03.
意気揚々とダンジョンの入り口から引き返した俺は、マテリアの情報を集めることにした。
まずは地図を求め、それっぽいのを置いてそうな店を探しながら歩き回った。
だが正確な世界地図はなく、世界の形を模した落書きしか見つけられなかった。
仕方なしに数店回った中で、一番まともそうな物を購入した。
おまけでペンとインクを貰ったが、なんと金貨2枚もした。
日本円にして、20万円。
高い買い物になったが、必要経費といって良いだろう。
地図を手に入れ、既に帰る気満々の俺は国王に少しくらい情報が行くのも気にせず、地図片手に聞き込みをして回った。
酒場や食事処、露店商や大きな商館でそれとなく地図を見せ、近場から徐々に遠くへと街の名前や道の名前を聞いては書き足していったのだが。
もしかして…
俺は焦燥感に駆られていた。
もはや、目立つ行動は避けなければ等と言っている場合では本気でなくなっていた。
道行く人、商人と、手当たり次第あたっていくが、未だ色好い回答を聞くことが出来ずにいた。
その所為か、頭には最悪の予想が過ぎる。
この世界は…
恐らく、無意識のうちには気付いていたのだろう。
だから考えない様に、確実に答えが帰ってくるであろう、ここを避けていたのだ。
俺の予想が正しければここは、全国区にチェーン展開する大型店みたいなもののはず。
情報が自ずと集まっていくる場所。
俺は震える足で、探検者ギルドの扉をくぐった。
「すいません」
「はい。あ、先程の」
受付を訪れた俺を出迎えたのは、登録時に担当してくれた受付嬢だった。
「どうも。少し、お聞きしたいことが有るんですが」
「何かご不明な点がございましたか?」
「いえ、違います…これなんですけど」
「地図、ですか?」
地図には街の名前や大きな街道が、俺の手によって書き込まれている。
その意図が読めない受付嬢はぱちくりと瞬きを繰り返し、俺を見返していた。
「マテリア…と言う名前や場所に心当たりは有りませんか?」
俺は震えそうになる声を押し殺し、平静を装い受付嬢へと訪ねた。
質問に得心がいったのか、ひとまず頷いた受付嬢。
しかし、思い出そうとさ迷わせていた視線を虚空から俺へと向け、その顔を申し訳なそうに歪めた。
「すいません。私では分かりかねますので、少しお時間を頂戴してもよろしいでしょうか?」
断る理由もないので、そのまま指示に従い手近にある椅子に座って待つことにした。
待つこと数十分。奥へと引っ込んでいた受付嬢がカウンターに戻ってきて、俺を手招きする。
「お待たせしました」
「いえ、それで…」
そこまで言って俺は後悔した。
幾人に聞き込みをして、俺の中ではもはや予想は確信へと変わりつつあるのだ。
そこに自ら決定打を招き入れる行為は、未だ保てている平常心の支柱を、自ら叩き壊す行為に他ならない。
だが、そんな俺の心中など見当も付かない受付嬢は、良かれと思って。
「はい、上の者にも確認を取ったのですが、そのような場所、街は、過去の記録にも現在も御座いませんでした」
受付嬢は過去の記録をも遡り、目の前の俺の為に骨を折ったのだろう。
奇しくもその心遣いが、俺の心を叩き折る行為だとは知らずに。
「そう…ですか」
足元が崩れ落ちた錯覚に襲われた。
立っているのか、歩いているのか、座っているのか、俺は何をしているのか…何も分からない、分かりたくなかった。
未来が、目の前が、真っ暗だ。
───ここはどこだ。
受付嬢にちゃんとお礼を言えたのか覚えていない。何をして、どの様にここまで来たのかすら分からない。
ただ、ローブには夥しい血痕と、何かに引っ掻けた様な後が至るところに付いている。辺りはほんのり明るい程度で、圧迫感を伴う。
だが、もうそんなことはどうでも良いのだ。俺の希望はあっさりと消え、どうしていいのか分からない。
───ああ、母さん。
俺は無意識に顔を両の手で覆う。
「はは、ははは…はははははははははははは」
絶望に心が荒れ狂い。
意味のない笑いが沸々と込み上げてくる。
ああ、なんて事になったんだ。
もしかして…ではなく
この世界は……そう
母さんの居た…………世界でもなく
俺も、母さんも知らない…三つ目の世界だった。