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 宴は盛大に行われた。

 夜だというのに、たいまつがいくつも灯されて、辺りは煌々と明るい。木の丸太を椅子がわり座って、酒や肉を豪快に食らう男がいれば。そばにかしずいて、酌をする女もいる。それぞれが思い思いの行動で、宴を楽しんでいるようだった。

 トモエも丸太に腰を下ろしていた。が、どうにも馴染めない雰囲気に、もじもじしていた。


「おう、姉ちゃん、隣いいか?」


 ふと声をかけられた。見上げると、ひげ面で恰幅のいい男が、左手に肉、右手に酒瓶を持って立っている。トモエがうなずくと、男はトモエの隣の空いている丸太に座った。


「姉ちゃん、飲んでんのか」


 トモエは首を横に振る。


「未成年だもの、飲めません」


「はん? 年はいくつだい」


「14です」


「14っていやあ、もう十分に立派な大人じゃねえか!」


 男は言う。トモエの時代と、この当時の時代では、成年という歳の概念が違うのだろう。男は近くの女に言って、椀をひとつ取ってこさせた。それをトモエに手渡し、酒を注ぐ。


「ぐっ、といきな。ぐっ、と」


 トモエはしばらく白く濁る椀の中の液体を見つめていたが、意を決したようにぐっ、とそれを口に含んだ。その瞬間、口内がぴりっと沁みて、思わず酒を吐き出してしまった。ムラの人たちに捕まり転がされた際にでも、口の中を切ったらしい。男はあきれた顔を浮かべた。


「なんだてめえ、だらしねえなあ。しっかりしねえか! 俺なんざ、おまえさんぐらいの歳には、酒もやれば女も2, 3人食ってたぜ」


 男はガハハハ、と下品な笑い声をあげながら、トモエの背中をばしばしと叩いた。変な人にからまれたなぁ――と、トモエは少し困ってしまった。もしかして、女の子ということも忘れられているのではないかとさえ思えてしまう。


「ちょっと飲みすぎじゃないですか」


 そこへ、別な男が声をかけてきた。男は「あん?」と眉を曲げ、目の前に立つその人を見上げる。


「なんだぁ? 文句あるっていうのかよ。勝利の美酒に酔って、何が悪い。俺は、敵の首を10人ばかし刎ねてやったんだぜ」


「そういうことを言うものではありません。敵とはいえ、相手も同じ人間です。そのことを忘れちゃいけませんよ」


「――けっ、おまえさんといたら、酒がまずくならぁ」


 男は仏頂面を浮かべて立ち上がり、立ち去った。その場にその人は座った。細身で顔立ちの整った青年だった。


「すみませんね。彼も、決して悪い人ではないんですが。戦の緊張が続いたのとお酒のせいで、少し舞い上がっているのかも知れませんね」


「いえ――あなたは?」


「私の名はイッキといいます。トモエさん――といいましたね」


 イッキと名乗る青年は訊いた。


「ええ」


「マオさまの友達になってくれたんですよね」


「はい」


「嬉しく思います。マオさまは、生まれながらに神と通じる特別な力がおありで、幼いころから巫女として、ムラを納める立場になりました。それが故に、ムラの人たちとあまり接する機会がなく、同い年のご友人もいません。でも、本人はそのことをとても寂しがっていたようなのです。ですから、トモエさんのような同じ年代の方が現れて、あの方も喜んでいると思います」


「マオからも同じことを言われました」


「そうですか。ところで、トモエさん、他のムラ人たちからは自己紹介はされましたか」


「いいえ、マオとイチコとあなた以外には」


 先ほど隣に座っていた男からは、名前は聞いていない。酔っていたし、言うのを忘れていたのかも知れない。


「そうですか――」


 イッキはきょろきょろと辺りを見回し、ある方向に向かって指をさした。指の示す先には、ムスッと気難しそうな顔でひとり酒をあおる坊主頭の男の横顔が見えた。トモエを殺そうとした男だ。


「まあ、他のムラ人たちともおいおいお近づきになれると思いますが――まずはあそこにいる人くらいは知っておいた方がいいかも知れませんね。彼が、このムラの首領であるイゾウさんです」


 首領と聞いて、なるほどな――と思った。森で男たちに逢った時も、イゾウという男は先頭を歩いていた。戦をはじめ、ムラのさまざまなことを先導する立場なのだろう。

 イゾウはトモエとイッキの視線に気づいたのか、ふとこちらを向いた。しかし、すぐにケッと顔をしかめて、そっぽを向いてしまった。


「――おやおや。あの人は頭もキレるし行動力もあるのですが、少々思い込みが強いのが玉に瑕ですね。まあ、物分かりの悪い人ではないですし、そのうち分かってくれると思いますよ」


 イッキはやさしい口調で言った。トモエは分かってます――というふうに、イッキの目を見てうなずいてみせた。イッキは安心したように、トモエに笑顔をみせた。


「では、僕はこれで」


 イッキは席を立ち、歩き去っていった。トモエは、いい人そうだな――と思いながら、しばらくその後ろ姿を眺めていた。


「トモエ」


 ふと、イチコの声がする。トモエは声の方を向いた。


「イッキさんと話してたの?」


「うん」

 と、トモエはイチコの問いに短く答える。


「イッキさんね、とってもいい人だよ」


「そんな感じした」


「ムラの人たちからの人望も厚いし、マオさまも一目置いているみたい」


「へえ――」


 トモエは辺りを見回し、宴の様子を眺めた。わいわいと盛り上がって、おおかた楽しそうに見える。しかし、よくよく見れば、沈んだ顔をしている人間もいた。


「この宴は、戦勝祝いで開かれたものだと聞いたけれど」


 トモエは再び口を開いた。


「うん? そうだね?」


「でも、犠牲になった人もいるんだよね。もちろん、ムラの中には、その家族が残されたままで」


「……それはみんな、分かってることだよ」


 イチコは少し声のトーンを落として言った。


「でも、宴の間はそのことは言わないというのが、暗黙のルールなの。決して犠牲になった人をないがしろにするということじゃなく、むしろ、祝いによって彼らの栄誉をたたえるという意味でもある。そして、その間、その悲しみを一手に引き受けるのが、マオさまなの」


「マオが?」


「マオさま言ってたでしょ。犠牲になった人たちのために、祈るって。こういうことがあった時はいつもそう。ムラの人たちが勝利を喜び合っている間、マオさまはひとりで願うの。犠牲になった人たちの魂が、迷わず神の御許に行けるように――って」


「そうなんだ」


 イチコは夜空を見上げながら、ぼんやりとこんなことを言った。


「……それにしても、なーんか不穏な空気が漂う夜だなぁ」


「そう? どうしてそう思うの」


「なんとなく――だよ。マオさまの付き人をやっているせいか、私にも空気の流れとか、予感めいたものが感じられるようになってきたのかもね――」


 イチコはえへへ、とはにかんだ笑顔をトモエに向けた。


「ま、気のせいだと思うけどね。私、マオさまみたいに神とつながる力がもともとあるわけじゃないし。――本当に、何も起きなきゃいいんだけどなぁ」


 イチコはやはりぼんやりと呟いてみせた。トモエはイチコのように、空を見上げてみる。雲ひとつない夜空に、満天の星が広がっていた。街灯やスモッグにまみれたトモエの住む世界ではなかなか見られない光景だ。奇麗だな――とは思えど、イチコのいう不穏な空気は、トモエにはとうてい感じられなかった。




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