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「とうとうイッキに試練が与えられるぞ」
という噂がまことしやかにムラに流れていた。
「いよいよだな」
「頑張れよ」
というような激励の言葉も飛び交っている。
(試練って何だろう――?)
そんな様子を傍で見ながらトモエは思った。ムラの人たちの雰囲気から、喜ばしいことではあるようだ。しかし、ふと集団の中で励まされているイッキの顔を見ると、彼は笑顔の中になぜか悲しみの感情を宿しているように見えた。ムラの人たちの騒ぎ方と、イッキのこの表情の矛盾――トモエは合点がいかなかった。
隣のイチコを見ると、イチコの表情も穏やかではない。
「まさか、こんなコトが……」
それどころか、イチコは声を震わせている。
「どういうこと? 試練って何なの」
「このムラの伝統だよ。さらに一人前の男にステップアップするために与えられるの。もっとも、誰にも与えられるものではなくて、ムラで有望と見染められた若い男だけに課せられるんだけど」
「それってイッキさんがみんなから認められているってことじゃない。とてもいいことじゃないの?」
「そうでもないんだよ――」
イチコは俯いて言う。
「試練の内容っていうのがね、ひとりでムラを出て、森の中で1年間ひとりで暮らすというものなの」
「それって、当分マオとイッキさんが逢えなくなるってこと?」
「それもある。でも、それだけじゃないよ。森の中にひとり放り出される――これがどれだけ危険なことか分かる? 森の獣に襲われるかも知れない。盗賊に狙われるかも知れない。自分の命を自分ひとりで守らなきゃならないの。現に、これまで試練を与えられた男たちの中で、半分以上が帰ってこなかった」
「それって――」
「これは明らかな陰謀だよ。マオさまとイッキさんを引き離そうという。あのふたりの関係は、ムラの人たちの中にもうすうす気づいている人がいたと思う」
「そうだね」
それにはトモエも同感であった。いくら当事者同士やトモエとイチコが秘密にしていても、あのふたりのただならぬ関係には、よっぽど鈍感な者以外は感づくことだろう。確証がなくとも、不安の芽を摘んでしまおうとされたという可能性は、十分に考えられる。
「試練を与えれば、しばらくマオさまから距離をとらせることができるし、まして帰って来なければマオさまと一緒になるチャンスさえ奪える。もちろん、ムラの人たちみんなが陰謀に加担しているとは思えないけれど、イッキさんを快く思っていない人たちの仕業だとは十分に考えられるよね」
「誰だろう」
「イゾウ一派。もともと首領のイゾウは自分よりも若くて才能もあふれたイッキを煙たがっていたし、アイツの仲間たちも、じき首領になると言われているイッキさんのことを嫌っていたふしがあったから」
「でも、そんなのひどいよね」
「私、マオさまに話してくる!」
イチコは言うが早いか、速足で歩きだした。
「ちょ、ちょっと待ってよ、イチコ」
トモエも急いでそれに続いた。




