02.
いま俺は、公園のベンチに座っている。
見詰める視線の先は、子供と戯れるお母様方。
少しでも母さん成分を補給しようと思って来たのだが、これはこれで生殺しである。
空腹で今にも倒れそうな者の前に、コース料理を並べて「見るだけだからね?」と言うくらい残酷なものだ。
窓から華麗に飛び出し、風の魔術により空へ吹き上がる上昇気流を発生させ落下速度を緩め、見えた街に逃走したまでは良かった。
いや、魔術がちゃんと効果を示してくれるか、落下しながらちょっと肝を冷やしだが。
そこはあれ、俺は母さんの教えを信じていた。
城を飛び出たのは良いが、地理も分からず無一文。
さて、これからどうするか。
もはや使えない王様の所に戻るのは却下。
すぐに元の世界に戻れる確証はどこにもないので、当座の資金がいる。
なら、噂のダンジョンか。
あとはこの街と近隣の情報と、手に入るなら世界地図なんかも欲しい。
で、最重要な情報として、マテリアの街が何処に有るのか調べる事だ。
マテリアは母さんが異世界転移の魔術を研究していた街の名だ。そこに辿り着くのが、元の世界に戻る一番の近道と考えて良いだろう。何せ母さんと言う実例もあるし、資料や素材も異世界転移した時のまま手付かずのはず。
隠し部屋で全てやっていたと言ってたから、たぶん大丈夫だろう。
よし、行動方針は決まった。
なら、行動有るのみだ。
俺は勢いよくベンチから立ち上がると、少しだけ後ろ髪を引かれつつその場をあとにした。
◇◆◇◆◇◆◇◆
俺は今、ダンジョンに向かい歩いている。
………どこにあるかは知らないけど。
先ほどから帯剣しているヤツの後を、それとなく着いていくがどれも外れ。
酒場や武器屋や、挙げ句のはてには真っ昼間から娼館に行くヤツまでいた。
この街は大丈夫なのだろうか?
魔王、活発に動いてんじゃないの?
今まさに尾行していたヤツは、宿屋らしき建物へと入って行った。
「コイツも外れか…」
四度目の失敗である。
もはやここがどこかもわからず、憩いのベンチにも戻れない。
だがこれしきで俺はめげない!
再度それらしきヤツを探す。
なぜここまで頑なに人に聞かないのか。
それは、そいつから俺の情報が王国側へ、届く恐れが有るからだ。
面倒はなるべく避けねばならない。
──と、思っていた時が俺にもありました。
「おい、兄ちゃん。今、俺の足踏んだよな?」
大通りを探して、少し路地裏に入ったらこれだ。
「聞いてんのかゴラァ!?」
「兄貴、コイツびびって喋れないんじゃないですか?」
「けけけ、絶対そうですよ親分!」
大男が一人に取り巻きが二人、見るからにテンプレチンピラ。
取り合えず、可及的速やかに兄貴か親分どっちかに統一してもらいたい。
俺がそんなどうでも良いことを考えている所為で、兄貴(勝手に決めた)はお冠の様だ。
「おうおう、聞いてんのかテメェ!」
あぁ、これがかの有名な異世界テンプレか。
そんな感慨に耽っていられたのもつかの間、業を煮やした兄貴分が拳を振るってきた。
「この糞ヤロ!こっちの話を聞けや!
