1
1
日差しが強くなり、蝉の声もそろそろ本格的に聞こえだそうかという、初夏の午前中。
鶴洲トモエの通う市立J中学は、修了式を迎えていた。
体育館での全校集会の後、生徒たちは各々の教室に戻り、担任から夏休み期間の過ごし方や注意事項などの説明がある。とはいっても、ほとんど毎年聞いている話であり、とりわけ注意して聞かなければならないものでもない。おさらい程度に軽く耳に留めておく程度で構わない。
担任の話が終わり、クラス全員で起立・礼が終わると、あとは解散となる。
明日から、1ヶ月半に及ぶ夏休みだ。
トモエは担任から配られたプリントをファイルに入れ、かばんにしまって、さあ帰ろうと立ち上がった。その時、
「鶴洲さん」
ふと声をかけられた。見ると、クラスメイトの金子由梨だった。
「金子さん、どうしたの?」
由梨は微笑みを浮かべながら言った。
「鶴洲さん、夏休みの予定はあるの?」
「今んとこないよ」
トモエはそう答えた。家族で旅行に行こうという話もない。もっとも、あの人 (父の再婚相手) と一緒に旅行するなんて、こっちも嫌だ――とトモエも思っている。
「そう――じゃあ、明日とかって空いてるかな」
「明日?」
「うん。鶴洲さんは夏休みの宿題は、早めに終わらせるタイプ?」
「もちろん」
と、トモエは答える。というよりも、宿題を後々までずるずる引き延ばすことの方が、トモエには理解できなかった。夏休みの宿題は、早めに終わらせなさい、とトモエは亡くなった母親から言われてきたし、それが当然だと今でも思っていた。
「社会科の宿題あるでしょ」
「この街の歴史について調べてまとめる、ってやつね」
「明日、図書館で一緒に調べない? ふたりでやった方が、色々相談もできるし、はかどるでしょ」
「まぁ――いいよ」
「よかった。じゃあ、明日10時に市立図書館で待ち合わせでいい?」
「分かった」
「じゃ、また明日ね」
由梨はそれから、女子数名で固まっているグループの方へと歩いていった。自然な感じで輪の中に入り、楽しげに話している。どこかに遊びに行く話でもしているらしい。
由梨はトモエと違い、クラスの中でも人気者で、常に輪の中心にいた。
トモエはかばんを担ぐと、そのまま教室を出た。
翌日、トモエと由梨は、図書館で落ち合った。
「今からいったん解散して、各自で調べてみる。ツールは本でも、新聞でも、インターネットでも何でもOK。12時に食堂に集合。お昼を食べながら調べた内容を発表し合う。みたいな流れでどう?」
と由梨は提案してきた。トモエは「いいよ」と答えた。
「じゃあ、さっそく調査開始ね」
トモエは本棚から郷土史関係の本をいくつか取り出して、席に着いた。まずはネタ探しだ。ひとくちに街の歴史といっても、色々ある。時代によって、文化も、人々の暮らしも、事件や出来事も違う。どの時代にスポットを当てるかで、今後の調査の大きな分かれ道となるだろう。あえてひとつに絞らず、いくつかめぼしいものを見つけておいて、その中から一番よさそうなものを選ぶのがいいいかもしれない。由梨どの時代のどの出来事をピックアップするのかも分からないのだ。
本をざっと読んでみて、ポイントとなりそうな部分はメモを取ってゆく。
「うーん……」
しかし、トモエは首をかしげてしまった。これだ、と思えるものが見つからない。調べてみると、この街にも色々な文化や歴史があって、それなりに面白いのだが、特筆して紹介したいと思えるような突出したものに欠けるのだ。
(もう適当に選んじゃおうか。でも、金子さんがどんなテーマを選ぶか分からないしなぁ)
手を抜いて、自分の調査が由梨のそれより劣ってしまうのも嫌だし、由梨をがっかりさせてしまうような気もする。せっかくなのだから、しっかりとしたものを出したい。
