世界一うまいラーメンの食べ方
「世界一美味しいラーメンの食べ方を教えてあげようか」
幼馴染のゆいが唐突に口を開いた。
「あれか、空腹は最大のスパイスとかか」
「違うね」
ゆいは俺の答えを軽く鼻で笑い飛ばし、大袈裟に指を左右に振った。
「確かに空腹は最大のスパイスだよ。だけどね、最大のスパイスにはいくつか種類がある」
今は帰りの電車の中。俺が下りる駅までは少し時間がある。
俺は暇つぶし程度にその会話を広げることにした。
「聞こうじゃないか」
言うと、ゆいは満足気に頷き、にへらと口角を上げた。傾いた日差しがちょうどゆいの顔に差し掛かる。黄金の輝くゆいはどこか楽しそうだ。
「聞かせてあげよう。まず、誠司はどんな時に食べ物を美味しいと感じる?」
最初から質問返しかよ、と、多少イラっと来たが、それも愛嬌だ。俺の寛大な精神で受け止める。
俺は手を顎にやり、少し考えた。
「……そうだな。何かのご褒美とか」
「違うね。いや、違くはないけど、私の答えじゃないかな」
「……うーん。あ、他人の金で食う時とか」
「うわぁ……」
俺が言うと、ゆいは引きつった笑みを浮かべた。なんでや、他人の金で食う焼肉は超うまいに決まってるだろ! いい加減にしろ!
と、心中でゆいに説教してやるが、全然正解がわからない。むしろこれが一番なんじゃないかと思ってしまうまでもある。
「お手上げだ。わからん」
「想像力の欠如だね」
うるせ。
「で、正解はなんだよ」
「正解はー……」
そこで区切ると、ゆいがわざとらしくドラムロールを始めた。手をぐるぐる回して本人は楽しそうだが、この車内には当然他の乗客もいるので視線が恥ずかしい。
けれど田舎の電車なのでおばちゃんしか乗ってない。どれも孫を見るかのような優しい目線でゆいを見ていた。
恥ずかしい! やめて! 恥ずかしいから!
「でん! 何かやることがあるときにそれらサボって食べるラーメンでした!」
「具体的過ぎてわかるはずないだろう……」
ゆいの顔はとても満足そうだ。相変わらず周りのおばちゃんの視線は生温かい。
「ダメだねー誠司は。頭がチーズのように堅いよ」
チーズは別に固くないだろ。いや固い種類のもあるのかもしれないけど、ベビーチーズとか超柔らかいだろ。結論、俺の頭はベビーチーズのように柔らかくて国民に愛される存在である。
ちなみに俺はチーズは嫌い。
「で、その話からするとお前はラーメンが食べたいんだな」
話を要約するとそういうことになる。
ゆいは昔から話が抽象的過ぎて何を言いたいのかわからないことがある。ゆいの親御さんは今でもゆいの奇天烈な発言に苦しんでいる。
さも俺も最近になってようやくゆいが何を言いたいのかわかってきたレベル。
「そうそれ!」
一気に笑顔になり、俺の肩をばんばん叩いてくる。鬱陶しい……。
「じゃあ、明日の放課後にでも行くか」
言うと、ゆいが先ほどとはうって変ってぽかんと口を開け、間抜けな顔をしていた。
「は? なんでそうなるわけ?」
馬鹿じゃないのこいつ。みたいな顔してきた。なんだこいつ腹立つ。
「どういうわけだよ……」
「いやだから、明日授業サボってラーメン食べに行くんだよ」
「は? なんでそうなるわけ?」
ゆいとまったく同く返してしまった。きっと顔もさっきのゆいみたいな顔をしていただろう。
「なにその顔腹立つ」
「お前もしてたよ……」
知らずとため息が漏れる。改めて実感するが、こいつの思考力はおかしな方向に進化しすぎている。
「これは決定事項です!」
腰に手を当て、胸を強調してふんすと息を吐く。さしてない胸が強調されて少し目のやり場に困る。
「いやいやいや。サボるって、いつ」
聞くと、ゆいは少し考えてから悪びれもなく言った。
「明日の四校時目は確か英語だったよね」
「まさか……」
「ラーメン食べに行くならお腹すいてるときじゃないと」
またも、ゆいは子供が悪戯をするかのように笑って見せた。
