退屈と言いう名の
ちょっと気分転換に書いてみました。
物心ついた時からこの世界はもの凄くつまらなかった。親も家族も私には居なかった。気付いた時から独りだったけど、特になにも思わない。それが当たり前だから。
ある日近くにひ弱なモンスターがいたから暇つぶし程度に殺した。そしたらほんの少しだけ気分が高揚したんだ。自分の中の血が騒いだと言ってもいいかも知れない。
何かを殺す事は私に生きているという実感を与えてくれたから手あたり次第殺してみた。ゾクゾクと体を走るこの快感がたまらなく好きだった。人もモンスターも関係なく無差別に殺した。何故ならそうしてないと退屈で死にそうだったから。
「お前が魔王だな!!数々の悪行を犯した事に後悔するがいい!!」
ある日、朽ちた城で惰眠を貪っているとそう言って私に剣を向けた男がいた。欠伸をしながら目線を向けると、男の後ろには女が二人と男が一人の計四人の人間が私を睨んでいる。不躾な客人だ。
成程、これが噂の勇者一行とやらか。
「魔王?私が?」
「とぼけるな!!お前以外に誰がいると言うのだ!!」
どうやらいつの間にやら私は魔王とやらになっていたらしい。どこかで耳にした勇者一行は私を殺しにここまで来たという事か。面白い話だ。まだ誰も殺していないというのに気分が高揚したのは生まれて初めてのことだった。
「いいよやろうか。退屈だったんだ」
その言葉を皮切りに臨戦態勢を取る勇者一行。すぐには殺してやらないよ。玩具が私の元に来てくれたのだから。壊さずに遊んであげよう。
☆★☆★☆★
出会いはそんな出会いだった。生かさず殺さずで攻撃を繰り返すそんな日々は、早いものでもう1年か。
「今日も宜しく頼む!」
「魔王これ食べれるかい?」
「この新作の服どうかしら?」
「このお花ここに飾りましょうよ」
何故か城に住み着きまるで仲間のように居座るこいつらに呆れて物がいえない。何故こんなに懐かれたのかと言えば、戦闘して三日目に差し掛かった時に空腹と眠気の為、一時休戦にしたのが始まりだった。
腹ごしらえのついでにこいつらにも食料を与えた。死んで楽しみが消えてもらっては困るからだ。当然初めは食べなかったので、私が全て食べた。
次に勇者一行に疲労が見え始めたから時間を決めた。馬鹿にするなと言われたが、限界だったのかそれをこいつらは飲んだ。食料もそこから口をつけるようになった。
「お前は何を企んでいる!」
勇者にそう言われたから「ただの暇つぶしだ」と返してやった。その時の顔は今でも笑えるぐらいの傑作だったな。
そこから会話もするようになった。何故人を襲うのか。何故自分たちに食料を与えるのか。何故今すぐに自分たちを殺さないのか。質問ばかりだったが、暇つぶしに気が向いた時だけ答えてやった。
戦闘の時間は段々短くなり気付けば言葉を交わす時間も増えた。
「お前達煩い。私は眠いのだ」
「いやいや時間だから!手合わせ願う!」
ユサユサと目を閉じる私の体を勇者が揺する。お前本当に勇者の自覚あるのか?と問いたい。
「あ、じゃあこのレース付きのひざ掛け貸してあげる」
その勇者を跳ね除けて魔法使いの女が私になにやら可愛い(こういうヒラヒラがついたものを可愛いというらしい)布を私の腹部に掛けた。今寝転がっているソファーも随分と可笑しな仕様に様変わりしたものだ。
頭を乗せている枕というものも、人間にしては上等な物を作ると感心した。長時間寝ても首が痛くならない優れものである。
「…そう言えば風の噂で聞いたけど、新たな勇者とやらがいるそうだ」
思い出したように目を開けてそう問えば、ピクリと全員の肩が動いた。どうやら知っているようだ。
「私達が一向に帰らないものですから、魔王側に寝返ったと言われているのですわ」
「ほう?」