結局、テーマをひとつに絞ることはできなかった。ただ、それなりにみっちり調べたつもりであり、ネタとなりそうなものはいくつもあった。由梨の前で発表しても恥ずかしくないだろうと思える。
食堂で由梨と落ち合う。券売機で食券を買い、カウンターでおばちゃんにそれを渡す。トモエはオムライス、由梨はハヤシライスを受け取り、トレイを持って席についた。
「なんかよさそうなネタあった?」
ハヤシライスを食べながら、由梨が訊いてくる。トモエはスプーンを動かす手を止めた。
「うーん……あるにはあったけど」
「これというのがなかった?」
「どうして分かるの」
「私もそう感じていたから」
「……なんか、決め手がないというか」
「分かる分かる。つまらないわけじゃないんだけど、なんかありきたりだしね」
「空襲に遭ったって話とかは、他の人が取り上げそうだし。どうしたもんかな」
トモエも由梨も、せっかく調べるのだから、とことん掘り下げたいと思っていた。それに、他のクラスメイトが取り上げるようなネタでは面白くないという気持ちもあった。ふたりとも凝り性で、どこか負けん気が強いのだ。
ふたりはしばし無言になって食事へと戻った。少しして、再び由梨が口を開いた。
「ねえ、トモエはどのあたりの時代について調べた?」
「明治時代以降はもちろん、江戸時代や鎌倉、室町、戦国、それから――平安時代あたりまでかな」
と、トモエは答えた。トモエたちの住む街は、昔は都として栄えたこともあり、天皇や貴族に関する記録はそれなりに残っていた。
「私もそう。じゃあさ、平安時代以前についてはどう?」
「――そういえば見なかったかも」
「ふと思ったんだけどさ、その時代のことについてまとめられたら、面白いと思わない?」
「飛鳥時代や奈良時代ってこと?」
「あるいはもっと以前――」
由梨は目を輝かせて言った。
「古代、この地域で人々がどんな生活をしていて、どんなことがあったのか、もし調べられたらすごく面白いレポートになると思うんだけど」
「確かに――」
トモエも同意した。
「ご飯食べたら調査再開しようよ。今度はふたり一緒に」
「そうだね」
トモエと由梨は言葉少なく、急いでご飯を食べた。調査が少し面白くなってきたところだった。
『K県S区J市 古代』
由梨は、館内の貸出用のパソコンで、そのように打ち込んだ。自分たちの住む街について、古代の情報があるかどうか、インターネットで検索するのだ。
検索をかけると、数秒の読み込み時間の後、検索結果が表示された。画面をスクロールさせ、検索結果を順に追ってゆく。
「あら?」
あるところで、由梨はマウスを動かす手をいったん止めた。ポインターを動かし、気になるリンクの上でダブルクリックする。表示されたのは、とあるニュースサイトの記事だった。
トモエは記事の見出しを声に出して読んだ。
「『土器の一部が出土 J市』?」
ぐぐっ、とその見出しに惹かれる感覚を覚えた。トモエはパソコンの前に座る由梨を押しのけるように、ずずいと前に出た。
「ちょっと、鶴洲さん!?」
由梨の非難の言葉にも構わず、パソコンの画面に顔を近づけた。
記事が書かれたのは、6月の下旬。1ヶ月も前の記事だ。内容はこのようなものだった。
『ある民家の庭で、古代に作られたものと思われる土器の一部が見つかった。市では大学やその家の家族の協力のもと、付近の発掘・調査を進めている。遺跡が発掘される可能性もあり、当時のこの地域の人々の文化や生活を知る大きな手がかりになるかも知れない』
「そんなにこの記事が気になるの?」
と由梨が言った。確かにその通りだった。この記事の見出しに妙に惹きつけられるものがあったのだ。しかし、トモエにもそれがなぜだか分からなかった。由梨は続けて言う。
「そんなに気になるなら、鶴洲さんこれを題材にしたら? 私は別のものを探すから。その代わり、ちゃんと調べて、面白いレポートにしてね」
由梨は微笑んで言った。