英語の担当教師は熊倉だ。熊倉はうちの学校で一番怖い先生だ。何が怖いって、もうね、顔が怖い。さながら熊のように迫力のある顔は生徒に反論の余地を示さない。怒られようものならきっと人生で誇れるレベルの恐怖体験をすることになる。別に誇れるものじゃないけどね。
「嫌だ絶対嫌だ。俺まだ死にたくない」
震える声で言うと、ゆいは腹を抱えて爆笑した。
「あははは。その恐怖があれば、きっと世界で一番美味しいラーメンが食べれるよ!」
「はぁ? どういうことだよ……」
電車は徐々に減速し、次の駅を到着を知らせるアナウンスが車内に響き渡る。
「じゃあね! また明日!」
言うと、ゆいは開かれた戸に向かって小走りをする。戸が閉まるときに、ゆいがこちらに振り向いて満面の笑みを浮かべ、片手を上げて左右に振っていた。
あいつは一度口にした言葉は必ず実行する奴だ。
それが意味することはつまり……。
俺の命日は、明日になるということだ。
翌日、世界一美味しいラーメンを食べようの会(ゆい主催)が行われる日だ。
「誠司! 準備はいいか!?」
「良くないです……」
拳を高く天へと突きだすゆいに比べ、俺はどんよりとした空気を漂わせていた。
「何を怖気づいているのさ。もう覚悟を決めなよ」
「生憎、今の生活が気に入ってるんでね。まだ死にたくないんだよ」
「いや死なないって」
腹を抱えて爆笑するゆい。そんなゆいを見てると、その能天気ぶりに戦慄してしまう。
「懸念すべき点として、学校から抜け出す前に先生と遭遇してしまったら一発アウトだよ。だから忍者のごとく颯爽と学校を抜け出すこと!」
「はぁ……」
ため息しか出ない。なんでゆいはこんなに元気なのか。少しは分けてほしいぐらいだ。
「行くよ!」
「わかったよ……」
カバンを背をって、教室を出る。当然クラスメイトが数人俺たちのことを怪訝な目で見てきたが無視だ。先生に報告される心配もあるが、どのみち明日にはバレることなので遅かれ早いかだ。この際気にしない。
廊下を全力疾走して、時たま遭遇する先生を隠れてやり過ごし、俺達は無事昇降口まで来ることができた。
「よし! 順調順調!」
「はあ……、寿命縮まる……」
今だ元気はつれつなゆいに対し、俺はというと注射を目前にした子供みたいな顔をしている。
「早く靴履き替えて行こ!」
「あぁ……」
下駄箱から外靴を取り出し履こうとしたとき、後ろから威圧感のある声が掛けられた。
「お前ら、どこに行くんだ?」
あ、おわた。
「あ、熊倉先生。こんにちは!」
ゆいが熊倉にいつもと変わらぬように挨拶をする。
俺も首を後ろに動かす、ギギギと油が切れた機械のようにゆっくりと。
「あ、どうもでーす……」
熊倉の顔を見ると、明らかに噴火寸前の顔をしていた。
「お前ら……。まさか学校抜け出すつもりじゃないだろうな」
淡々と、俺達が今からやることを言う熊倉。その威圧に満ちた声を聞くと心臓がきゅっと縮まるような錯覚すら覚える。
「ま、まさかぁー。そんなわけあるわけないじゃないですかー」
何とか起死回生を試みる。しかし、カバンを背負い、靴を履きかけている俺が何を言っても無駄である。
「お前ら、職員室まで来い!」
とうとう噴火した熊倉の顔はまるで鬼のようだ。これは比喩ではなく、本当に鬼のような顔だ。夢に出てくるレベル。
「それは明日でお願いします!」
ゆいが高らかに言うと、俺の手を握って走りだした。
「待てゴラァ!」
ひぃ……。怖いよあの人……。
ゆいに手を握られたまま学校を抜け出し、俺達は駅まで逃げて来た。さながら囚人の脱走のように。
「はぁ、はぁ、はぁ。まさかちょうど熊倉と会うなんてね!」
ゆいは楽しそうだ。
「……臨死体験をした」
「ははは、そうだね」
電車を待っている間に俺達は息を整える。
しかし、今思い返すととんでもないことを俺達は実行している。
学校を抜け出し、ラーメンを食べに行くなど常人には思いつかない発想だろう。
けれど、ことゆいに限ってはあり得る話なのだ。
「こんだけ苦労したんだ。世界一うまいラーメンを食べれなかったらお前を地面に埋めるからな」
