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ここは人の夢や感情が形となったユメのセカイ。
現実世界の物質が入り込めないこの世界には、通常の人間は来ることはできない。しかし、ごく一部の人間――この世界と心をつなぐことができる者だけが、夢を通じてこの場所に入り込むことができた。
そんな世界に、トモエは魔力を使って、毎日のように来ているのだった。かけがえのない友達に会うために。
「古代の遺跡?」
目の前の少年・平沢 星夜は言った。この世界の住人であり、トモエがしょっちゅう会いにきている相手でもある。
トモエは星夜に図書館でのことを話したところだった。インターネットで見た例のニュースに妙に興味をひかれたこと。そして、それが自分の社会科の課題の題材になってしまったこと。
「それは確かに、面白そうだね」
「でも、未だによく分からないんだよなぁ――」
トモエは顎に手を当てて言った。
「何が?」
「どうして、あんなにあの記事に惹かれたのか」
「ふむ――、もしかしたらそれは、トモエが本能的に感じたことなのかも知れないね」
と、星夜。
「本能?」
「君の魔法少女としての血、とでも言おうか」
「意味がよく分からない」
「僕にもうまく説明はできないけれど――、そのニュースがトモエにとって大きな意味をもつものだと、君自身が教えたのかも。或いは天からのお告げなのか」
「……そうなのかなぁ」
自分自身が教えたにしろ、天からのお告げにしろ、星夜らしくない発言だとトモエは思う。しかし、納得はできないまでも、考えてみれば確かにそう考えた方が辻褄が合うような気もしてきた。
「とにかく、あのニュースの内容について掘り下げないといけないんだけど」
トモエは悩んでいた。現段階で、あの記事以外に資料はないのだ。最近のニュースであることを考えても、書籍等で参考にできる資料が見つかるとも限らない。そんなトモエに対して、星夜は少年らしい微笑みを浮かべて言った。
「夏休み体験学習といってみるかい?」
「……へ?」
「トモエが望むなら、その世界に連れて行ってあげるよ」
「行けるの?」
「ついてきてごらん」
星夜は椅子から立ち上がり、何もない真っ白な空間へと歩いた。トモエはそれに従う。
星夜はその空間へと手をかざした。すると、真っ白な空間からまばゆいばかりの赤色の光が、稲妻のようにスパークした。トモエは思わず目を閉じた。次に目を開けると、何もなかったその空間に、大きな扉がぽつりと、立っていた。
「……これは?」
「この扉の先に、トモエの望む世界があるはずだ」
「どういうこと? いったい何をしたの?」
「僕らのいるこの空間の向こうは、もっと高次元の宇宙が存在している。それは、ひものような物体で構成される宇宙で、そのまた向こうには、僕らの生きるような世界と近しい次元の宇宙が存在する。つまり、高次元の宇宙が、僕らが生きる宇宙を含めた複数の低次元の宇宙を束ねるような形で存在しているんだ。さっき僕がやったことは、高次元の宇宙とリンクして、空間をねじ曲げ、別の時空をもつ宇宙とこの空間につないだんだ。この扉をくぐれば、君は別の時空の世界に行くことができる、というわけさ」
「……タイムトラベルができるということ?」
「似ているけれど、実はちょっと違う。タイムトラベルというのは、飽くまでこの世界の時空を行き来するという概念だろう。でも、扉の先の世界は、本来この世界とはつながっていない。言うなれば、パラレルワールドというところかな。でも、おそらく僕らと同じような世界が存在して、僕らと同じように人々が生活しているはずだ」
「行ってみなきゃ、ってコトだね」
「気が進まないなら、やめてもいいんだよ?」
星夜は念を押すように言った。けれども、トモエは首を横に振る。
「ううん、行ってみるよ。この先に、どんな世界があるのか」
星夜がすすめるのだから、きっと大丈夫だ、という思いもあった。トモエは扉のノブに手をかけそれを開く。真っ黒な空間に、ひらひらとしたひものような形状の光が無数に漂っていた。トモエは星夜の方を見た。
「じゃあ、行ってくるよ」
「行ってらっしゃい」
星夜の笑顔に見送られ、トモエは扉をくぐった。扉の向こうは、台地もなく、彼女は空間に浮かぶような形となった。刹那、突風が吹いたように、無数の光がトモエの方に向かって迫ってきた。まるで、トモエ自身が、ひとつの方向に引っ張られているようだ。やがて眼前に一点の丸い光が見え、徐々にそれが大きくなって、トモエの身体を覆わんくらいの大きさになった。トモエは恐怖を覚えた。本来触れてはならないものに直面したような気がした。けれど、逆らうことも敵わず、トモエはその中に吸い込まれてゆく。
(きっと大丈夫。星夜が誘ってくれたのだから――)
トモエはそう自分に言い聞かせた。
気づけば、トモエは真っ暗な空間にたたずんでいた。ふと、地に足がついている感覚に気がついた。暗闇に目が慣れてくると、周囲には木々が欝蒼と生えている。どうやら森の中のようだ。
(ここはどこ? どうして私、こんなところに……)
ふと、ガヤガヤという音が、遠くから聞こえてきた。見れば、遠くの方から、火がいくつか見えた。人々の集団が列をなし、こちらへと歩いてくる。何人かはたいまつを持っていた。
トモエはその場所にただ呆然と立ち尽くしていた。やがて、行列はトモエの近くまでやってきた。それは、槍や剣で武装した男の集団だった。いずれの男も泥にまみれ、血を流している者も幾人かいる。どこか、ただならぬ気迫を感じた。
突然、先頭に立つ坊主頭でひげ面の男が、険しく表情を変え、トモエへと迫ってきた。腰の剣を抜き、その切っ先をトモエの眼前へと突き立てる。
「ひえっ!」
トモエは情けない声をあげ、その場に座り込んでしまった。
「貴様、何者だ!! 怪しい奴め」
男は言った。
「あ……あ…………」
「質問に答えろ!」
男はすごんだ。しかし、いきなり刃物を向けられては、恐怖でまともに話せるはずもない。おまけに、男にはただの脅しでないと分かるくらいの気迫があった。
「妙な格好だな」
「敵のスパイかも知れねえぞ」
その男の後に続いていた男たちが口々に言う。
「今、この場で殺してやろうか」
刃物を向ける男は、何かを噛みしめるような口調で言った。その後ろで、
「いや、ムラに連れ帰ってみせしめにしてやった方がいいぞ」
と声がした。
「それもそうだな……」
男は剣を腰に戻し、後ろを振り返って叫んだ。
「おい、コイツを縛れ! 村に連れて帰りみせしめに殺してやる」
トモエはなす術もなく縛られ、男どもに連れられた。
(何? いったいどうなっているの!?)
トモエの頭の中はパニック状態だった。