イインチョ、シュロの弱点を付く 完結編
翌週、シュロはいつもの業務をこなし、机に本を広げた。
文字を覚えようとしているのである。
「シュロ、少し聞きたいことがあるのだけど?」
そこにいつの間にか、セリカが窓辺に座っていたので、思わず驚くが、セリカは構わず。
シュロの覚えようとしている本を取り上げて言った。
「貴方は今まで文字が読めないから、ブラドに任せていたそうね?」
「恥ずかしい話ですが、その通りです」
「だから貴方の給与の取り分は、ダロタとブラドの取り分より少ないらしいわね?」
「どこからそんな事を聞いたのですか?」
するとセリカは、どこからか一枚の紙切れを取り出してシュロに見せると、それは給与明細だったので、納得しながらシュロは答えた。
「まあ、私の場合はそれ相当の武器や防具をもらうのですが、そうですね。
今でこそ文字の読めない事は不憫じゃありませんが、初めの内は右も左もわからない人間が、字が読めない事で揉め事が起きる事を避ける意味合いもあったのですよ」
「要するに、今回の問題はそこで解決していたのよね?」
「まあ、そうなりますが?」
「どうして、それをイインチョに説明しなかったのよ?」
「大した事じゃないのですが…」
セリカはじっとシュロを見ていた。
「答えないといけませんかね?」
それはじっと見ていたので、
「別に星が欲しいというワケじゃないのですよ」
「…ダジャレ?」
「茶化さないでください。
確かに一朝一夕で文字を覚えようなんて、ほぼ毎回、引越しを繰り返している自分でも無理があると思ってましたよ」
「カイリが吹っ飛ばすから?」
「セリカさんもでしょう?」
「……」
「ストップ」
「慣れたモノね?」
「…まあ、何というか機会だったからですかね?」
「機会?」
「セリカさん、文字が読めないと言うのは、どういう事もあるのか知ってます?」
するとセリカは静かになる、どうやら『わからない』というのが嫌いらしく、
「文字も書けないという事でもあるのです」
この不可解な回答にも、不愉快になっていた。
「まあ、届け物が届く時なんですが、そこでサインをしなければならないでしょう。
こうやって…」
紙に『シュロ』と書いて見せると、セリカは言う。
「地上の文字ね」
「このサインを魔界で書くようになってからしょうかね、せめて名前くらいはセリカさんの国の文字の名前くらいは書ける様になりたいのですよ。
どうですか、コレ?」
そう言ってさらに『シュロ』と紙に書いて見せた。
「だったら、そう言えばよかったじゃない?」
今度は魔界の文字だった。
「そのついでに覚えてみようと思ったのですよ」
それをセリカはじっと見つめ、
「スペル、間違っているわよ」
微笑んでいた。
そして、翌週である。
「あれ、シュロって、文字を覚えてるんじゃなかったっけ?」
「そうね…」
そこにはいつも通り、これ、それ、あれ、どれの『こそあど言葉』で対応しているように見えたので、カイリは不思議そうにセリカを見るが、そっけなく答えられてしまわれたので、勝手にこう介錯をする。
「やっぱ、無理だったか」
カイリも無理があると思っていたらしく、シュロに『気にすんな』と笑顔だった。
その時、モンスターが荷物を届けにやってきた。
「すいません、お届けモノです。
ここにサインをお願いします」
「ここですね?」
「あれ…」
するとシュロは魔界の文字で、自分の名前を書くのだから、カイリは目を丸くして再びセリカを見た。
「まあ、ゆっくりやればいいのよ」
そして、セリカは微笑んで見ていたという。