01.マザコンは買い物をする
用のなくなった王城からはとっとと退散するに限る。
城門を潜り、足早に街道へと出た俺は無作為に道を曲り、いりくんだ裏路地を行く。
俺のあとを、怪しい者が五人ついて来ているのだ。
大金貨100枚。
この金額はおいそれと持ち歩ける額ではない。
大金貨100枚持って街を歩けば、周りは全て敵に見えるはずだ。
それは1億円の魔術である。
だからそうならないために、探検者ギルドの画期的な機能を活用することにした。
画期的な機能を、というが俺には馴染み深いものなで。
お貯金である。
探検ギルドに預け入れ、ギルド証を提示して引き出せる様になっている…らしい。
ギルド証の機能、その1。
貯金残高が確認できる!
まぁその1とは言ったが、俺はこの機能しか知らないんだけど。それも、さっき知ったばっかりだ。
人の話しは、受付嬢の話しはちゃんと聞くべきだと再度痛感させられた。
だから取り合えず大金貨10枚だけを手元に、残りの90枚を預けてもらうことにした。
やはり直ぐに100枚も用意出来るはずもなく、「取り合えず10枚で」と言った時のカイゼル達の安堵っぷりは見物だった。
10枚でも1千万円になるがな。
さて、一応は大金を持っているので、つけられる理由はある。あるのだが、俺が大金を持っているのを現時点で知ってるのは、城に居た奴等だけ。
身なりだって、路店で購入したありふれた平民服。
チンピラはあり得ない、事はないがそれにしてはタイミングが良すぎる。
よって、王城関係なのは間違いない。
金を少しでも巻き上げるためか、監視のためか、抹殺のためか知らないが鬱陶しい事にはかわりない。
異世界において、人殺しは覚悟しておかなければならない事だと俺は思っている。
そりゃ現代の日本は頗る安全な国家だ。人が殺されればニュースにもなり、捜査が始まる。
だが、日本を出れば?
元の世界でも、それは起こっている。
闘争、紛争、戦争。
生きるため、奪うため、己の正義を通すため。
その理由は様々だろう。
だが、一歩日本を出れば、現実のものとしてそれは起きている。
生まれた場所が日本だったから。
殺さなくても死なないから、殺しなどしなくても生きていられるから。
でも紛争地域に産まれていたら?
更に言えば、昔の日本はどうだったか。
チョンマゲ?ハラキリ?ツジギリ?トノサマ?
郷に入っては郷に従え。
間違わないでほしいのは、俺かて殺しを推奨しているわけではない。起きうる可能性として、生き残るため考えて置かねばならない事なのだ。
さて、ここまで語っておきながら何なんだが。
つけてきている5人を、まだ殺すわけにはいかんのです。
何故かって?
残りの90枚を確実に振り込んで貰うためですよ…ぐへへへへ。
角を曲がった瞬間、俺は地面を蹴り、それが追いかけっこのスタートだ。
入り組んだ路地を適当に駆け回り、尾行者の視界から俺の姿を切り離した所で、
「【風よ】吹き上げろ」
地面を真上に蹴り上げ、魔術の力も借り、屋根の上へと跳躍した。
眼下を、俺の姿を必死に探す男達が駆け抜けていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
大金を手に入れたとはいえ、それに甘んじているわけにはいかない。
魔術媒介などの値段もそうだが、母さんへのお土産を買う金もたくさんいる。
やはり、金を稼ぐにはダンジョンだろうか。
稼ぐためにダンジョンで、売れる物を沢山持って帰る必要がある。
ドラゴ…魔王討伐の帰り道を参考に、一人で潜るのは効率が悪いと考えた。
帰り道では持ちきれず、その場に破棄した素材や魔核が多くあった。
で、俺が出した答えは至極簡単、奴隷を購入する事だ。
異世界ものの小説には度々出てくるワード。
世界によって待遇はまちまちだが、重要な所は基本的に同じだ。
───主を裏切れない。
これは大変重要である。
異世界の者、勇者(非)、異世界転移魔術。
知られると面倒事が増えそうなモノばかりのラインナップ。
秘密は守って貰わねばならない。
そこで、裏切らない奴隷が適任なのだ。
───俺は真っ白な建物を見上げた。
やって来ました奴隷商館。
変なイベントとかは、勘弁して下さい。
と、俺は柏手を打ってから商館へ足を踏み入れた。
「当館にお越し頂き、誠に有り難うございます」
出迎えるは、ザ・商人な見た目のおっさん。
ちょいハゲ、ちょい整った髭、ちょーでた腹。
ザ・商人である。
「奴隷を購入しに来たんですが」
「はい、畏まりました。では、どう言った奴隷をお求めですか?」
揉み手をして、商人はにこやかに尋ねる。
「あー…どんな感じの人がいるんですか?」
「なるほど。お客様は奴隷をお買い求めになるのは、初めてですね?」
「はい、そうです」
「当館では肉体労働から頭脳労働。家事から荒事。野外での戦闘から夜の戦闘まで。老若男女、上は70下は4と幅広い物を取り揃えております」
なるほど、なんでも御座れの奴隷商館か。
町で一番大きいだけのことはある。
だが待て、4才はそれ犯罪だろ!