寝返ったのか?と聞けば曖昧な顔で否定も肯定もしなかった。そりゃそうだろう。私達は仲間ではなく敵同士だ。私の恩恵で生きているようなものだろう。しかしこいつらに私を殺す気はもはやなさそうだ。
当然戦闘になれば本気で(死なぬ程度に)やるから、こいつらも本気で向かっては来るが、戦闘が終われば今のような状態に戻る。その時に家具を壊すと文句を言われるのだが。
「私達はこんなに立派に戦っていますのに!」
僧侶の女が真面目な顔でそう言い放った。この女少しばかり変わっていてこうして的外れな事を言い出すのだ。まぁ、面白いから別に構わない。
「でも魔王はもう人を襲ってないよ。それは私達の成果じゃないのかな」
「間違いなくそうだよなー」
「我々がここにいるから今や世界は平和なんだ」
成程。こいつら全員可笑しいのだな。確かに今は外に遊びに行くのを止めたが、一時の事。これに飽きればまた行くまでだ。それに私が動かなくとも新たな者がまた暴れだすのだから、全くもって無意味だと思うのは私だけだろうか。
体を起こして伸びをするとパサリと先ほどの布が落ちた。それを文句を言いながら拾う魔法使いに、攻撃を一発お見舞いすると、すぐさま反撃が入った。この1年間で随分と力をつけたものだ。人間の成長は早いものだな。
「今!?」
「時間だと言っていたからな」
「そうこなくては。行くぞ魔王!!」
勇者がノリノリで剣を持って突っ込んでくる。魔法も使える魔法剣士とやらだ。私もこの1年間で剣を覚えた。魔法と剣を両方使って戦うのは中々に趣がある。魔法だと加減が難しいが、これなら程よく戦えるのだ。
「ふふ、楽しいな」
戦いながら自然と笑みが零れる。そう楽しいのだ。生きていて感じたことのないこの感情を楽しいと言うのだそうだ。言葉を交わせる者がいて、刃を交える者がいる。独りの時では味わえなかったこの感情を、こいつらは教えてくれたのだ。
「わわ、魔王が笑ってる!レアだよ!」
「そうだな、楽しいな魔王」
「いて、とこっちは手を抜けないけどな!」
「ヒール!さぁ、今日はまだまだ時間がありますからね」
だが楽しい時は永遠には続かない。それは身をもって経験していたこと。この遊びもそろそろ終わらせなければ。そう思っていた時にやつが現れた。
「魔王!!!」
「煩い。私は平気だ」
颯爽と現れたのは全身黒に身を包んだ男。コートの下にはなにやら色々隠されているようだ。そして動きが遥かに早く正直言って強かった。突然現れて勇者達をも切り付け、尚且つ私に傷をつけた男。
「随分とぬるま湯に浸かっていたようですね」
「ふん、ぬるい湯など好かん。マグマのように熱い風呂を用意しろ」
「ご冗談を。この方達を殺さず手元に置いた理由はなんですか?情でも湧いたのです?」
淡々と表情を変えない男に思わず笑いが漏れた。
「情だと?生憎そんなもの持ち合わせてはいない。ただの暇つぶしだよ」
そうだ。人間に情など湧かない。人間もモンスターも私からしたら暇つぶしの道具にしかならない。こいつらを殺したら退屈になるから生かしてるに過ぎないのだ。
「ならば今すぐこの者達を殺したらどうですか?」
「お前と同じ人間だろう。いいのか?」
「えぇ、構いませんよ。裏切者には死をとのご命令ですから」
その言葉に大笑いしてしまう。それでも男は表情を変えることはない。生まれて初めての大爆笑とやらだな。少なからず勇者たちには驚愕だったようだ。声を上げて笑うところなど見たこともないから当然だろう。
「何か可笑しなことでも?」
「あぁ、非常に愉快だな。人間が人間を裁くのか!滑稽だな」
「人にはモンスターと違って秩序というものがありますから」
「ほう秩序ねぇ。何故人間を殺しては駄目でモンスターはよいのか。それは同じ種族だからだろう。しかし人間が人間を殺すとなれば話は別だ。私はモンスターも人間も殺す。そこに差異はない」
