
因みに、仮面を外すと態度が変わってしまう人もいたので、きちんと素顔を見せてみたら大爆笑された。お前それはある意味詐欺だってさ。まあ不名誉な言われようではあるけど、全く態度の変わらないおじさんに安堵したのは間違いない。
まあそんな繋がりで、今でも僕は町に来た時はここに寄って野菜屑をいただいている。何故かマウス君もここの野菜屑が好きらしく、食いっぷりが全然違う。定期的にここの野菜をよこせと言っている気がする程だ。
「今日もいつものだな? ちょっと待ってろ」
一応暇な時間を選んではいるけど、仕事中だというのに嫌な顔もせずに僕の相手をしてくれるおじさん。本当に口と顔はおっかないけどいい人だ。野菜屑をもらってここで軽食をとって城に帰るのは僕のお気に入りの休日の過ごし方なのだ。
「ほれ、持っていきな」
「いつもありがとうね、おじさん!」
これがいつものやり取り。この後は適当な席に座り軽食をとる流れなのだけど……この日は少し違っていた。
「……嬢ちゃん、それは野菜屑か何かか?」
「え、僕にいってるの? うん、そうだよ。いつもここで分けてもらってるんだ」
「ふむ、嬢ちゃん、ちょっとこっちにきて座りな」
「?」
突然僕に話しかけてきたのは、昼間から酒を啜るちょい悪なダンディ。よく分からないけど、呼ばれたので僕は言葉に従ってちょい悪ダンディの隣の席につく。一体何の用なんだろう?
「――おやじ、この娘に食事を出してやってくれ。腹一杯になる量だ、代金は俺が持つ」
「……!? な、なに言ってるの? そんなの悪いよ」
「うるせぇ。ガキが遠慮なんかするんじゃあねえ。そんな野菜屑じゃ栄養だって高が知れてるだろうが。酔狂な男が気まぐれで飯を恵んでやろうってんだ、つべこべ言わず食っていきやがれ」
うーむ。どうやらこの人、僕を物乞い少女と勘違いしているようだぞ? 慌てて否定しようと思ったけど、もう店主のおじちゃんは料理を始めてしまっているし、変に断ったらこのダンディの顔を潰してしまう気がするぞ? これは大人しくご馳走になるのが良いのかな。
「そ、それじゃあご馳走になります。おっちゃんありがとうね」
「お、おっちゃん!? お前、俺はまだ四十二だぞ。おっちゃんって呼ばれる歳じゃあねえよ!?」
「いや、お客さん。四十二はおっちゃんだ、俺より歳上だぞ?」
「「えっ!?」」
店主のおじさんは禿げ上がった頭をぺしぺしと叩きながら笑う。どうやらおじさんは禿げ上がってはいるもののまだ三十代との事。それを聞いたダンディはなんとも言えぬ顔になりながら「おっちゃん……そうか俺はこんなおっさんよりも……そうか……」などと死んだ魚のような目をしながら呟き始めていた。
なんかごめんね、おっちゃん……
「あれだ、おっちゃんは所謂ナイスミドルっていうヤツだと思うよ。うん、渋いよ! かっこいい」
「や、やめろ!余計に惨めになるだろうが」
どうやら僕の下手くそなフォローは、ナイーブな初老の心を粉々にしてしまったらしい。すっかりしょぼくれてしまったおっちゃんは暫く無言になってしまったが、熱々のグラタンを出されてしまったので、冷める前にありがたくいただく事にする。すまねえ、すまねえ、おっちゃん。ご飯は美味しいです、ありがとう。
暫く食べ進めていると、魂が戻ってきたおっちゃんが僕の方をじっと眺めていることに気がついた。
「嬢ちゃん、食べる時もその仮面外さねえのか? 口元だけ出すとか食いづらいだろう?」
「んー? えっとね一応この仮面は出歩く時にはなるべく外すなって言われてるんだよ。町に出る時は特にね。周りの人が驚くんだってさ」
「……そ、そうか、物を乞うくらいだ、色々あるんだろうな。変なこと聞いてすまねえ。俺はどうもそういう機微に疎くてな。嬢ちゃんを貶す意図はなかった。許してくれ、すまん」
ん? さらに誤解を広げた気がするぞ? おっちゃんは何とも言えない優しい眼差しで僕がご飯を食べる姿を見ている。仮面を外せない理由がおっちゃんの脳内でどんどん変な方向に進んでいる気がする。でもまあ外せない理由を聞かれても説明がややこしいから、このまま勘違いしていてもらおうかな?