いや……この世界ではありなのか?
まぁ、俺には全く縁のない話だ。
「では、女性の戦闘が得意な方でお願いします」
あ?むさい男と四六時中一緒とか耐えられるのか?
俺には無理だ。
「夜のでございますか?」
「違うわ!?」
つい、声を荒げてしまった。
「これは失礼致しました。では、それではこちらへどうぞ」
商人はそう言い、俺を奥へと即した。
連れて来られたのは、20畳ほどの簡素な部屋。
壁際にポツリと置かれたソファーに座らされ、「少々お待ち下さい」と商人は部屋を出ていった。
数分後、ぞろぞろと女人を引き連れ商人が帰ってきた。
「こちらが当館自慢の女戦闘奴隷です」
俺とは反対の壁際に並ばされている奴隷の人達。
数は25人とだいぶ多い。
異世界らしく、獣耳や長耳の方までいる。
だが見るからに皆、歳が若い。
10代前後から20代半ばだろう。
「これだけですか?」
ふふふ、まだ隠しているのだろう?
並んでいるのは、一般的な男子なら飛び付くだろう綺麗所が集められている。
それに、金額もそれはそれはいいはずだ。
「…お気に召しませんでしたか?」
落胆を見せる商人に俺は首を横に振る。
「いえ、全てを見ておきたいと思っただけです」
「お客様の要望に添わないと思いますが…お待ち下さい」
商人がもう一度退出していった。
お前が隠しているものは分かっている。
だが、俺はそれを目当てにここへ訪れたのだ。
ダンジョンのため?
はい、建前です。
この待機時間が焦れったい。
「…お客様、こちらで全てです」
お客様も物好きですね、と言うような表情で商人が言った。
追加されたのは10人。
いや…すまん、俺が間違ってた。
違うんだ、本当にこんなんだとは思ってなかったんだって!
連れて来られたのは………年端もいかぬ小さな子達だった。
「………………」
吟味する振りをして、俺は内心では頭を抱えていた。
期待してたのに!思ってたのと全然違う!
え?マジでこれだけ?
俺の希望は?
俺の癒しは、ドコデスカ?
何故…何故………何故!三十代半ばの女性がいない!
俺の母さんは今年で35歳になる。
これだけ言えば、分かるだろ?
俺は…母さん(仮)を探しに来たのだ。
もはや母さん成分なしでは、今すぐカイゼルを抹殺してしまいそうなのだ。
母さん成分がフソクシテイマス!
母さん成分をホキュウシテクダサイ!
ギブミーマザー!ヘルプミー!!
本物の母さんではない。
そう、偽りだ。
そんなことは俺とて分かっている。
だが、末期な俺の脳内は「パンがなければお菓子を食べればいい」と、「母さんがいないなら、仮の母さんを買えばいい」と言っていたのに!
何故だ、何故だ、何故だ、何故だ、何故なんだ!?
ファーーー!!
よし、少し落ち着いた。
「熟練の、方は居られないのですか?」
この聞き方ならば俺の思惑には気づけまい。
平静を装い、隣に立っている商人へ聞く。
「申し訳ありません。王都付近では現在、30代から40代が不足しておりまして」
商人は深々と腰を折る。お腹の肉が邪魔そうだ。
だが、聞き捨てならない言葉を言っていた。
王都付近では…だと!?
ならば、周辺の奴隷商を回っても居ないということだ。
くっ…カイゼルめ!?