一時の高揚さえ得られれば私は相手がモンスターだろうと人間だろうと構わない。種族による差別はしないのだ。しかし人間は違う。種族の差別をし、そして同族をも秩序の名の元に手に掛けるのだ。
「お前達のしていることは私となんら変わりはない」
「モンスター如きが調子に乗りませんように」
「その如きに倒されるのは誰だろうな」
ニヤリと笑い最高出力で攻撃を食らわす。一人で乗り込んできたあって多少当たったものの交わされてしまった。そしてご丁寧にこちらに傷をも返してきている。奴と全く同じ場所にだ。
「ふん、捨て身の術か。こざかしい真似を」
「貴女を葬り去るのが私の使命ですから」
一瞬の隙をついて掛けられたのは、術者と対象者の命を繋ぐ魔法だ。いわば運命共同体というやつだな。私が死ねば奴も死ぬし、奴が死ねば私も死ぬ。困ったものだ。これでは奴を殺す事も出来なければ、むしろ守ってやらねばいけなくなる。
しかし奴は私を殺しにかかりつづけるだろう。そして目を離せば自分を刺して私を死に追いやることも厭わない。そういう厄介な性格だ。人間の王も中々に獣だな。
「ならやめた。戦うだけ無駄だ」
「では私が自害しましょう」
「それも困る。だからお前を守りながら私は今まで通りの生活をする」
「出来るのであればどうぞ」
そうやってまた新しい人間が増えた。言葉通りこいつは私の命も狙うし、自身の命も狙った。お陰で睡眠時間は減ったが勇者達が協力してくれるお陰で、多少は眠れるようになった。
あまりに執拗な時は眠らせてやった。気絶とでも言おうか。強い人間だから傷は増えたが、生憎すぐ治るので気にしない。眠らせてる隙に魔法使いから魔法を教えてもらう。中々に高等な魔法を使えるようだ。いい発見だったな。
「いい加減にしつこいなお前は。死んだら終わり。その命そんな簡単に手放してもいい物なのか?」
「私の命は陛下に捧げていますから」
「ふうん。ならその陛下を殺してやろうか?」
「貴様!」
初めて崩れる奴の表情に口の端がニヤリと上がる。人形のような男が人間に戻るなんて面白いじゃないか。決めた。次は人間の王をやる。そうすればこいつも死に急ぐ真似はしないだろう?
そう本気で思っていたのだ。
「今晩は下等な人間よ。遊びは終わりだ」
奴を眠らせて勇者達に見張らせて散歩に行ってくると一人城まで来た。周辺のモンスターのボスに一発見舞ってやれば他の奴らは私についたからそれで城を襲わせる。しかしそれに気付いた人間どもは途中で城にバリアを張り巡らせた。
「こざかしい真似を」
普通のモンスターなら確かに入れないだろう。しかし私ぐらいになればこれぐらいこじ開けられる。バチバチと弾く結界を無視して腕をねじ込ませ穴を広げてモンスター共を中に入れてやった。
狂喜しながら入り込んでいく馬鹿共と城に向かってデカい一発をぶち込めば、その周辺は跡形もなく消えた。穴の開いた城程、滑稽なものはないだろう。
向かってくる人間どもを蹴散らしながら久々の血に心が躍る。命のやりとりに身を置くこの感じはやはり私をゾクゾクとさせる。と言っても圧倒的な戦力差になす術もない人間どもは消えていくだけだが。
「なんだ、まだ生きておったか魔王。…いやエレステレと言った方がいいかな」
「どうした?恐怖で頭が可笑しくなったのか」
「やはり知らぬか。無理もないお前とは赤子の時以来会ってはいないのだから」
「なんの話だ。命乞いなら聞きたくもない」
どこからくる余裕なのか。奴は王座から動こうともせずに私を真っすぐに見つめている。側近だけが緊張した面持ちで剣を携えてはいるが。
「人の王とモンスターの王。少しばかり言葉を交わしてもよいだろう」
「冥途の土産に聞いてやろう」
付近にあった椅子を引き寄せ腰を掛ける。ただ単純に興味をそそられた。この男が私に何を語るのか。私を知っているかのような口ぶりにも興味が湧いたのだ。
