00.プロローグ
よろしくお願い致します!
異世界は存在する。
複数存在しているのかは知らないが、こことは違う世界が確実にもう一つあるのは確かだ。
俺はそれを知っている。
そこは魔法が存在し、数多の化け物が地上を闊歩し、あのドラゴンが大空を飛び交うのだ。
人々は剣を手に持ち魔法を駆使し、そんな化け物共と生死を賭けて死闘を繰り広げる。
小さな頃はそんな世界に行くことを夢見ていた事もあった。
まぁ現在は異世界など願い下げだ。
何せ俺も今年で17歳。華の高校生活を謳歌している。
自分の為の時間が、今ならいくらでも作れるのだから。
彼女がいるかって?
そんなものはいないし、いらない。
部活を頑張っている?もちろん帰宅部だ。
勉強?留年しなけりゃどうでもいい。
自宅待機が、何を置いても優先されるのだ。
いや、少し語弊があるけどまぁいい。
さて、今何時だ?
時刻は18時まで後10分か。
俺は余裕を持って自室からリビングへと向かう。途中でキッチンにより、紅茶を2人分注ぐ。
テーブルにティーセットを用意し、ソファーに腰掛けリモコンを手に取った。テレビを付けてチャンネルを合わせる。
準備は整った。
タイミング良く、廊下からパタパタとスリッパが踊る音が聞こえる。少し慌てた足音が徐々に近づき、ドアが開く。
「まだ始まってないわよね?」
エプロンをはためかせて現れた女性は、滑り込む様にソファーへ座る。
「大丈夫。今から始まるところ」
女性は安堵のため息を吐き、恥ずかしそうにはにかんだ。
テーブルに用意した紅茶手に取り誤魔化した。その一連の流れは非常に愛らしい。
「あ!始まった」
流れたオープニング曲を口ずさみながら左右に揺れている。
あぁ、本当に愛らしい。
毎週この時間は、絶対不変でここにいる。
テレビを見つつ、チラリと横目で女性を伺う。話が進むにつれ、どんどん前のめりになっている。
見ている番組は、今話題のアニメ作品。
魔法幼女マホカ☆マジか!?
通称「マホマジ!?」
何故このような番組を見ているかと言うと、いたって単純…隣の女性がマホマジの大ファンだからである。
「この魔法は……でも、演算式は……なるほど、こう言う応用が…」
女性の目はいつもながら、驚くほど真剣にテレビの映像に釘付けにされている。その口元から漏れるコメントも、普通の視聴者とは一線を…いや、常軌を逸していると言っても過言ではないだろう。
間違ってもらっては困るのだが、決して中二病等ではない。
この人は紛う事なき──
「ねぇねぇ、この魔術式。どう思う?」
「うーん…ここの魔術回路の術字が──」
英才教育の賜物である。
俺の口からスラスラ綴られる専門用語は、この女性から物心ついた頃から教わっていたもの。後はこうした会話の機会を増やすべく、ラノベや書籍を読みあさり、自身で仮説と考察を重ねた努力の結晶。
「なるほどねー!じゃあじゃあさっきの詠唱による術式補助とその効果の───」
「それなら───」
楽しい会話に、ニヤ付きそうな口元を必死に表情筋で押さえ込む。
無邪気に語るその姿は…何度でも言おう、愛らしいと!
───楽しい考察会を終え、世界一美味しい食後の至福の時間。
俺が紅茶を入れ、それを飲みながら何気ない会話に花を咲かせて笑い合う。
俺はこの時間を享受する為に生まれてきたのだと思う。
「もうこんな時間」
しかし無情にも、終わりはやって来るのだ。
時計を見ると既に22時を回っている。
明日は平日。俺は学校があり、女性には仕事がある。
ここで駄々を捏ねるほど子供でもない。まして困らせるなど以っての他だ。
「ここ片づけておくから、先にお風呂入っちゃって」
「はぁ~い」
返事は良いのだが、ソファーから立ち上がる気配はない。ふらふら視線をさ迷わせた後、なにか思い付いたのか嬉しそうに声を上げた。
「あっ!?一緒にはいる?」
「………もう、そんな歳じゃないって」
ティーカップを回収している手が一瞬止まる。
なんと言う不意打ち!コレが天然のなせる技か!?
提案に引かれた心を叱り付け、ぎこちなさの残る動きで何とか平静を装った。
「そんなこと言ってないでお風呂」
「う~ん」
口元を尖らせぶうたれる。
あぁ、こんな時間が永遠に続けば良いのに。
名残惜しみながらもティーカップを手に1客ずつ持ち、キッチンへと向かう。
ティーカップを洗い終わり、水切りラックに立て掛ける。
洗い終わったが、いまだに風呂へと向かう様子がない。
「まったく」
女性の就寝時間は日付が変わる前。
23時半頃にはうつらうつらし始めるので、早くしなければ明日に差し支える。
リビングへと向かうと、やはりまだソファーに陣取っていた。
「ちょっと、母さん───」
それは声を掛けようとした時だった。
「………っ!?シュンちゃん!」
どうしてなのだろう。なぜこうなった。
足下にはどう見ても、何かしらの魔術式が青白い光を放っている。
魔術式はまばゆい閃光を上げ、視界を白く埋め尽くす。
最後に見た母さんの顔は、何故か嬉しそうで。
最後に聞こえた母さんの声は…
「こんな術式みたことなーいっ!」
息子がこんな状況なのに、見事な天然ぶりを発揮している!?
こうして俺、真山 春は異世界へと召喚され、
大好きな母さんと離された。