「きゃー、怖いー」
笑顔で身を捩じるゆい。怖いと言葉にしてるものの当人はすごく楽しそうだ。
「あ、電車くるよ」
「あぁ……」
減速した電車が俺達の前で止まり、戸が開く。
電車に揺られながら、俺は明日起こるであろう出来事を考えていた。
まず説教は免れないだろう。まず間違いなくいろんな先生に怒られるに違いない。それこそ教頭や校長も出てくるかもしれない。
学校内で収まるとも言い切れない。下手したら親召喚の可能性もある。
ただ、一つわかることがある。どんなに怒られても、どんなに俺たちのやったことが否定されようとも、きっと。
ゆいの楽しそうな笑顔は、明日も絶えないということだ。
いつも降りる駅を飛ばして、俺達は終点まで来た。
学校は田舎にあるが、電車で二十分もすれば市街地にでることができる。
ビジネスホテルが立ち並び、駅前のアーケードは夕方になれば賑やかになる。
大都会には遠く及ばないが、俺達田舎者にとってはこの程度の街並みでも都会に思えてしまう。田舎から出てきた人が東京に行くと上を見上げるというのは仕方ないと思う。だって田舎には電柱より高いものなんてないんだもん。
「なぁ、どこのラーメン屋行くんだ?」
駅近は頻繁にラーメン屋がある。全国的チェーン店から個人営業の店まで。様々なラーメン屋が立ち並ぶ中で、俺はゆいがどこのラーメン屋に行くのか興味があった。
「うーん。適当に歩いて見つけよう」
「え」
まさかのノープラン……。
「ほらほら、時間はたんまりあるんだし。ゆっくり探そうよ」
思わず立ち止まってしまった俺を見据えて、数歩先を歩いていたゆいが振り向き手招きをしている。ったく……、ほんとにこいつは。
それから数分町中を散策し、いろいろな店を回った。ゆいは店の前に立つと、「ここは違うな」
「ここも違う」などとケチを付けながら巡回していた。
俺にとって何が違うのかわからないが、きっとゆいの中には基準があるのだろう。
「うん! ここにしよう!」
言って、ゆいはある店を指さした。
ゆいが指した方を見ると、そこには木造で作られた小さな小屋みたいな店だった。
店の前には『ラーメン』とかすれた文字で書かれている。
「え、ここ?」
「うん」
「まじで?」
「うん」
どうみてもやばい店だ。この店主には悪いが、店の外見は小汚いし、何より第一印象が不衛生だと感じてしまった。これは飲食店としての意識が足りてないのではないかと感じる。
だが、そんな俺の意図とは関係無しに、ゆいは戸を開けた。
ガラガラと歯切れの悪い音が鳴り響く。
「ほら! 行くよ!」
呆気にとられフリーズしていた俺に声をかけ、ゆいは店内へと足を踏み入れた。
はぁ……、とりあえず、腹を壊さなことを願おう。
店内へ入ると、そこには小さな四人掛けのテーブルが三個ぽつりぽつりと並んでいた。店内をぐるりと見渡すと、お昼どきなのも関わらずお客が一人もいない。これだけでも不安なのに、さらに俺を不安とさせる特大の要素が目に飛び込んでくる。
四人掛けの席に腰を掛け、店内にあるテレビで競馬中継を眺めている男性がいる。
頭皮には申し訳程度の髪の毛しかなく、顔面凶器と呼ぶにふさわしい強面のおっさんがいた。
おっさんは俺達が入店したのを見て、睨みつけるように見る。その視線はさながら限界まで引いた弓から放たれた弓矢のようで、みごと俺にぐさりと突き刺さる。
「こんにちはー」
そんな視線を物ともせず、ゆいは店内へとずいずいと足を進める。
俺達を客と見極めたのか、おっさんは重い腰を上げて厨房へと入っていった。
適当に手短にあった席に腰をかける。テーブルも椅子もおんぼろでいかにも崩れそうだ。
「やばそうだぞここ……」
おっさんには聞こえないようにゆいに耳打ちする。
「だからいいんじゃん」
肩を竦め、「わかってないなー」とばかりに呆れた顔をして見せた。腹立つ。
店内を改めて見渡す。良く言えば昭和感漂うレトロな店。悪く言えば時代の流れについていくのが億劫になってただ終わりを待つ店だ。