「会えて嬉しいよエレステレ。お前の正体を教えてやろう」
「生憎私に名はないんでね。人違いだろう」
「いいやお前はエレステレで間違いない。おい、あれを」
「はっ」
王の指示で側近が動き、別の部屋から棺のような箱を運んできた。目の前に置かれたそれを覗けば、そこには私と瓜二つの女が眠っていた。いや、眠っているように見えるがこれは死体だ。
「それがお前の母親だ。名はアイリーンだ。そっくりであろう」
何度見ても確かに間違うことなくそっくりだ。だがそれがどうしたというのだ。お前が父とでも言いたいのか?と問えば「そうだ」と返って来た。
「ははっ」
乾いた笑いが私から出る。笑えない喜劇でも見ているようだ。
「だから?お前が私の父だからなんだと言うのだ。それを元に命乞いでもするつもりだったのか?とんだ間抜けな話だな。お前が誰であろうと殺す。その為に今日はわざわざ赴いたのだよ」
あいつらの下らない話の方がよっぽど笑えるではないか。
これ以上下らない話は聞く気が湧かずに椅子から立ち上がると、手をかざし王に向かって一発撃ちこんだ。しかしそれは側近の一人によって防がれる。ふん、流石自分の身を護る術を知っているな。
「まぁ座れ。まだ話は終わってはおらん」
「断る。これ以上お前の話を聞いていたら耳からカビが生えそうだからな」
「そうかね?折角の親子の対面なのに残念だ」
王がそう言うや否や、隠れていた魔法使い数十人が飛び出して来て私に一斉に魔法を掛ける。上級魔導士ばかりか、厄介だな。
「身動き取れぬだろう。お前は今日ここで死ぬのだ」
強力な拘束の魔法がギリギリと私を締め付ける。お陰で苦しくて仕方がない。だけどこれを解くには少し時間がいるな。仕方ない話を伸ばすか。
「なら止めを刺すのは誰だ?お前か?」
「何を言っておる。魔王を倒すのは勇者だと相場が決まっておろう」
「勇者ねぇ。その勇者とやらはどこに?」
「奥にいる。来い勇者」
王の呼び声と共に奥の間から出てきたのは見覚えのある人間だった。
「お前…」
「どうした?驚いた顔をしておるな魔王」
王の言葉は耳には入らない。その男は私の城で共に過ごした勇者そのものだった。何故ここに?他の奴らはどうした?あいつの見張りは?と頭の中で質問が浮かんでは消えていく。
「ははっ」
再び笑いが漏れる。いや私達は最初から敵だったのだ。下らない事を思わず考えてしまった自分への失笑だった。私が殺さずに生かし続けたただの玩具だ。ただそれだけの存在。ただそれだけの関係にすぎない。
「何が可笑しい?」
「全てだな。この茶番は実に人間が考えそうで下らない」
「なに?」
「そいつは私には勝てない。圧倒的な戦力差があるんだよ」
確かに勇者は強い。だけど私の命を脅かすような強さではない。この一年間、一度も私に勝てた試しがないのだから。確かに今の拘束されている状態であれば、勇者でも殺せるだろうがな。
「寝言は寝て言うといい。今の自分の状況を思い出すことだな」
「その言葉返すよ。夢見たいなら見せてやろう」
「なにっ!?」
時間稼ぎは終わりだ。一気に拘束魔法を解いて魔法使い共に纏めて攻撃を食らわせる。流石といったところか半数は生き残ったようだ。
「さぁ悪夢の始まりだ。楽しませてくれよ?人間共」
「く、行け勇者!魔王を倒せ!!」
王の命令に勇者と目が合った。今までに見たことのない目だ。だけど昔どこかで見たことがある…。どこだったかと思い出していると勇者が攻撃を仕掛けて来たのでそれを受け流して、蹴りを入れてやろうと思った瞬間に目の前にいたから距離を取った。
可笑しい…勇者はこんなに早くは動けない筈だ。だけど目の前にいるのは紛れもなく勇者だ。ならばずっと弱い振りをしてきたと言うのか?何の為に?
