表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

2016年/短編まとめ

問い掛けるは未来

作者: 文崎 美生

耳元でけたたましい音楽が聞こえて、目が覚めた。

腕だけで充電器と繋がった携帯を拾い上げ、その目覚ましの音を止めれば、自分でセットした最近ハマったアニメのオープニング曲が消える。


あー、なんだっけ。

寝起きの頭を回そうとするけれど、白いモヤが掛かっているみたいに思い出せない。

見えてこない。


「姉ちゃん、起きたの?」


「……ノックなしで入って来ないで」


ベッドの上で体を起こして、扉の方を見やれば、既に学生服に身を包んだ弟が立っていた。

不思議そうに私を見て首を傾げている。


「いいじゃん。今日休みだっけ?」


扉を開けっ放しにして、人の部屋にズカズカと踏み込んで来る弟。

無邪気な笑顔を浮かべているが、私はそんな風に育てた覚えはないぞ。

寝癖の付いた髪を撫で付けながらカレンダーを見る。


今日の日付を見れば普通の平日。

だがしかし、学校には年に一度だけ開校記念日なるものがあり、私の通っている学校は今日がその日だ。

そうだねぇ、なんて答えれば、じゃあ何で目覚ましなんて掛けてるのさ、と言われてしまう。

切るの忘れたんだよ。


「で、何の用」


私の机の上を眺めていた弟が振り向く。

それから、あぁ、と一つ頷いて「今日、母さん達も出掛けるから昼は適当に食べて、夕飯よろしくだってさ」と言った。

折角の休みに押し付けられた感があるのだが、いっそ昼は外で食べてやろうか。


ガシガシと頭を掻いていると、姉さん、と呼ばれる。

充電器と繋がったままの携帯を充電器のコードから引っこ抜き、視線を上げれば目の前に差し出された一枚の紙。

あぁ、そうだ、昨日出したままで……。


頭の中の白いモヤが晴れていく。

目の前の紙と一緒になって思い出すのは、目覚ましが聞こえる直前まで見ていた夢。

眠りが浅い時に見るあれ。


「専門にするの?」


「あー、いや……」


夢を思い出した私は、動きを完全に止めてしまい、弟が眉を上げてまた首を傾げる。

そんな弟の手の中にあるのは一枚の紙切れで、専門学校の見学会がうんたらという内容のものだ。

まぁ、来年受験生の高校二年生なら、誰しもがこういう情報を掻き集めるだろう。


ただ、私は違うわけで。

ベッドから浮かした腰を戻しては、また浮かして。

そんなことを繰り返して、金魚みたく口をぱくぱくと開閉させる私を見て、弟は溜息を吐き出した。


「まぁ、父さんも母さんも大学のがいい、みたいなこと言ってたしね」


とすん、浮かしかけた腰を落とす。

ベッドの軋む音を聞きながら、カラ笑いをする私の膝に、その紙がひらりと落ちてきた。

片付けて置かなかった私が悪いんだけどね。


膝の上の紙を持ち上げて、そのままの体勢で布団の上に倒れ込む。

ばさり、広がる髪を弟が撫でた。

触るな変態、変態じゃねぇし、そんな風に言い合いをして時計を見やる。


「泣いてたよ」


「誰が」


私の主語のない言葉に対しても、弟は反応をしてくれる。

そろそろ家を出ないといけない時間じゃないの。

手元の紙を丸めてぐしゃぐしゃにする。

ぽこん、私の髪を撫で続けるその手にぶつけて、なかった主語も一緒に投げた。


「私」


目を丸めて眉を寄せた弟。

何言ってんだコイツ、みたいな顔をされているけれど、私の思考は思い出せるだけの夢に飛ぶ。

高校は電車で二駅分の場所。


毎朝毎朝気だるい体を動かして駅まで向かい、登校出勤がモロかぶりな時間に、ギチギチの電車に乗り込んでゆらゆら揺られる。

使い慣れた駅に、私はいた――勿論夢の話だけれど。


電車を待っているはずなのに、誰もいない。

電車も来ない。

目の前の線路を挟んだホームを見れば、髪の長い女の人が立っていた。

こちらを見てゆったりと口を開く。


ほろり、落ちた雫にギクリ、肩を揺らした。

何でそんな目、するの。

何事かを言っていたけれど、聞き取れなかった。

何の放送もなしに電車が飛び込んで来て、通り過ぎた頃にはその人はいなくて目が覚めたのだ。


「多分、私なんだろうなぁ」


「……姉さんが何を言ってるのかサッパリ」


訝しむように私の顔を覗き込む弟の眉間には、なかなかに深いシワが刻まれている。

指先でそこをグリグリしてシワを伸ばす。

分からなくていいよ、そんな私の言葉のせいで、なかなか伸びてくれないけれど。


大学とか専門学校とか、私だけで決めていいものなのか。

いや、私の進路だから。

いやいや、でもお金とかは私のじゃないし。

グズグズした腐り掛けの思考は、答えを出してはくれない。


「結局、何言ってるのかも分からなかったし」


「だから、何が?」


シワの伸びない眉間から指を離して、私は弟の問い掛けに対する答えではないものを吐き出す。

行き場を失うことのなかった私の指先は、ベッドのサイドテーブルの上の時計へ。

遅刻じゃない?なんて言いながら。


弟の視線が時計に向かって、直ぐに私の方へ向き直る。

姉さん、チャリ鍵!なんて半ば叫ぶように言いながら。

あぁ、はいはい、私はもう一度体を起こして、コルクボードに突き刺さる画鋲に掛けっぱなしの、小さな鍵を一つ取り、投げ渡す。


行ってらっしゃい、行ってきます、見送りの言葉をかければ、ちゃんと返ってきて、バタバタと足音を立てて私の部屋を出て行った。

ただし、相変わらず扉は開けっ放しで。

もう少し気を使える男になれ、弟よ。


二度寝をしようか迷いながらも、自分の足で扉を閉めに行く。

自分で自転車買えばいいのになぁ。

ぱたん、と閉じた扉を見ながら慌てていた弟を思い出す。

あった方が絶対便利だろうに。


はぁ、溜息を吐きながら、二度寝のためにベッドへと体を投げる。

大きな音を立てるベッドのスプリングを聞きながら、静かに目を閉じた私。

瞼の裏に浮かんで見えたのは、夢の中の髪の長い女の人。


ぼんやりしてたけれど、多分、私。

何となく、顔立ちが。

夢だからいくらでも都合よく脚色出来てしまうし、夢から覚めたら溶けるように消えるものだけれど。


なんて、言ってたんだろうな。

目を閉じているのにも関わらず、瞼が重くなっているのを感じる。

色の薄い唇が動く瞬間を思い出す。

眠りに落ちるその瞬間、聞こえなかったはずのその声が聞こえた気がした。


「本当に、それで、いいの?」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