そんなことより僕は気になったことをおっちゃんに訪ねてみることにした。
「ところで親切なおっちゃん。おっちゃんは何しにここへ? 見たこと無いからこの辺の人ではないんでしょう?」
「だから、俺はおっちゃんじゃ……うぅ。」
おっちゃんは虚ろな目で店主の頭を見つめる、どうやら自らがおっちゃんである事実を受け入れつつあるようだ……
「クソ! もうおっちゃんで良いわい! で、何をしに来たのかというとな、俺はある人を攫いに来たんだ」
「!?」
「ぷッククク。まあ冗談だ、そんな顔をするなよ」
「……趣味が悪い冗談だよ」
どうやら真面目に答えるつもりは無いらしく。僕の反応を楽しんでいるようだ。とはいえ見た感じ悪い人では無さそう。何より僕にご飯を奢ってくれた人だ、人攫いなんてするはずはないだろう。ご飯を奢ってくれる人に悪い人はいないのだ。
「まあ冗談は置いておいて、あれだな、まあ端的に言うなら仕事だよ」
「仕事に来てるのに昼間っから飲んでるの?」
「まあ……な。大人には色々あってなあ、今回の仕事は気が乗らねえからよ。せめて前日は一人で酒でも呑んで景気よくやろうって話よ」
「一人呑みでそんなに楽しめるもんなの?」
「お嬢ちゃんには解るめえよ。何も知らない店に一人ふらっと入ってな。そこで一人でやるのも乙なものなのさ」
「ふーん。お酒ってそう言うものなの? じゃあ、僕はおっちゃんの邪魔をしちゃったのかな?」
だとしたら申し訳ない事をした。おっちゃんの貴重な楽しみを奪ってしまったのかもしれない。そんな事を考えていると、突然僕の視界が左右に揺れた。どうやらわしゃわしゃと頭を撫でられているらしい。撫でるというか、脳みそを揺らすような荒々しさだけど、これは多分撫でてくれているのだろう。
「バーカ、ガキが気を使うもんじゃねえよ。こうやって知らねえ奴と席を共にするってのも、一人呑みの醍醐味なわけだ。今日、この時、この場所で、なんの縁もなかった俺らが、たった一時だけこうやって酒を楽しみ会話する。まあ嬢ちゃんに酒はまだ早そうだからこの場合は俺が勝手にクダを巻くってわけだけどな」
「なるほど。じゃあ僕はご馳走になったのお礼に、おっちゃんが今日を楽しめるようにこの席を盛り上げてやるよ!」
「お、のりが良いな嬢ちゃん。一つ頼むぜ! ワッハハ!」
僕は段々このおっちゃんと話すのが楽しくなってきてしまい、お酒も呑んでないのに楽しい気持ちになっていった。おっちゃんは僕の話を聞いてくれたり、異国の面白い話などを聞かせてくれて、気がつけば退屈すること無く時間を忘れて何時間も話していた。
――そうこうしているうちに日は傾き、僕の門限を知らせる夕刻の鐘の音が聞こえてくる。
「あ、もうこんな時間なのか。そろそろ僕、帰らなきゃ。おっちゃん、ご飯ありがとね。お話も楽しかった。よかったら名前を教えてよ、僕は……」
「おっと、名乗るのは無しだ。おっちゃんは軽々しく名前を言えねえ秘密があるのよ」
「ぷ……なんだよそれ」
「これも一期一会の醍醐味ってやつよ。軽々に名乗るなんてなあ野暮なのさ。まあ、もしもう一度会う事があったら、その時は名乗ってやるよ。俺の名前を聞いたら腰を抜かすぞ?」
「あはは、なんだよそれ。分ったよ。なら僕もその時に名前を教えてやるよ! 素顔も見せてやるから腰を抜かすぞ?」
「くくく、ならこれから王都に来る時はそれを楽しみにしているかね」
「僕もおっちゃんにまた会えるの楽しみにしてるよ! バイバイ」
「おう、気を付けてな。縁があればまた会おう!」
こうして僕は名前も知らぬおっちゃんと別れた。いつかまた会えることを願いながら。
……その願いは意外な形でなされるのだけど。
なんとか今週も書けた……褒めてケロ!!




