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しばらく行くと、大きな木製の塀が見えてきた。一画が門であり、厳重に閉められている。
「おおい、帰ったぞ!!」
男が叫ぶ。一拍置いて、ギギギギ……という軋む音とともに、重そうな門がゆっくりと開いていった。
塀の中には、たいまつが灯り、方々に建物が立ち並ぶ。どこかの集落のようだ。一行が門の中に入ると、再び門はギギギと音を立てて閉まった。
「戻ったぞ!」
男は空気が震えるほど大きな声で叫んだ。すると、方々から、女子供がこちらに駆け寄ってきた。ある
男の姿を見て喜び、互いに抱き合う者もいれば、不安そうな面持ちで、しばらく一行の顔ぶれを探り、しまいには力なくその場にひざまずいて泣きだす者もいた。
歓声と泣き声が混じって、辺りはしばし騒然としたが、
「みなの者、静まれ!!」
という男の声に、周囲は嘘のように静かになった。
「気を緩めるのはまだ早い。戻る際中、敵のスパイと思われる人間を捕えた」
男は縄を引っ張り、縛られているトモエを地面へと転がした。
「わが一族に多大な犠牲を負わせた罰だ。みせしめに、今この場で殺してやる!」
周囲から、ワアッ、という歓声があがった。男は再びゆっくりと剣を抜いた。
(え、え、えっ……、私本当に殺されるの!?)
トモエはようやく状況の整理がついてきた。しかし、時すでに遅し。今まさに、自分は殺される寸前にある。
(星夜、なんて場所に私を連れてきたの!? 殺されたら、化けて出てやる!)
星夜を信じていた気持ちも、どこかに吹き飛んでしまった。思えば、不遇な人生を歩んできたものだ。母親が死に、義母やクラスメイトにもいじめられ、やっと心許せる人ができたと思ったらその人にも裏切られた。こんな人生だったのか――と思うと、やるせない気持ちになってくる。
男が剣を振り上げた。もうおしまいだ――とトモエは目をつぶった。
その時――、
「待ってください!」
どこかから声がした。細いがよく通る、少女のような声だった。
見ると、集団の向こうに、ひとりの少女が立って、しっかりとこちらを見ている。純白の着物をまとい、朱色の袴を履いていた。周囲の他の人々よりも清楚な印象を受ける。
「待てとはどういうことだ!?」
男は少女に向かって叫んだ。
「その人を殺してはダメ!」
「なんだと?」
「その人は、こちらで引き取ります」
「コイツは敵のスパイだぞ!」
「違います!」
「なぜ分かる!」
「マオさまのお告げです!」
少女がそう言うと、男は黙った。男は不服そうに顔をゆがめながら、しばらくトモエをにらみつけていたが、やがて剣をしまうと「フン」といって去っていった。他の人間たちも、ぞろぞろとトモエのも周りから離れてゆく。
(た、助かった……?)
トモエは全身の力が抜けるのを感じた。
「大丈夫? 怖かったでしょ」
少女はトモエの方へと歩み寄り、トモエを縛っている縄をほどき始めた。トモエは首を動かして、少女の方を見た。年の頃からして、10才程度だろうか。
「あなたは?」
「私はイチコ。このムラの住人だよ」
「ムラ? ……ここはいったいどこなの」
「詳しい話はあと。とりあえず、あなたをマオさまのところへ案内するね」
イチコと名乗る少女は縄をほどく手を休めずに答えた。
「……マオさま、って?」
縄がほどけ、トモエは自由になる。イチコはふぅ、と一息ついた。
「私が付かせてもらってるお方。とってもいい人だから、心配しなくていいよ」
イチコは屈託のない笑みを浮かべて言った。