01.マザコンは勇者に戻る?
ダンジョンを出て初めに思ったことは、慌ただしいだった。
ダンジョン前を幾人もが忙しなく駆け回り、通りすぎて行く。
「何かあったんですか?」
手近にいた男を捕まえて尋ねると、その男は俺を見て一瞬ぎょっとし、硬い表情のまま何とか口を動かした。
「そそそれがな、ダンジョンが死んだらしいんだ」
「…なるほど。呼び止めてすいませんでした」
俺が頭を下げると、逃げるように男は去っていった。
怯えすぎである。
確かに返り血が時間も経ちどす黒く染まってしまっているが、あんなに怯えることは無いだろう。
しかし、何時までもこのままでは不味いのも確かである。服とローブ、次いでに袋を買わなくては。
服装を現地の物に買い揃え、見た目は完全に現地人。着ていた服は、勿体無いが血塗れで使えそうもないので路地裏で密かに証拠隠滅しておいた。
魔核を袋に全て詰めギルドへと赴いた。
「すいません、何かあったんですか?」
受け付けカウンターにて、ここでも同じ質問を投げ掛ける。
あの男が嘘を付いている可能性は低そうだが、情報を擦り合わせるにこしたことはない。
「それが、魔王が倒された様なんです」
受付嬢は初見の人物だ。
しかし、魔王か…俺を呼ばなくても倒せる奴居るんじゃん。
これでは、母さんと離れ離れにされただけで完全に俺は貧乏くじではないか。
「魔王が…では、ダンジョンは死んでしまったのですか?」
これは男が言った言葉だ。
恐らく魔王とダンジョンには何かしら繋がりがあるはずなのだが。
「恐らくそうなります。現在調査中なのですが、魔物の出現がなくなり、ダンジョンの捕食もない様なんです」
「では、魔王を倒したのはどなたなのですか?」
「それが…それもまだ判明してないんです。」
受付嬢は苦笑いしながら、困っているんですと言った表情になっていた。
「…………興味本意な質問で申し訳ないのですが、魔王とはどんな姿なのですか?」
まさかな…………。
「魔王ですか?このダンジョンも中級程に成長していましたから、誰も魔王見たことがないんです」
答えは一旦保留、か。
安堵と歯痒さがない交ぜになった俺を、受付嬢は意味深な視線で見詰め。
「ただ…」
「ただ?」
歯切れの悪い受付嬢は、目を伏せながら自信なさげに続けた。
「魔王の魔核はとても大きいので、誰が見ても分かると言われています」
「な、なるほど」
咄嗟に担いでいた袋を、さりげなく背中に隠してしまった。
だが、受付嬢がそれに気付いた様子はなく。
「お力になれず、申し訳ありません」
寧ろ自分の不甲斐なさに頭を下げる。
「いえ、大変勉強になりました」
「そう言って頂けるだけで嬉しいです」
社交辞令と取った受付嬢だが、俺は本心からそう思っている。
仮にこの話を聞いていなければ、今頃…俺は担いでいる物を躊躇なく買取りカウンターに持って行っていただろうから。
もしもコレがそうなら、面倒臭い事になった。
「ありがとうございました。失礼します」
俺は逃げるようにギルドから立ち去った。
◇◆◇◆◇◆◇◆
街中を歩いて、頭の中を色々と整理した。
もしかしたらだが……いや…たぶん……きっと……恐らく……。
俺が担いでいるのが魔王の魔核、なんだろうな。
うん、絶対そうだ。
そうなると発生するメリット、デメリットがあるわけで。
まず一番大きな問題は、魔王の魔核など気軽に売れないことだ。
確実に足がつく。
だから、自ら術時魔術の材料にする手もある。
だがその場合は金が手には入らない。
魔術に用いる材料とは得てして馬鹿高いはず。
悩み所ではあった。
そう、俺は閃いたのだ。
さすが母さんの息子たる俺の頭脳!何時でも優秀。
ありがとう母さん!
ありがとう母さんのDNA!
そして俺は、この国で1番目立つ目的地へとたどり着く。
「何者だ!」
恐らく俺の存在を知らないような下っ端くんなのだろう。
不躾な視線を向けながら、彼は剣の柄に手を掛けた。
騒ぎを聞き付け、周囲からもぞくぞくとお仲間が湧いてくる。
俺の進路を阻む様に半円を描いて取り囲む。
「怪しい奴め!両手を上げてそこに跪け!」
威張り散らす彼ら。
礼には礼を、無礼には無礼を。
神対応には神対応を、糞対応には糞対応を。
俺は全員を見回し、しっかりタメをつくり。
「おい、カイゼルに伝えろ!勇者様が帰って来てやったとな!」
そう、俺は王城へと帰って来たのだ。
「はっ、誰が勇者か!お前など知らぬは!」
下っ端兵士Aくんがいきり立つ。
だが、コレでいい。
俺の事を下の者にまで、伝えていなかった王国側の落ち度である。
オレハナニモ、ワルクナイヨ?
よし、あの離れの塔でもぶっ壊してやるか。
もはや下っ端くん達を構うのも面倒だ。
騒ぎを大きくし、早々に上の方に出てきて貰おう。
俺は塔に向かい、手を翳し───
「勇者様っ!?」
───たところで、城から走り出で来るリ、リ……お姫様の叫び声が。
どうやら塔の破壊は、一先ずしなくても良さそうだ。
俺は下っ端くん達に細めた目を向ける。
見て分かるほど慌て始めた兵士諸君。
大丈夫、君達は悪くないのだよ。
悪いのは全てカイゼルなのだから。
「ゆ、勇者様!」
お姫様が嬉しそうに近寄るのを、兵士達は固唾を飲んで道を開ける。
「あ、ああ、あにょ!」
慌てすぎてお姫様の言語能力が著しく低下していた。
自分でも平静さを失っていることに気付き、頬を赤く染めている。
だからといって、落ち着くのを待ってやる謂れはないので。
「話がある。カイゼ…国王に会わせてくれ」
俺の言葉遣いに幾人かの兵士が顔をしかめる。
「か、かしこまりました。お連れいたします!」
が、お姫様の方は何ら気にすることなく、先導を買って出た。
その後に続き、何日かぶりの王城に登城する。
さてさて、カイゼルよ…どうしてくれようか。