「随分と動きが良くなったなお前」
「ずっと抑えてきたんだ。魔王を油断させる為に」
「ほう」
「そしてお前の戦い方をこの目に刻む為にだ!」
再び剣を構えて魔法と組み合わせながら私に向かってくる。生き残った魔法使い共が補助魔法を唱えてるのを横目で捉えた。わずわらしいと攻撃を向けようとすると勇者がそれを阻止する為に更なる攻撃を繰り出してくるので、一筋縄ではいかなかった。
成程。勇者の名は伊達ではないという事か。
「お前の攻撃パターンは頭に入っている。俺にはお前がどう動くのか、手に取るように分かる」
「ならいい加減、一発いれてみたらどうだ?」
「ほざくな!!」
カッとなると振りが大きくなるのは治らずか。散々注意してやったのに努力を怠るとは…と、はは、これはっもう癖になってしまってるな。確かに私はぬるま湯に浸りすぎたのかも知れぬ。
これは本気の殺し合いだ。どちらかが死ぬまで戦い続ける。壊したら終わり。壊れても終わり。
そう考えながら勇者の攻撃を交わす。それがどうした、いつかはこうなる筈だっただろうともう一人の私が言う。そうだ、そろそろ退屈していたではないか。始末するにはちょうど良い。
ザシュッッ!
勇者の剣が私の肩を切り裂いた音が耳元で聞こえる。そこから血が噴き出し、生暖かい血が腕を伝って降りてくる。
「戦いの最中に考え事とは暢気なものだな」
間合いを取り少し下がった私に、勇者が皮肉そうな顔で笑った。
「お前は強いよ。だが私には勝てない」
「よく見てみるんだな。劣勢はお前の方だ魔王!」
生き残った魔法使い共は何やら詠唱に入っている。その周りはバリアで覆われており、攻撃が届かないようになっている。詠唱の長さから察するに、かなりデカいのをぶち込んでくるようだ。
肩を抑えながら横目で周辺の確認を取る。少し集中すれば、扉の向こうからはかなりの人数が息を潜めているのが分かった。
「はは、そう見えるか?」
「強がりか?」
だけどそれでも負ける気はしないのだ。負け惜しみで言ってるのではない。ただそれ程に私が強いだけだ。肩の傷も既に塞がっていれば、魔力も存分に残っている。
あぁ、これが魔王と呼ばれる所以なのか。ただ生きたいように生きて来ただけで、悪に仕立て上げられる。人間はなんと愚かな生き物だろう。
政治の不満を全てそこに向かわせて、自分の無能を押し付けてるだけではないのか?
