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「なんで、こんな事ばっかりするの、タロウお姉ちゃん!」


 小さな影が躍り出た。

 綺麗な金髪をポニーテールに編み、向日葵の髪飾りで止めている少女が、僕たちと鎖の間に立つ。

 ナロウ荘で同じ時を過ごした大切な仲間、ルルルちゃんだ。

 

 その時、奇跡が起きた。


 ルルルちゃんに当たるはずだった鎖が空中に制止しているのだった。

 それはまるで、タロウがオトメの世界法則を自在に操っているかのように。

 でも、これはタロウの意志ではない。

 彼も空中制止した鎖を驚愕の表情で見つめている。

 ここにいて唯一、空中制止した鎖を驚きもせず凝視しているのはただ一人の少女だけだった。


「もう止めてよ、タロウお姉ちゃん。こんなの全然タロウお姉ちゃんらしくないんだからね。はやく、ルルが好きなお姉ちゃんに戻ってよね!!」

「違んだ、ルルル。これが自分なんだ。大好きな人を守れなかった自分が、本物なんだよ。俺は駄目なんだよ。守れないんだ。だから、俺は愛や、恋愛なんて感情をこの世界から無くさないといけないんだよ」

「何を言っているのか全く分からないよ! 守れなかったって、タロウお姉ちゃんは迷子になっていたルルルを助けてくれたじゃない。守ってくれたじゃん!」

「違うんだよ。俺は、俺は、俺は、守れないんだよ。守れないんだよ。鈴寿お姉ちゃんを、恋の呪いから救い出すことが出来なかった。

 だから、俺の世界に愛や、恋や、恋愛なんて、あっちゃいけないんだよ。そうしないと、俺が神様の世界なんて………絶対に幸せになんてなれやしないんだよ」


 空間を裂き、新たな鎖が姿を現し、暴れ馬のように僕たちに襲いかかってくる。

 でも、不思議と恐怖が薄れていた。

 僕はもしかしたら、ちょっとした思い違いをしていたのかもしれない。

 ぎゅっと大切なリンジュの手を握り締める。

 彼女は力強く握り替えしてくれた。


「駄目だよ、タロウ……お兄ちゃん。こんなのタロウお兄ちゃんじゃないよ。ルルルの知っているタロウお兄ちゃんは、もっと優しい人だもん」


 またしても、不思議なことが起きた。

 ルルルちゃんの思いに応じるかのように僕たちに迫っていた鎖が弾け飛ばされた。

 いや、二度も起きれば不思議なことで済ますわけにはいかない。

 タロウが生み出している鎖は、ルルルちゃんの意志にも応じている。

 これが意味することはつまり、ルルルちゃんも、世界を操る力を持っているってことだ。


「どうして、ルルルが、この世界を操れる力を持っているんだ?」

「それは………教えてもらったからかな、リンジュお姉ちゃんにとてもよく似た……」

「ルルルちゃん」


 タロウとルルルちゃんの会話を遮るように、チョコレートのような甘い声がした。

 でも、今のそれはただ甘いだけじゃない。

 甘さの裏に誰もかみ切ることの出来ない芯が宿っていた。

 リンジュはそっとルルルちゃんの元へ向かって歩いていく。

 彼女を呼び止めることを僕は出来なかった。


 振り向き様にリンジュが僕を見てくれる。

 彼女は何も言わなかった。

 ただ僕の目を真っ直ぐに見て、頷いてくれた。


 信じていると言ってくれたように僕は感じた。


「アタシずっと不思議だったんだ。どうして、ルルルちゃんはアタシの所に落ちてきたのかって? それはアタシが母親だったからなんだね。だから、アタシでアタシじゃない子供がアタシの所に墜ちてきたんだよね」


 明かされた真実に世界が止まった。


「ど、どういうことだ………」


 タロウさんが上擦った声を上げている。


「ツバサとタロウの話を聞いていると、ツバサのいた地球って場所には、アタシであってアタシじゃない人。鈴寿さんがいたんだよね。ルルルちゃんは、きっとその鈴寿さんの娘なんだよ」