ぐるぐると店内を目で追うと、おっさんが厨房からお冷を取ってきてくれた。
「……」
「……」
無言でテーブルに置かれるお冷二つ、感謝の言葉でも送ろうかとおっさんの顔を見ると、いまだ俺達を睨め付けるような目をしていた。俺達の制服を見て、どこか怪訝な顔つきを見せる。
それもそうか、今日は平日でお昼時だ。学生であればまだ学校にいるはずだ。
まぁ、聞かれたとしても、短縮授業で早く終わったとか適当にごまかせば済むだろう。このおっさんもわざわざ学校に確認などしないはずだし。
「あんたら、学校は」
淡々と、まるで機械のように人間味のない声が俺達に向けられる。
さっき考えていた言葉を口にしようとした瞬間、それよりも早くゆいの口が開いた。
「さぼりました!」
「ちょ……」
事態を丸く収めるための対策を練っていたにも関わらず、ゆいはそんな俺の考えを踏みにじるかのように遮った。
おっさんの顔を見ると、先ほどより怪訝な顔つきが増していた。もしかして、ほんとに学校に通報とかされるのだろうか。そんな不安が頭をよぎる。
だが、そんな心配は杞憂だったようだ。
「はは、そうか」
なんと、あの強面おっさんが俺達が入店して初めての笑みを見せたのだ。接客業に明らかに向いていないその顔つきが、優しい親戚のおじさんのような顔つきに変る。
「お前らみたいな馬鹿。嫌いじゃないぜ」
「ありがとうございますー!」
「お、おぉ……」
あまりの変化に、俺は驚いた。それこそ今年で一番驚いたレベル。
おっさんは近くにあった席にずどんと勢いよく座る。
「俺も若いころは学校なんかサボって日々遊びに出かけたものさ」
おっさんの目は、俺達を見ているようで、どこか昔の自分を見ているかのような目をしていた。
「よぉし、お前らの度胸に免じてサービスしてやる。餃子一皿無料だ」
「ほんとですか! ありがとうございます!」
どんどん話が進んでいくおっさんとゆい。どうやらお互いに共通点でも見出したのか、出会って数分で意気投合してしまった。
「最近の若者はヘタレばかりだ。お前ら見たいな芯の通った人間こそ人生楽しく送れるってもんだ」
「そうですよね! ルールとかに縛られてたら楽しくないですもんね!」
「はは、嬢ちゃんとは気があうな」
「いやー、おっちゃんが面白いからだよー」
改めて、俺の幼馴染のゆいという人間のスペックの高さに戦慄する。常人を超えた圧倒的なコミュ力を前に、ゆいと接する人間は笑顔が伝染しその場の空気が和む。それは才能だろう。
「で、注文は何にする」
「あ、じゃあ私味噌で」
おっさんはメモなどを取ることもなく、こくんと一度頷いた。それから視線は俺へと向けられる。
「お前は」
「あ、じゃあ。醤油で」
「あいよ」
また一度頷くと、おっさんは席から立ちあがった。厨房へと向かう途中何かを思い出したように机に戻り、テレビのリモコンを俺達に渡した。
「高校生に競馬の中継はつまらないだろ」
気さくに、小さな微笑みを浮かべておっさんは厨房へと去っていった。
「いい人じゃん」
安心したように、ゆいは胸をなでおろした。
「ホントに、よかった……」
対する俺は席からすべり落ちそうなほど体の力が抜けるのを感じた。一瞬ではあるが、本当に学校に通報されるかと思った。
ゆいはおっさんから渡されたリモコンをポチポチと操作し、お昼のバラエティー番組にチャンネルを変えた。テレビには芸人やら俳優たちがわいわいと盛り上がっている。
この店自体は静寂に包まれているも、先ほどのやりとりからか少し温かい空気で満ちていた。
それからしばらくして、おっさんが器用に二つの器を掲げて俺たちのテーブルへと置いた。
味噌と醤油。どこのラーメン屋でもある見た目だが、なぜか未知なる魅力を感じる。
「いただきまーす!」
「いただきます」
「あいよ」
蓮華をとり、まずはスープをすする。黄金に輝くような錯覚すら覚えるスープを口で遊ばせ、ごくりと飲み込む。次第にあふれる幸福感。かつて味わったことのない高揚感。
うまい! これは、うまい!