そしてあの男が私の父親だと言うのなら、母である人物はあの男の何処に惚れたのだろうか。私がモンスターである以上、母はモンスターなのであろう。
人とモンスターが結ばれるとは何とも可笑しな夢物語のようだ。
「強がる必要もない程に、私は負ける気がしないのだ」
魔法使い共の詠唱が終わると同時に、肩から手を外し手を天に向けて差し出す。
向かってくる巨大な炎の塊に向けてこちらもエネルギーの塊を放ってやる。するとそれらがぶつかり大爆発を起こした。
爆風と共に、粉塵と瓦礫が飛び散り人々の悲鳴が聞こえる。それは私にも例外なく降り注ぎ頬を掠る。前ならば心地よい音色だったが、今は何とも思わないな。言うなれば「無」だ。何も思わないし何も感じない。ただその光景を見ているだけだ。
爆風が止み、粉塵が晴れるとそこはまるで天空の孤城のようだった。天井から上は吹っ飛び、青空が広がっている。王座は優秀な側近により守られてはいるが、王の顔は苦々しいものに変わっていた。
「は、ははは、ははははは!!!!」
表情を崩さぬ者の顔色を変えるのはなんと愉快なことか。腹を抱えて笑う私に、周辺の人間どもが怯えるのが分かった。何人かは息絶え、何人かは負傷し、何人かは瓦礫と共に吹っ飛んだようだ。
無傷な者はバリアに守られた者共のみ。そして私は目当ての人物に焦点を当てた。
「劣勢はどっちだ?」
にんまりと笑いながら勇者に向けた。勇者は怒りを抑えきれないとでも言わんばかりの怖い顔だ。
「怒っているのか?勇者」
「当然だ!!一体何人殺せば気が済む!!」
何を言っているのやら。この事態を招いたのは私ではないというのに。
「私は自身に降りかかった火の粉を払っただけだよ。仕掛けたのはそっちだ。つまりここにいる人間を殺したのはお前達だ」
その言葉に周辺はしんっと静まり返る。怪我を負い、騒いでいた者ですら言葉を堪えている。人がモンスターである私の言葉に耳を向けるか。
「人に守られ怪我することなくぬくぬくとこの場を観戦してるものは誰だ?私を殺すように指示した者は誰だ?」
声高らかに私は言葉を紡いでいく。ゆっくりと周辺を見まわしながら。
「そいつは手を汚すことなくお前達を駒のように使い捨てるだけだ。誰が死んでも悲しむ事はない。どうせ名前すら憶えてはいないのだから」
私がそうであったように、王もそうであろう。何人王の為に死んでいっても、王はその名すら口にする事はない。感謝の言葉も悔やみの言葉もないだろう。
何故ならばそれが当たり前であるからだ。王の為に命を捨てることをよしとしてるのは、殺しているのとなんら変わりはないのではないか?
「たかがモンスターの戯言だ!!勇者、早く始末しろ!!」
その言葉に勇者が剣を持ち直し私に向けた。
「お前は殺した人間を覚えているか?」
勇者の声には何の感情ものってはいなかった。淡々と聞くためだけに繰り出された言葉だ。
「いいや、覚えてないよ。興味もない」
ただ退屈だったから殺した。だからいちいち顔なんて覚えてない。少し力を使うだけで、人もモンスターも簡単に壊れてしまう。すぐ壊れてしまう玩具に興味など湧きもしない。
「そうだろうな。俺の顔にも見覚えがないのだろう?」
「ないな。どこかで会ったか?」
出会った人間は皆殺しにしたはずだ。生き残りがいたのだろうか?いや、この口ぶりからするに顔を合わせているのだろう。
「13年前、東の外れにある小さな村の話だ。俺は丁度出かけていたんだ。そして戻って来た時にお前が居たんだ。父さんと母さんの首を両手に持ったお前がな!!!」
勇者の目からは涙が零れた。怒りを露わにして私を睨みつけながら、泣いていた。
そうか私が殺したんだな。お前の大事な人を。だけどもその情景を思い出せないでいる。私は悪趣味な遊び方はしないのだから。例え子供時代だったとしてもだ。
「悪いが覚えてない。それは本当に私だったか?」
「あぁお前だったさ!!黒い髪に金に光る眼!そしてその二本の角!間違えなくお前だった!!」
その言葉に笑いが込み上げる。
確かに私は漆黒の髪色をした金の瞳の持ち主だ。そして二本の角も間違いなくある。
「角は本当に二本だったのか?」
「そうだ!間違いなくその角だった」
確認の為に聞いても同じ答えだった。だとしたらそれは私ではない、私に似た誰かであろう。