 もし、リンジュの言葉が真実だとすれば、それは彼にとって何よりも信じられない出来事だろう。

 僕自身、何も知らなければ、はいそうですかって受け入れられる話じゃない。


 でも、僕は地球からオトメに来るときに、ルルルちゃんの記憶を見てしまった。

 アレは、まだ胎児だった頃のルルルちゃんの記憶だったんだ。

 だから、最初は目を開けることが出来ずに、匂いと音しかなかった。

 オトメに飛ばされた胎児が赤ちゃんに為るべく目を開けて、光に射抜かれ、世界と向き合った。


「ルルルが、鈴寿さんの娘だと。馬鹿なことを言うなよ。リンジュさんの娘はあの日、事故で死んだんだぞ………」

「でも、鈴寿さんの中にいたらしい赤ちゃんの死体は誰も見ていないんじゃないのかな?」


 甘い声で問いかけられて、タロウが返事に詰まった。


「ツバサを初めとしたみんなは、地球っていう異世界からやって来たんだよねぇ。だったら、生まれる前の赤ちゃんがこの世界にやって来るのもおかしなことじゃないと思うな」

「だが、オレがこの世界を作ったのは、リンジュさんの子供が死んだ後だぞ。お前のような偽物の戯言に惑わされるものか!」


 偽物呼ばわりされて、リンジュの顔が困ったように歪んだ。

 それはまるで、無茶ばかりをする弟を見守る姉のようなやさしい瞳だった。


「じゃあ、そもそもこのオトメ自体が、あなたが一から作った世界じゃないとしたら?」「どういう意味だよ、それ?」

「このオトメは………あなたじゃなくて鈴寿って人がベースを作り上げた世界なんじゃないかな? だから、鈴寿さんの娘であるルルルちゃんも世界の法則に干渉できているんだと思うよ」


 この世界がタロウの意思で出来上がっていたとしたら、腑に落ちない点がいくつかあった。


 タロウは、世界と拒絶したにも関わらず、世界と世界をつなぐ渦を残して、居たこと。

 それらは、タロウではなく、外の世界に興味津々だったルルルちゃんの力が無意識の内にオトメに作用していたかもしれない。


「ねえ、お願い、タロウさん。目を覚ましてよ。あたしには分かっちゃうから、大切な人を思いすぎて、周りが見なくなってしまうことが」


 苦笑を浮かべながら、リンジュが首筋をそって撫でる。

 そうだったね、キミも美砂さんに挑発されて、僕に首輪をつけてずっと側に置いていようとしていたんだよね。

 初めて知る感情に自分でも、理解が出来ずに、苦しんでいたよね。


 僕たちは恋を知っている。


 それは、甘いだけじゃなくて、時には耐えられないぐらいの苦みを伴うこともある。

 リンジュと離れ離れになったこの数週間で僕はそれを知った。


「そうね。きっと、その子、私であって、私でないリンジュの言ったことは本当なんだよ、私も思うな」


 チョコレートのような、でも、ボクの大好きな彼女とは違う声がした。

 空に白い渦が現れ、オトメと地球を繋ぐ次元の裂け目が見えた。

 今にも腹を抱えて笑い出しそうな顔をしている美砂さんと、ちょっとばっかり困ったように眉を寄せている鈴寿さんが渦を超え、オトメへとやって来た。

 ルルルちゃんの記憶に巻き込まれた僕はどうやら、先行してこちらにやっていたみだいだ。

 

「タロウちゃんも覚えているよね。昔、私とタロウちゃんが色々な異世界を作って遊んでいた時代にさ、タロウちゃんの発案で、女の子ばかりの異世界で私とそっくりな少女だけがお城の中に閉じこめられて………お城から助け出してくれる王子様を待ちこがれている異世界を作ったよね。

 あの時は、タロウちゃんが、私とそっくりの少女を助け出す王子様になるんだって言っていたけど、このオトメは、その時の異世界にとても良く似ているよね」


 鈴寿さんがタロウに向かってゆっくりと歩き出していく。

 タロウが後ずさる。

 現実を否定するように何度も首を横に振っている。


「ルルルちゃんが、地球に迷子になった時に私のとこにやって来たのはきっと、偶然じゃないのよ。そして、数日だけだけど、一緒に暮らしてみて、言葉では言い表せない不思議な感覚を味わっていたのよ。認めたら、ルルルが可哀そうになると思って、ずっと目をそらし続けていたけど、もう逃げちゃだめよね」


 そっと鈴寿さんがタロウさんに抱きつきた。


「だから、本当にありがとうね、タロウちゃん」


 リンジュの甘いチョコレートのような声とは僅かに違う。

 甘いだけじゃなくて、人生の渋みも僅かに含まれた甘い洋菓子のような声が響いた。


「え? 何を言っているの、鈴寿お姉ちゃん、オレはあなたに何もできていない………」

「何言っているのはこっち台詞。異世界で独りぼっちに生きていくしかなかった………私の娘をこんなにも立派に育ててくれたのは、タロウちゃんじゃない」


 世界の時間が止まったように感じられた。

 それは同時に哀れな一人の男の思いが報われた瞬間だったのかもしれない。


「俺が……鈴寿お姉ちゃんの娘を………救えた。俺、鈴寿お姉ちゃんの力になれたの?」

「そうよ。だから、何度でも言わせてちょうだい。私達家族を救ってくれたのはあなたなのよ。だから………ありがとうね、タロウちゃん」


 窓の向こうで、空から雨がぽつりぽつりとこぼれ始めた。

 まるで、涙を流すのを必死にこらえている卯月太郎の心を代言するかのように、雨は降り続けた。


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