第二話
そして、現在に至るワケだ。
今、謁見の間というトコロで、このヴァンパイアの王を待っていた。
「どうした?」
「正直、帰りたい。」
それは仕方の無い事だ。人は生きている内に、世に言う『魔王』と言われる人物に会う事はないだろう。そんな事があるのは『勇者』と呼ばれる人物くらいだ。
そして正直シュロはそんな事になるとは思っても見なかったので、落ち着く事は無理だった。
「…トイレに行きたくなってきた。」
「もう少しで来るから我慢しろ。」
見るとヴァンパイアの足もカタカタ震えていた。それがシュロにとっての少しの励ましにはなった。
すると、辺りが緊張していよいよ王が出てくるのだろう。
張り詰めた空気がシュロを緊張させた。姿を見ようと玉座の辺りを凝視していたがそこまでだった。あわてて頭を下げたからだ。
何故なら魔王の魔力というモノも気配に混ざっているのだろうか、その気配だけで息の根が止められる感覚が襲って来たからだ。
頭を下げたまま気が付いたのだが、辺りは暗くなっていた。そしてここはいつの間にか『何か』に周りを囲まれていた。
「話は大体聞いたわ。顔を上げなさい。」
言われたので視線を唯一光のある玉座の方に向けると一人の女性が座っていた。
「ふーん、ホントに人間なのね。」
その魔王は、金髪でサラサラの長髪に綺麗な顔をしていた。遠目から見れば魔王とは誰も思わないだろう。だが、近くでは魔力が尋常ではないのがはっきり分かるほど、彼女の周囲の空気が歪んでいた。おそらく彼女が殺意を持って、自分の身体に触れればその部分は消し飛ぶだろうという事が直感で分かるくらいだ。
「…で、あなたは、指輪がどういう代物か知ってるの?」
「あのヴァンパイアから、『大事なモノ』くらいしか聞いていませんが?」
『呆れた』と目線を送って、そのヴァンパイアを見る。その視線でヴァンパイアは、恐縮するを見て。やはりこの『魔王』は強いだろうと再認識させられる。
どうも、この『魔王』説明が苦手のようだ。
「それは『ワナの指輪』と言って、ちょっとこの『木の矢』を指輪の付けている手に持ってみなさい。」
そう言ってシュロに近づき、木の矢を手渡す魔王。
「それでスイッチを思い浮かべながら、その矢を見て…そうそう、なかなか、うまいじゃない。」
すると指輪が光り出し、木の矢を茶色いスイッチに変えた。
「これがワナ?」
「これで洞窟の中に置くと見えなくなって踏むと作動するってワケ。
これが今の私たちのこれからに必要としているモノなの。」
「じゃあ、余計に自分のモノにする訳にいかないじゃないですか、返しますよ?」
「言ってくれるのはありがたいけど、そううまく行くものじゃないの。
その指輪の呪いが解ける条件は、『装備者の死』というのが条件なのよ。それでモノは相談なんだけど、私達に協力してくれないかしら?」
『おいおい』
『バカな、人間に任せるというのかっ!?』
『まったく姫様と来たら…』
ざわざわと周りがざわめき出すので耳を傾けているとそんな事を騒ぎ出す外野、面倒そうなので自分から切り出すことにした。
「協力と言うと?」
「まずこれを読んで?」
そう言って魔王は一枚の紙面を手渡す。
「すいません、この国の字が読めません。」
「…ブラド、読んであげなさい。」
あっ、少しいらつきなさった。
そんな事もあってシュロの隣にいるヴァンパイアの名前がブラドという事も分かったのと同時に、何故この指輪が必要なのか大体の事は理解した。
つまり一番簡単な階層だと思われているので自分達のいる階層を複雑にしたいという事らしい。
「それで、そのワナの指輪で洞窟で使うワナ作りをしてくれないかしら?」
「別にいいですけど、作動するワナをさっきの要領で作って…あっ、どこで渡せばいいんですか?」
「それはここで用意するわ。ああ、そうだ。お返しはどうすればいいかしら?
私達のお返しは、魔力を上げたりするのだけど?」
「ああ、それなら。金品でお返しできませんですかね?」
『ああ、やはり人間だな。』
『まったくだ。欲深い…』
『これだから、人間は…』
…ああ、こうやって魔界と人間界のいさかいは絶えなくなるのだろう。
「自分の家の生活のお金を稼ぐ為に洞窟探索してるんですよ。だから金品で…と、言ったんですが…」
「…まあ、そういう事にしておくわ。」
これは信用してくださいと言っても、無理な話だろう。相手は魔界の王、そして自分は人間界の一般人、表であらわしたら対称で示せるくらい対極の立場なのだから。
そう考えたら、いい加減、頭が痛くなってきた。
「じゃあ、等価の方は…そちらでおまかせして…いいですか?」
「そうさせてもらうわ。
…あら、フラフラしてどうしたの?」
どうもホントに頭が痛くなってたらしい、視界が歪んできた。
その場で手をつけず地面に倒れこんだ。
「…もしかして…ワナを作るって事は…魔力とか…消費するの…?」
「消費するモノは魔力と聞いたから、寿命じゃないのは確かよ。」
…ああ、それを聞いて安心した。
…さらに気が遠くなってきたな。
「…セリカ様、もしかして、この者は魔力というモノを消費した事がないのでは?」
「嘘でしょう、火を投げ付ける程度の魔力でワナができるモノよ。それくらい、人間の住む世界で習う事じゃない。」
「…ですから、『魔力の消費の仕方』すらも知らないのでは?
人間は初めて火を投げ付ける動作でも、気絶するといいますから。」
かしこまりながら申し上げているブラドの物言いも床の冷たさを感じながら聞いていると足音が聞こえてきた。
途切れそうな意識を何とか持たせながら視界を戻してみると、セリカと呼ばれた魔王が自分の方に近づき、両手でシュロの身体を軽々と持ち上げ、その顔を柔らかく掴んで言う。
「まだ意識はあるみたいね。そのままで聞きなさい。今日は『貴方が私の為にワナを作る』というトコロまでという事でお開きにしましょう…」
彼女なりに気を使っているのか、吐息が掛かりそうな距離でセリカの手の暖かさを感じながら聞いていると微笑み。
「物事の整理がついたら…」
…人差し指を出して。
「また、いらっしゃい…」
こめかみを『こつん』と突付いたのだろう。
シュロは、眠りについた。