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粘土を重ね合わせ、模様を描いて土器の形に成形した後は、釜で数日にわたって焼くことになる。釜焼きをムラの別の人間に任せ、トモエとイチコは祈祷場に戻ってきた。
祈祷場に入ると、すだれの奥がなんだか騒々しい。何事か、とトモエとイチコは声をひそめて様子をうかがった。男と女がささやくように話している声が聞こえる。
「いけません、このようなことをしては」
「なぜじゃ、わらわはもう、我慢できん」
「神の御前ですよ……!」
「案ずるな、このような神前、ただの飾りじゃ。わらわは心で神とつながっておる」
「でも、ムラの人にバレたら――」
「構わん。祈祷師じゃ巫女じゃと言われても、その前にわらわもひとりのおなごじゃ。そなたも知っておるじゃろう、わらわのそなたに対する気持ちを――」
「それはそうですが……」
「そなたも気持ちは同じはずじゃ。さあ、わらわを強く抱きしめてくれ。この唇に接吻してくれ――」
トモエとイチコは祈祷場の入口で会話を聞きながら、びっくりした顔を見合わせた。大変な場面に遭遇してしまった。声や口ぶりからしても、女の方がマオであることは間違いないだろう。それに、男の方の声も聞き覚えがあった。しかし、マオとムラの男性がこのような関係になっているなど、トモエはもちろん、イチコも知る由もなかった。
突然、ミシッ――という音が室内に響いた。イチコが無意識のうちに、踏み出した足のせいで、木の床がきしんだのだ。
「――誰じゃ!?」
マオがさっとすだれをあげ、こちらを睨んできた。すだれの奥にいたのは、マオとそれから、イッキだった。
「イチコ――に、トモエ?」
マオは驚いた表情をした。イッキは緊張した面持ちでトモエたちを見つめていたが、やがてがたりと立ち上がり、
「すみません、失礼します!」
と急いでトモエたちの横をかすめ、祈祷場を出て行った。
「……恥ずかしいところを見られてしまったの」
マオはトモエとイチコから顔を逸らして言った。先ほどの熱が冷めやらぬのか、顔が紅潮している。
「マオさま、ごめんなさい!」
イチコはマオの前にひざまずき、頭を低くして言った。
「でも、決して覗くつもりはなかったんです。たまたま見てしまっただけなんです」
マオは穏やかな口調で言った。
「謝らずともよい。もともと、わらわの不遜なのじゃから」
「イッキさんのこと、好きだったんだね」
トモエが言う。マオは観念したように目を閉じた。
「そうじゃ。わらわとイッキは想い人の関係にある」
「知らなかった」
トモエは、その事実に驚いた。しかし、意外だとは思わなかった。むしろ、マオとイッキは、ムラの中でもこれ以上にない組み合わせだと思う。
しかし、マオはそんなトモエの印象とは裏腹に、こう言った。
「トモエよ、今日見たことは、ムラのみんなには内緒にしといてくれぬか」
「……うん、別に言う気もないよ」
人のことを別の人間に吹聴するような趣味はない。トモエにとってはただそれだけの気持ちだった。しかしマオは、
「ありがとう――」
と今にも泣きそうな顔で言った。
トモエとイチコはそれから祈祷場を後にした。ふと、イチコが言った。
「祈祷師としてムラを納める立場の人は、恋愛しちゃいけないの。まして、結婚なんてもってのほか」
「どうして?」
「異性と交わると、神と通じる能力が失われてしまうって言われているの」
「本当なの?」
「そんなワケないよ。このムラに伝わる、ただの迷信」
「だよねえ――」
マオやイチコのいう神と通じる力の実体は、ユメのセカイにつながる能力であると、トモエは気づいていた。それは、もともと生来の能力であり、失われるようなものではない。
「でも、もしこのことがムラの人たちにバレたら、ふたりはムラのしきたりを破ったことになる。どんな罰が待っているか」
「そんな――ひどくない?」
「それがムラのきまりだから」
「イチコはそれでもいいっていうの?」
「――いいわけないよ」
イチコの口調は、穏やかだが、怒気を含んでいた。
「マオさまは、生まれたときから特別な能力があって、ムラを納める立場になる人間として扱われてきた。でも、それって普通の人にとってはあたりまえのことができないってことでもあったの。私、マオさまが大好き。幸せになって欲しい。でも、今の境遇は、マオさまにとって、ぜったいに幸せとは程遠いところなの」
先ほど、マオがトモエに泣くほど感謝した理由が分かった。マオの置かれている状況はとても複雑なのだ。人々に崇められている分、人としての自由や幸せを奪われている。友達を作ることもままならなければ、恋をすることさえ許されない。その上、自らの願望を優先させてしまえば、自分だけでなく、その相手にまで火の粉が及んでしまうのだ。
(私が、マオのために、できることはあるだろうか――)
トモエは考えてみる。友達として、力になれることはないか――しかし、何も策は浮かんでこなかった。トモエは何もできないもどかしさを感じた。