スープを一口すすっただけでこれほどの感動。スープを絡めた麺を食したとき、俺はどうなってしまうのだろうか。見当もつかない。
「うまぁい!」
ゆいが歓喜に満ちた声を上げる。
「うまい」
俺も、知らずとして口に出していた。脳内で収まりきることのできないほどの味覚情報が、脳内では処理できずそのまま言葉として漏れてくる。
「当り前だろ。俺が作るラーメンは世界一だ」
傲慢にも、おっさんはそう淡々と告げた。
ただ、このラーメンを前にしては、そんな傲慢な態度でさえも受け入れられる。むしろおっさんが謙虚なまでにも感じる。
この尋常なまでのうま味は一体なんなのか。それがわからかった。
「ごちそうさまでした!」
「ごちそうさんです」
「あいよ!」
俺たちがスープも残さず完食したのを見て、おっさんは今日一番の笑顔をして見せた。
その優しい親戚のおじさんみたいな店主に、感謝の言葉を述べて店を出る。
「ありがとうございました」
「またね、おっちゃん!」
「あぁ、また学校サボったときはうちに来い」
おっさんは優しい微笑みを浮かべて俺達を見送った。
今ではあの小汚い小屋が、どこか名店のように感じてしまう。もっと外装と内装をしっかりと掃除すれば客足も伸びると思うのだが。けれど、この小屋で食べるラーメンからこそのラーメンというか、なんて言うかこの景観だからこそラーメン自体の味の良さが伝わったのかもしれない。
「どうだった?」
「世界一うまい」
「だろだろー」
歩道を歩きながら、ゆいは手を頭の後ろで組みご機嫌のようだ。
そんなゆいを見て、俺もどこか嬉しく感じる。
「学校サボって食べるラーメンは美味しいだろぉ!」
「そうだな、めっちゃうまい」
学校をさぼった緊張感と背徳感。これらがあのラーメンをよりうまく感じたのだろうか。
もし普通に休日あのラーメンを食べたとしても、今日の感動をまた味わうことができないのだろうか。
多分、出来ないのだろう。
今日だから味わえる至高のラーメンだったに違いない。
今日にしかできないこと、今日にしか感じることのできないこと、俺たちの日常には常に今日しか味わえない特別な何かが流れていくのだ。
それに気づかず、ただ流れているのを見ているだけでは人生を面白くは出来ないのだろう。
どちらかと言うと、俺はただ流れていくのを見ている人間だ。
しかし、ゆいは違う。
ゆいは自分からその今日にしかできない特別な何かに突っ込む。幼馴染という関係性を持っていることから俺も振り回されれることが多いが、ゆいと出かけた日の夜は、「楽しかった」と思いながら寝むることができる。
だから、俺はゆいに感謝しているのかもしれない。
表には出さないが、今俺がこうして楽しく人生を送れているのはゆいのおかげだ。
もちろん明日には今日の報復が返ってくる。こっぴどく怒られるだろう。
でも、怒られることなんてどうでもいいと思えるぐらい。
今日は、楽しかった。
ゆいの横顔は、とても満足そうだ。