「その姿は今の私と変わらない姿だったのだな?」
「そう言っている!何度も言わすな!!」
「く、くくく、ならよい。それは私ではない」
笑いながらそう言えば、馬鹿にするなというような目で見られる。
別に馬鹿にしているつもりは微塵もないのだ。何故なら決定的に違う事が二つあるからだ。
「言い訳をするつもりか!?」
「いや?そうではない。私はその当時は角が3本あったのだ」
「はっ!?」
両耳の上に二本と今はなき額に一本あった。その一本は10年ほど前に強い人間と出くわした時に折られたのだ。まぁ、仕留めたがな…と言いたいところだが生憎逃げられてね。
今なら確実に奴を倒せるのだが、あの時は私はまだ子供だったから力が扱い切れなかったのだ。
――――――そう。私は子供だったのだ。
「そして13年前なら私は子供の姿だったはずだ。…もう一度問おう。それは間違いなく私であったか?」
その問いに言葉を詰まらせた勇者。今の私の姿と同じであったのならば、間違いなく私ではない。
私が知らない兄弟でもいたのか、それとも他人の空似というやつなのか。私からしたらどうでもいい事だが、やってもいない罪を着せられるのは好きではない。
「でも姿は間違いなく今のお前に…」
「惑わされるな勇者!それは魔王の嘘に決まっておるだろう!!その隙を突いて襲ってくるぞ!!」」
愚かな人の王が勇者を叱咤する。そのおかげで勇者は動揺する心を抑えて私に再び剣を構える。
嘘は嫌いなのだが、言っても魔王《私なんか》の言葉をもう聞こうとは思わないだろう。やれやれと溜息を吐いて私も勇者に向けて手を構えた。
「嘘とは愚かな者がつくものだ。私には嘘をつく必要はないが、まぁいい。どうせお前を殺すのだからな。…ただ真実を知らぬまま死んでいくのは可哀想だとは思うけれどな」
私の考えが正しければ犯人はあいつだ。王のよく知る人物だ。ただそれはもしかしたら王すらも知らぬ真実だろう。
「もうその手には乗らない!お前をこの手で倒すまで俺の復讐は終わらないのだからな!!」
「なら来い。相手をしてやるよ」
静けさを打ち切り爆音が轟く戦いが幕をあけた。死闘と呼ぶにはまだ物足りないそれは私からしたらお遊びに過ぎない。でも勇者は持てる力を持って私に向かってくる。
的違いな復讐を果たすために命をかけて挑んでくる。心地よいあの時間はもう帰ってはこないのだ。ならいっそうの事、一気に終わらせてしまおうか。
ピタリと攻撃する手を止めて勇者の剣をこの身に受ける。腹から背中まで剣が突き抜ける感覚と痛みに少し顔を歪める。
でもこれで勇者を捕まえた。息が触れるその距離まで近づけた。
「な…!?なぜ手を抜いた!!」
「手を抜いたのでは…ない。この距離なら私の言葉が、ぐ、届くだろうと思ってな」
私は勇者の耳元で小さく囁いた。それを聞いた勇者は剣を持つ手を緩め、驚いたように目を見開いている。
「うっ!!」
ドサッ
その隙に勇者を蹴り飛ばし剣を体から抜き、床に捨てた。傷は深く血は溢れているが暫く休めば回復は出来るだろう。不死身みたいな我が身に苦笑する。
死にたくても余程の事がない限りは死ねそうにない事が分かってしまったのだからな…。
「人の王よ…いや、私よりも罪深い者よ。いつか貴様の心臓に裁きの刃が突き刺さるだろう。それは誰よりも正義に溢れた者の刃だ。心して受けるがよい」
「死の間際の呪いの言葉か?魔王。負け犬の遠吠えにしか聞こえぬわ」
「…ならば娘として父親であるお前に最初で最後の言葉をやろうか?」
嫌らしくニヤリと笑えば王の顔が引きつるのが遠めでも分かった。奴を父と呼ぶのも反吐が出る話だが、嫌がらせにはうってつけだな。
「お前が愛したのはただの化け物だよ、お と う さ ま」
それだけ言い残してむき出しになった空へと飛び、城から飛び降りた。
ゆっくりと落ちていく体とどこまでも青く広がる空は一体となる。落ちているのではなく、飛んでいるような錯覚に陥るな。
「血を少し流し過ぎたか…」
回復は出来るだろうが長いこと掛かりそうだな。そっと眼を閉じて呪文を唱える。
静かに休める場所へと向かう為に。
「あいつも…呼ぶか…」
小さく使いを飛ばせて移動する流れに身を任せた。
★☆★☆★☆★