いや、違うか。
しかし、居ないとなるとどうするかだ。
ダンジョンに潜るのに人手はあった方が楽なのは楽だ。
だが絶対に必要かと聞かれれば、そうとは言い切れない。
「んー…」
眉間にシワを寄せ、悩む俺に慌てる商人。
「お、お値段の方はいかほどをお考えですか?」
「んー大金貨を少々」
その言葉を聞き、商人は絶句し。
そして、目の色を変える。
俺は知らなかった。
奴隷の相場を。
人一人の人生を買う、それを言葉にすれば重い。
だが、一人の人生だからと皆が高値で売り買いされれば、人売り身売りでインフレが起こしてしまう。
故に奴隷の相場は金貨4、5枚。
日本円にして4、50万程なのだ。
某国の姫君ともなれば、プレミア、ブランド等で大金貨ウン10枚と行くこともあるが、それは滅多な事ではない。
そこで俺が告げた予算。
「え、数百万円だけど?」
商人が目の色を変えるのも無理はない。
「こちらに揃えた物は、殆どが処女の物でして」
「……へー、ふーん」
俺の反応に、焦る商人。
処女だのと、俺には関係のない情報だ。
「更に戦闘では──」
「あ、そうだ」
商人の熱弁を遮り、俺は声を上げた。
「この中で魔術使える人は?」
商人は何としてでも俺に売りたいのだろう。
「…魔力があるものですか?」
言い回しを変えてきた商人。
だが俺が求めたのは魔力を持っている、ではなく魔術を使えるだ。
「いえ、魔術が使える人で」
「…畏まりました」
商人は肩を落とし、奴隷を捌いていく。
「これだけです」
残ったのは5人。
うち4人はアウト。
「彼女は?」
残る一人の奴隷を指名する。
「はい、歳は20。勿論、処女でございます。魔術は種族がら適正は高いのですが…」
どうやらこの世界も、人種差別は横行しているようだ。
俺はその部位に視線を向けた。
長く尖った耳。
そう、彼女はエルフだった。
「その、長耳族でして…」
商人の声も必然、弱気になる。
この世界は人間主義なのか?
まぁ、俺も出来れば普通の人族が良かったのだが。
もちろん差別とかではない。生活基準が違うと色々と難しいと思ったのだ。男と女だと尚更。
「魔術は得意?」
「うひゃ!?ひゃい!」
取り合えず、性格は良さそうだな。
コミュニケーションも、まぁ良好…なのか、これは?
商人が驚きの表情でこちらを見ていた。
「なにか?」
俺、変なことしたかな。
商人も自分の向けた視線が不躾だったことに気付き、慌てて弁解する。
「申し訳ありません。お見苦しい所を…ですが、お客様はエルフ語がお喋りになられるのですね」
「えー…あぁ、まぁ」
なるほど、全てが納得いった。
言葉が違うから商人は売れないと肩を落とし、この人は突然母国語で話しかけられたから驚いたわけか。
これは恐らくだが、よくある召喚特典だな。
一人で納得した俺は、女性に…
「ところで、お名前は?」
女性、女性と言うのも目の前に居るのに変だ。
俺は軽い気持ちで聞いたのだが、
「る、ルリジューズといいまひゅっ!」
噛み噛みである。
だが…そうか、そうかそうか。
ルリジューズと言うのか…ルリジューズね。
「このルリって人、買った!」
即決現金で!
「ま、誠でございますか!?」
これには商人もびっくりする。
揉み手が大変な事になっているが、今は置いておこう。
摩擦で火とか付かないよね?
「ごほん…それで、彼女はいくらですか?」
「はい、本来なら見た目も充分綺麗ですし、魔術適正も高く、お値段も…」
そんなわけないだろうに、商人はにこやかに笑う。
まぁ、キレイなのは確かだ。
だが、見た目が綺麗なだけだろ?
それに長耳族で言葉によるコミュニケーションはエルフ語だけだし。
「え、そうなんだ?じゃあ──」
やめよっかな。
俺は鎌を掛けようとしたのだが、商人の反応速度は凄まじかった。
「ですが!」
声を張り上げ、俺の続きの言葉を防いだ。
「お客様は奴隷初購入と言うことですし!ここは、これからのご贔屓を願いまして!」
もはやそれは早口言葉である。
弾丸トークショーである。
冷や汗を流し始めた商人は、最後まで俺に口を挟む猶予を与えず言い切った。
「なんとなんと!お客様だけですよ?お値段は金貨3枚!」
奴隷とはそんな値段なのか?
俺は相場を知らないので安いと感じたのだが、黙ってそんなことを考えているため、商人は渋っていると勘違いし。
「で、でしたが!今日は特別ご奉仕!金貨2枚と大銀貨7枚……………大銀貨5枚……………3枚!」
何故か安くしてくれたので、一人でエキサイトしていく商人をただ見詰めた。
見詰める。
見詰める、見詰める。
このまま、もう少し安くなる気がしたんだ。
案の定。
「き、金貨2枚でどうでしょうか」
流れる汗を拭きつつ、商人が青ざめた表情で俺を見返す。
「じゃあ、それで」
「あ、有り難うございます!」
なんか可愛そうになってきたので、ここらが潮時だ。
ルリジューズを買った理由か?
ルリジューズは魔術適正が高いらしいから、この世界の魔術を母さんのために教えてもらおうと思っただけだ。
えぇーい、そんな目で見るな!
違う、あれだ!そう、彼女がキレイだったからだ。
………くっ。
母さんの…母さんの名前が… ルリナリア…なんだよ!
文句あるか、この野郎!
本日2話目。