魔王は一度、勇者と対面してもいいかもしれない その2
さて、話は一週間前に戻る。
このエルフの魔王、バージルは紅茶を味わっていた。
一国の王としての仕事を済ませての一服だった。
国の政治は、一日で終わるわけが無いのだが…。
このバージルには『異名』がある。
深考の魔王。
文字通り、自身の知性による、深い考えで物事の流れを読み取り、おおよその世界情勢に対応した判断が出来る。
彼だからこそ、一日でおおよそ三ヶ月先までの『善政』を行うことの出来るので、もともと知性の高いエルフの民衆も、彼に従うのは道理でだった。
「ふう…」
だが、バージルは不満そうにため息を付いた。
「どうしました、父上?」
その様子を娘のエタリアが見ていた。
「このまま、この地を私の好き勝手な政治で従わせるのは、多少、危機感を覚えてな」
「危機感…でござますか?」
「うむ、先ほど私は確かに、この国の最善の政策をとったつもりだ。
何手先、その先にある警戒、その内に終わらせて無ければならぬ事象、先にある試み、思考のあり方。
だが、その執り行いは、決して独裁であってはならん。
誰も、反論、疑問に思わぬのは、不安にもなろう」
「何をおっしゃいますか、父上
みな、父上の政策に、反論が出来ないからこそ。
それは断じて独裁ではなく、全ては民のためというのも見てわかっているからでしょう?」
『そもそも』と、説明するエタリアの様子は、くどさすらある。
バージルは『やれやれ』と言った様子で外の日差しを感じていると…。
「…父上は働きすぎなのです」
バージルにとって、エタリアのいつも通りのくどさから意外な答えが返って来た。
「働きすぎ?」
バージルは、ティーカップを置いた。
「はい、私は父上のお休みになるトコロを、見たことがありません。
良い機会ですから、今日一日、何も行わないというのはどうでしょう?」
「今日は城下の視察があるのだがな?」
「私がやっておきます」
娘のエタリアの発言は、意外なだった。
というのも、バージルの予測を超えていたので、表情が曇るのはワケがあった。
このバージルという魔王、休んだ事が無く。
休日の過ごし方というのを、知らなかったのである。
だからこそだろう、この自分の娘の提案には、新鮮さがあった。
「では、そうだな、その息抜きをお前に任せてみよう」
「わ、私がですか!?」
ちなみにこの発言は、自分の娘はどのような息抜きを進めるのか、期待した上での発言だったりする。
「別に構う事はあるまい。
所詮は息抜きだ。
つまるか、つまらないかは、私次第であり、お前次第。
たとえ少女のような趣味であろうと、それもたしなんで見るのも、また一興だろう」
すると今度は彼女の表情が曇る。
彼女とて、年頃の女性である。
だが…。
趣味と言えば、読書に清掃…。
政務における、帳簿の整理。
父親に似て、趣味という趣味を持ち合わせてなかった。
このままでは父を失念させてしまう。
そう思ったのだろうか、エタリアは慌てて思いついたように言った。
「そういえば、魔王セリカがわが領土、この深き森にて店を出したのをご存じでしょうか?」
「領土とは言っても、一番、端っこだが、そこの一軒家をセリカの部下が買い取ったというのを聞いたな」
「端と言っても、結界内なのなら領土。
そこで週末の今日、地上の人間が店を営むそうです」
「ふむ、知っている。
何でも、ダンジョン内部における『ワナ』を売っているそうだな?」
「魔界において、人間が商いをするという愚行を、それを視察してみるというのはどうですか?」
「ふむ…」
『愚行』という表現は、いかにエルフが人間という種族を見下しているのかわかってしまうので、バージルはまたもや顔を曇らせて独り言を言う。
「明らかな先入観でモノを言うのは、エルフの暴言というのに…。
趣味も持たぬ娘にも、困ったモノだ…」
しかし、自分でも噂のシュロの店を目視出来る距離にまでやって来たのは、多少、興味があったからだった。
そして、バージルは足を止めた。
「ふむ、あれはオークだな…」
エルフ独特の視力で、豆を頬張るダロタを見ていると、
「……」
ダロタも嗅覚で気づく。
「……」
だが、視覚出来ないので感覚的にこちらに首を向けていた。
「ふむ…」
別に危害を加えるつもりも、敵対しているつもりはないので、バージルは一歩、歩んでくと、オークは店の中に引っ込んで行った。
おそらく店主に知らせでもしたのだろう。
そして、バージルはそこにやって来た