復帰第一戦目のぶち壊し その一
とりあえず、復帰です
「ぬう、いかん…」
ブラドは空を飛びながら、シュロの働く店に向かっていた。
少しスピードを上げていたのは、完全な遅刻だからだった。
理由は、寝坊など単純な理由ではない。
彼が仕える魔王、セリカの読んで散らかした本を片付けるのに手間取っていたからである。
店主であるシュロも、彼女の性格を知っているので、そこまで咎められるほどのモノではないのだが…。
それでも、急ぐ理由はさらに単純だった。
遅刻は良くないからだ。
律儀である…。
「うるさいよ」
ブラドが、ふと、ナレーションに突っ込みを入れると、少しすまなさそうになった。
ヴァンパイアである彼の視力が魔力を持って、シュロの店を遠目で捉えると…。
『本日、営業は終了しました』
そんな自分の買ってきた看板が、魔力を要して遠距離から見えたのだ。
しかし、しばらくするとシュロとセリカ、カイリが出てきた。
シュロの手に何やら握られていたが、それが『ブーメラン』だと知るのは、しばらく後の事である。
「何、やってんだ…」
武器を堪能しているつもりなのか、明らかに武器を使いこなせていない、シュロの姿に呆れていると…。
空から一筋の閃光が降って来た。
「ちぃ!?」
ブラドは慌てて旋回してそれを避け、地上の衝撃に備えていると…。
「おい?」
「お前は摩星帝、バルバロッサ!?」
その翼を見たモノには、厄災が降り掛かるという。
次の瞬間、ブラドは驚きがおさまらない内に、大地に墜落していた。
「くっ、シュロぉ…」
「だから、お前は何をしているんだって聞いてるんだよ?」
カイリがブラドを踏んづけていた。
「誰が、貴方のその頃話をしなさいと言ったのよ」
セリカがやって来てカイリと一緒になって踏んづける。
「い、痛っ!!
ちょ、ちょっとセリカ様、どうやって人の回想に、というより割り込まないで…」
「一年ぶりの再開に、何でてめえの武勇伝なんかしなきゃいけねえんだよ?」
「あれほどの苦労話を『なんか』とは何ですか、ま、まさか、私の苦労を水の泡にするのですか!?
バルバロッサの決闘は!?
伝説の魔剣とその精霊との出会いは!?」
「うるせえな、これ以上、騒ぐと事実を捻じ曲げるぞ?」
「カイリ様、そ、それは勘弁してください」
「往生際が悪いわよ」
「話の脈絡がおかしいです、どうして決定してるんですか!?」
「大丈夫だって、レベルはそのままにして、事実は俺がバルバロッサを倒した事にしておいてやるから…な?」
「『な?』って、何ですか!?
何なんですか!?」
遥かなる虚空に、悲鳴が響いたという…。
「あれ、珍しいですね。
カイリさんが武器を持ってる」
『へへっ』とカイリは得意そうに、剣を見せて武勇伝を語る。
「へえ、凄いですね」
これが魔界に広がる伝説の多くである事を、シュロは知らない…。
その日、シュロは不思議のダンジョンの中に入って探索をしていると、途中、冒険者に出会った。
「よう、今日も頑張ってるな」
よくある事である。
自分は魔界でワナを作って商売をしているが、地上では、このダンジョンで道具を拾って、売っている事になっているのだから。
挨拶をして、ある程度、立ち話をしていると、別れるからなんでもないのだが…。
その時、目の前に落とし穴が見えた。
このワナの指輪が無ければ見えていない、当然、この冒険者も頭の上に『?』とした様子で自分を見ていた。
それは進行方向の関係上、自分が踏まないと何か疑われる位置にあったので。
「さて、しばらくここで収集始めますので…」
立ち止まり、冒険者を先に行かせるという作法を見せたのだが…。
今回は運が悪い。
「あら、シュロ」
セリカが目の前に現れて自分は進むしかなくなっていた。
魔王だが彼女も、ワナが見えていないのが、唯一の不幸であろう。
「どうしたの?」
古人はよく言ったモノである。
魔王から逃げられない、と…。
「……」
「どうしたの?」
覚悟を決めて、自ら、その穴に飛び込んだのには言うまでもなかった。