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テレビが、ありきたりなゴシップをただ垂れ流していた。
トモエはリビングでテレビを見ていた。父も義理の母も、今日は用事で出かけていて遅くまで帰らない。帰りはずいぶん深夜になるというので、トモエは久々にリビングでひとりくつろいでいた。
ゴールデンタイムのバラエティ番組を見るのも久しぶりだったが、そこまで大して注視するような内容ではなかった。普通、テレビを見る時ってこんなもんだと思う。学校の授業で先生が言っていたが、人間の脳は情報を取捨選択する機能が備わっており、どうでもいい情報はただ通り過ぎてゆくだけなのだ。
トモエはまさにそんな状態だった。ただ目で画面に映る芸人やコメンテーター、ロケの映像を眺めながら、ぼんやりとあの日々のことを思い出していた。
ムラを去って、森の中、カラスの行く方を追いかけているうち、トモエは岩場に出た。カラスはトモエを一瞥して、どこかに飛び去ってしまった。この岩場のどこかに、もとの世界に還るゲートがあるようだ。ふと、とある大きな岩から、大きなエネルギーが発せられているのが分かった。なぜ分かったのかというと、トモエのズボンのポケットにある浄化の石が強く反応したからだ。ここがゲートか――トモエは思い、岩の方へと近づいて浄化の石をかざした。すると、岩が7色に光る大きな穴に変形した。一瞬の本能的な恐怖があった。思えば、この世界に来る時も、何か自分が来てはいけないのでは、と恐怖を感じたものだ。
きっと大丈夫――トモエはそう言い聞かせ、思い切ってゲートに飛び込んだ。
気がつくと、トモエは星夜の住むユメのセカイへと戻っていた。
それからもといた世界に還ったトモエだが、不思議なことに日付は、向こうの世界に出発した日と同じだった。
考えようによってはラッキーなことだ。マオたちと過ごしていた日々と、同じ時間がこちらの世界でも経過していたとしたら、行方不明扱いされることは必至だろう。両親や周囲の人間に何をしていたのか弁解するのは骨が折れると思っていたのだ。それに、貴重な夏休みの日数が延びたというのも嬉しい。
(イチコたち、元気にしてるかなぁ――)
トモエはふと思った。今の世に、彼女たちがいないことは分かっている。それでもトモエはそう思わずにはいられないのだった。心は、世界の壁はおろか、時を超えてもつながるのだ。トモエはそう信じていた。
何気なくテレビに視線を戻す。トモエは画面に映ったテロップに目を奪われた。
『古代の遺跡からマンガの絵!?』
テレビにはそう書かれていたのだ。
バラエティ番組では、先日見つかったJ市の遺跡を紹介していた。遺跡から様々な品が出土する中、カメラは土器のかけらへとクローズアップしていく。そこに描かれていた模様には見覚えがあった。
というより、実感まで伴うのだった。
テレビに映る絵。それは紛れもなく、トモエが描いたものだった。自分の魔法少女のイメージとなったアニメのキャラクターを模したものだ。
「はは……」
トモエは乾いた笑い声を漏らした。こんなものが、はっきり確認できるレベルで残っているなんて――。それに、まさか早速、こんなところで、マオやイチコとつながれるとは思ってもみなかった。
『古代にもマンガやアニメの文化があったってことですかね?』
コメンテーターを務めるお笑い芸人の検討外れな発言をよそに、トモエには疑問に思うことがひとつあった。星夜やイチコによれば、トモエとマオたちのいた世界は、直接時間的なつながりはない、パラレルワールドのような関係らしい。それなのに、自分の描いた絵がなぜこの世界に出てきたのか。
自分があちらの平行世界へ赴いたように、別の宇宙のトモエもまた、こちらの世界へとやって来たのだろうか――。
トモエはここで考えるのをやめた。どうせ、明確な答えなど出るはずもない。マオやイチコと出逢った世界について、詳しいことはトモエ本人にも分からないのだ。
ふと、街に不穏な空気を感じた。また邪霊が現れたようだ。現代になってなお、人が生み出した悪しき心の情念は、次々と集まっては人々を苦しめる邪霊へと変貌していた。マオより聖なる力を授かった今なら、そのことがよく分かる。それならば、魔法少女として、トモエがやることは明白だ。
トモエはテレビを消し、ソファから立ち上がって背筋を伸ばした。身体が適度にほぐれたのを確認すると、玄関に向かい、靴を履く。玄関のドアのみ戸締まりを済ませると、悪い空気が漂ってくる方角へと、夜道を急いだ。
しばらくして、すっかり暗くなった街のどこからともなく、まばゆい閃光が走った。それはどこか、深い愛とある種の厳しさを兼ね備えた、正義の一撃を思わせた。
<了>