俺の頬を目掛けて向かってくる拳を軽く躱し、その勢いの乗ったままの拳に手を添えて…ぶん投げる。
路地裏何てものは往々にして狭い。
そうなると、投げられた兄貴さんは壁に激突するわけで。
「ぎゃふっ!?」
頭を下にした状態で壁に激突し、兄貴さんは変な体勢で伸びてしまった。
俺は振り返り訪ねた。
「まだやる?」
取り巻き二人は、もげんばかりに首を横に振る。
俺はそれに満足し頷き、
「よし、なら有り金全部置いていけ」
と、にこやかに言い放った。
取り巻きは直ぐ様行動に移った。これがコイツらが生きていけた理由なのかも知れない。
金は全部で金貨が6枚に、少し大きい銀貨が6枚と小さな銀貨が23枚、後は大きい銅貨が14枚と小さい銅貨が67枚。
多いのか少ないのかは分からない。これも後で調べないとな。
「あ、その剣もくれる?」
兄貴さんの腰を指差した。
「へ、へい」
コイツはなかなか仕事の出来るヤツである。
子分Aと名付けよう。
剣と共に剣帯も一緒に取り外し、渡してきたのだ。
「お前やるな、これ駄賃な」
俺は巻き上げた金を少し握らせた。
「あ、ありがとうございます」
「ところで、ダンジョンってどこにあるんだ?」
剣帯を装着しながら問いかけた。
後でローブかマントを買わないと、この服は目立つな。
「あちらの方角に行くと、一目で分かるような建物があるんですよ。そこの付近に行けば確実に分かります」
子分Aに張り合うように、子分Bが説明する。
「あ、うん、成るほどな。はい、駄賃」
何か片手打ちも悪いので、コイツにも少し金を握らせ。
「よし、お前らもうこんなことするなよ。じゃあな」
そう捨て台詞を残し、俺はその場を立ち去った。
ホクホク顔で。
言われた道中に丁度ローブを扱う路店を発見し、迷いなくローブを購入した。
ついでに脇に置いてあった大きな袋も購入。
締めて銀貨3枚と大きい銅貨が6枚。
少し路店を見回り、おおよその貨幣価値を把握した。
大金貨=1000000円 金貨=100000円
大銀貨=10000円 銀貨=1000円
大銅貨100円 銅貨=10円
たぶん、こんなところだと思う。
大金貨と金貨は流石に路店では扱かってなかったので、大銀貨までの結果からの予想でしかないが。
しかしあのチンピラ共、そこそこの金額を持ってやがったな。
買い物とチンピラABにやった金額を抜いても、端数を差し引いても67万円。日本円換算だが。
ふふふ…大金だ。チンピラ旨々である。
いや、おちつけ俺。幸先が良いのは素直に喜ぼう。
だが、早くダンジョンに向かわなくては。
俺は自分を戒め、スキップしながらダンジョンへと向かった。
ダンジョン…直ぐに着きました!
え、何で俺見つけられなかったの?
バカなの?俺死ぬの?って言うくらいに直ぐにダンジョンは見つかった。
この辺りでは突出した高さの建物で、天辺にでかでかとダンジョンと書いてあった。
この建物はどうやらギルドっぽい。
その近くに石で囲われた、地下鉄の入り口見たいなのがダンジョンの入り口だろう。
ダンジョン何て言うから、大きな塔をイメージしてたのだが。どうやら下に潜るタイプの様だ。
しかし、こんなことなら魔法のことばかりではなく、ダンジョンの事も母さんに聞いとけば良かったな…あぁ、母さん。
「いかんっ!マザーシックにかかってしまうところだった」
つい、口に出して叫んでしまい、そこかしこから突き刺さる視線。ローブを来てるので、尚のこと怪しい。
しかし、俺……大体なんだマザーシックって。ホームシックかよ。
いや待て、直訳すると母さん病気じゃねぇかよ…。
俺は自分を自分で殴り付けた。
理由は………察してくれ。
「ダンジョン入ろ…」
とぼとぼ入り口へ向かったが、
「ギルド証の提示を」
ギルド員に見事に止められた。
やはりギルド証なるものがいるようで、それがないと入れないらしい。
俺もそうじゃないかとは思っていた。思っていたよ?
「ギルド証の提示を」
「はい、どうぞ」
「探検者シュンだな?」
「そうです」
さくっと作ってきました、隣の探検者ギルドで。
名前は城でハルと名乗ったので、こちらは本名で登録した。
ギルドで長い説明を受けた、が3分の1も覚えていない。
どうせ直ぐに帰るのだから、俺には関係ない。
金が貯まったら………貯まった……貯ま………………………………………………金あるな。