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 イチコに連れてこられたのは、集落の奥の方にある高床式の建物だった。

 中に入ると、夜にもかかわらず中は火の光で明るかった。がらんと広い部屋の中にすだれが掲げられ、その向こうに誰かがいることが分かる。

 イチコは戸を閉めると、部屋の中を歩き、すだれの前に正座をした。トモエもそれにならい、イチコのすぐ後ろに座る。


「マオさま、連れてまいりました」


 イチコが言うと、すだれの奥に控える人物はすっと立ち上がり、こちらに向かって歩いてくる。すだれがさっと開いて、中の人間が姿を現した。

 それは、イチコと同じように白い着物と朱の袴を身につけた、髪の長い少女だった。頭に輪っかのアクセサリーをつけ、手には大きな木の棒の周りに細い布をたくさんあしらった大幣を持っている。背格好や顔つきからして、トモエと同じくらいの年齢のようだ。しかし、全身から醸し出される高貴な雰囲気、達観したように目を細め微笑みを浮かべるその表情には、年齢よりも大人びた風格があった。


「ムラの人間が大変な失礼をしたの。許してくれ」


 と、少女は言った。


「……あなたは?」


「わらわはマオ、このムラを治める祈祷師じゃ。そなた、名前は?」


「鶴洲トモエ」


「トモエ――か。よい名じゃ」


 マオと名乗る少女は言った。


「なぜ私のことが分かったの?」


「神のお告げがあったのじゃよ。――それより、トモエとやら」


 マオは、トモエの方へとずずいと詰め寄りながら腰を下した。はつらつとした表情を浮かべ、目をらんらんと輝かせながらトモエを見つめる様には、先ほどの大人びた雰囲気とは対照的に、年相応の少女らしさがにじみ出ていた。


「わらわはそなたにとても興味があるぞ。教えてくれ、そなた、どこから来た? この辺りでは見ない、珍しい身なりをしておるの」


 トモエは自分の格好を見回した。むろん、トモエの住む現代ではごくごく一般的な服装だ。けれど、改めて見ると、泥に汚れ、ぼろぼろになっている。さっき男たちに捕まった時、地面に転がされたためだろう。このTシャツお気に入りだったのに――とトモエは残念に思った。


「どこから――って」


 トモエは答えに迷った。未来、異次元、別の宇宙――思い当たる言葉はいくつかあったが、言ったところで相手に分かるとは思えないし、トモエ自身もよく分かっていない。


「まあよいわ。では、そなた、これからどこに行くのじゃ」


「…………」


 これにも答えられない。当然である。突然、この世界に送り込まれたのだ。行くあてなど、あるはずもない。


「行くあてがないのか? ならば、このムラでしばらく暮らさんか。できたら、わらわの話し相手になってくれ」


「話し相手?」


「わらわはのう、この祈祷場からあまり外に出られんからの。なかなか人と接する機会が少ない。いつも一緒にいてくれるのは、このイチコくらいのものじゃ。じゃから、わらわと心を通い合う――友達が欲しいのじゃ」


「その程度でよかったら、ぜんぜん構わないよ」

 と、トモエは答えた。マオの顔がぱあっと明るくなった。


「本当か? 嬉しいぞ」


 マオはにこにこと笑顔を浮かべた。はしゃぐさまは、やはり子供らしいかわいさが残る。


「……さて、そろそろ行くとするかの」


 マオはすっくと立ち上がり、トモエの横を通って戸の方へと歩いてゆく。


「どこに行くの?」


 トモエの問いに、マオは立ち止まった。


「このムラに住む者たちのところじゃよ。男どもが戦いに出ておったのじゃ」


「あの人たちは、戦をしていたんだね」


「そうじゃ。その帰りに出くわしてしまったのだから、そなた運が悪かったの。しかし、奴らはそれだけ命を賭して頑張ってくれたのじゃ。奴らの労をねぎらってやらんとな」


 マオはトモエを振り返り、薄い微笑みを浮かべながら言った。


「そうじゃ、トモエも一緒に来い。ムラの連中に、そなたのことを紹介してやろう」






 先ほどの場所に戻ると、人々のがやがやという喧噪が広がっていた。

 しかし、マオがやってきたと分かると、みな一斉に静まり返った。マオは人々を見渡し、高らかな声で言った。


「戦に出ていた男たちよ、ご苦労であった。隣のムラがわがムラを乗っ取ろうと謀略したがため、大変な事態になってしまったが――こちらが勝利したことは、神よりお告げがあった。もっとも、正義はこちらにある。勝って当然じゃ。

 しかし、戦の中で多くの仲間が傷ついたり、死んでしまったりしたことは、悲しく思う。傷ついた男どもは、手厚く手当てしてやってくれ。尊い犠牲となった仲間たちは、無事に魂が神の御許に行けるように願ってやまん。そのために、わらはは、今宵は朝まで、神に祈ろう」


 トモエは思い出した。男たちに連れられて連れてこられた時、ムラの中で喜ぶ人と悲しみに暮れる人がいたことに。それは、戦から無事生きて帰れた男と、犠牲になり死んでしまった男がいたためだったのだろう。

 ムラ人を見ると、涙を流し、マオに向かって手を合わせる人もちらほらあった。きっと、戦で家族を亡くした人だちだろう。マオはそのような人ひとりひとりに、慈愛の満ちた優しげなまなざしを向けていた。

 それから、マオはひと呼吸おいて、切り替えるように話を続けた。


「あと、みなに伝えておきたいことがある」


 マオは隣に立つトモエを手で指した。


「わらわの隣にいるこの者のことじゃ。名をトモエという。たった今、わらわのかけがえのない友となった。しばらくここで暮らすことにもなろう。ムラのみなも、トモエにはよくしてやってくれ。以上じゃ!」


 ムラ人たちからは少しばかりどよめきが聞こえたが、すぐに収まった。人々からどう思われるのかと、トモエは内心不安だったが、どうやらそこまで心配しなくてもよさそうだ――と胸をなでおろした。マオはそれから、トモエの方を向いた。


「トモエ、これからムラの者たち全員で、宴を開く。そなたも参加するがよかろう」


「宴?」


「こたびの戦の勝利祝いじゃ。このムラでは戦が終わると、毎回宴を開くきまりになっておる。戦いから帰った男たちをねぎらう意味も込めてな。そなたには、ここの者たちと仲良くなれるきっかけにもなろう。案ずるな、みな気のいいやつらばかりじゃ」


「分かった。マオは?」


「わらわは、祈祷場に戻って、神に祈りを捧げる。イチコは残るから、心配しなくてもよいぞ」


 マオはひとり、祈祷場へと戻っていった。




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