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3-12


 今、僕が見たのは一体なんだったのだろうか。

 アレは、鈴寿さんが子供を失った時の記憶?

 それに最後に出てきたのは…………。

 どういう事、夢のようだけど、夢じゃない。

 誰かの記憶を追体験したとでもいうのだろうか。

 それにもし、アレが真実だとすれば、もしかして、ルルルちゃんは………。

 混乱する頭を落ち着けるために、視線を移す。

 でも、それは失敗だった。


「なんなの、ここは?」


 地球とオトメとを繋ぐ渦をくぐり抜けて、大切な彼女が待っている世界に戻ってきた。

 一緒に渦に飛び込んだはずの美砂さんと鈴寿さんの姿は見えない。

 別の場所へ墜ちてしまったのだろうか。

 しかし、二人がいないことは、この変わり果てたオトメを目の前にすれば些細なことだった。

 渦から墜ちた先は、何度も彼女とオトメの世界に語らいだ城のベランダだった。

 まだ彼女が詛いによって、城から出ることが叶わなかった頃、僕は何度もここに通い、僕から見えるオトメの世界を彼女に伝えた。

 彼女は何も知らず、僕が伝える言葉一つ一つに瞳を大きくし驚き、興味津々にオトメの世界の事を尋ねてきた。

 そんな彼女に僕は心引かれ初めて、少しでも彼女にオトメの事を教えて上げたくて、世界を見ていた。


 でも、今、ベランダから見える世界は、僕がリンジュに語っていた世界の面影は残されていなかった。


 女の子しか存在しないこの異世界は、かつて活気に溢れていた。

 異性という概念が無くても、みんながお互いに手と手を取り合って生きているオトメがボクは好きだった。

 なのに、今はまるで死骸のようだった。

 あれほど和気藹々としていた街には誰もいない。

 静寂に支配され、まるであの日からオトメという時間が止まってしまったかのようだった。

 大地の至る所から鎖が生え、空へと伸びている。

 それはまるで、かつてリンジュをお城に誘拐していた力が具現化したかのようで、見ているだけでボクの心は締め付けられていく。


 鎖の突き刺さる空は漆黒の染まっている。

 道ばたに咲いていた花は枯れ果てている。


 もしかして、ボク達が地球に戻って以降、この世界には一度も朝がやってきていないんじゃないのだろうか。

 ずっと、ずっと、ずっと、闇に染まっているだけの世界。

 それはまるで鈴寿さんを救うことが出来なかった、タロウの苦悩がそのままオトメに反映されてしまったかのようだった。


 こんな世界、彼女に似合うはずもない。

 あのチョコレートのように甘い甘い声は、晴天の空の下こそ似合っている。


「そこにどなかったいらっしゃるのですか?」


 窓の向こう側から、ずっと恋いこがれていたチョコレートのような甘い声が聞こえたのだから。

 速まる動悸を必死に押さえながら、でも、体の勢いは押さえることが出来ず、力の限りに窓を押し開く。


「僕だよ、リンジュ!」


 彼女は変わらずそこにいた。

 キョトンとした丸い目の焦点が少しずつ合って行くにつれ、丸みを帯びた柔らかな頬に笑みが刻まれていく。


「ツバサぁ?」

「うん、僕だよ。リンジュ」


 チョコレートのような甘い声が僕の心を解かしていく。


「ツバサぁぁぁ!」


 やっと僕が本物だって分かってくれたリンジュが、絹のようなきめ細かい髪を靡かせ、兎のように走りながら近寄ってくる。

 やっとリンジュに会えた。

 彼女の顔をそこに見ているだけで嬉しくて、泣き出しそうになるけど、まだ問題が解決した訳じゃない。


「え? 動かない………」


 時が止まったかのようにリンジュの体が制止した。

 ふわりと巻き上がっていた髪の毛も重力に逆らっているかのように舞い上がったまま止まっている。

 異常な光景だった。

 こんなオトメの世界の物理法則をねじ曲げたような所業が出来る人物を僕は一人しか知らない。

 リンジュと僕の間の空間が揺れた。

 何もなかったはずの空間が、波紋が拡がる水面のように揺らめき、ゴスロリ衣装に身を包んだ彼が姿を現した。


「せっかく元の世界に送り返してやったというのに、お前はまたやって来たのか?」


 男らしいドスの利いた低い声でタロウが僕を威嚇してくるけど、恐れることなんか無い。


「だって、ボクはリンジュの事が好きだからね。何度でもやって来るさ!」

「だまれ」


 目に見えない力に脳天を叩かれた。

 視界が真っ白に染まったと想ったら、顎から地面に押しつけられてもう一度頭の中が、真っ黒になる。

 口の中を切ってしまったのか、舌の上に鉄の味が拡がっている。


「ツバサぁ!!」


 リンジュの悲痛な悲鳴が心を締め上げる。

 僕の大好きなリンジュにこんな声を上げさせるなんて、絶対に許さないからね、タロウ。

 キミがこの世界の創造主で、世界の物理法則を自由に操れるとしても、僕は負けるわけにはいかない。

 血走った目がウジ虫でも見るかのように僕を見る。

 僕にのし掛かる見えない力がまして、床がめり込んでしまいそうな程に押しつけられる。


「そんなにリンジュ、リンジュ言うのなら、これでもまだ言えるのか?」


 狂気に染め上がった創造主が、指を鳴らした。

 たったそれだけのことで、僕を不安そうに見守ってくれていたリンジュの瞳から光が消えた。

 あの時と一緒だ。

 僕を世界と世界とを繋げる渦に付きとした時のように、リンジュの人格が消え失せ、タロウの意図のままに雨後すだけの人形へとなったしまった。

 僕が幾ら、彼女の名前を呼ぼうとも、その瞳に光が戻ってくることはない。


「おい、出来損ないの偽物。恋を知った偽物であるお前なんてやっぱり目障りだ」


 タロウの命令に従って、金縛りにあったかのように硬直していたリンジュが動いた。

 だけど、それは自分で自分の首を絞めていく異常な光景だった。

 命令をただ実行している機械のように、リンジュの柔らかな首筋が自らの手で締め上がっていく。

 恐怖の震えなんてそこには一切なかった。


 肌に指が食い込んでいく。

 指跡がくっきり見えてくる。

 いつもはチョコレートのような甘い声を発する唇から、絞り出したかのような吐息が零れた。


「やめろ!!」


 見えない力に押さえ続けられている僕は、起き上がることも出来ない。

 大切な人が自ら首を絞めている様をただ、見続けることしか出来ない。


 いいや、そんな事は嫌だ!!!!!!!!!!!!!


 僕を押さえつけていた見えない力が無くなって、僕は自由を取り戻した。

 何が起きたのか、理解するより前に体動いていた。

 もうタロウの存在なんて僕には見えない。

 視界に入っているのは、大好きな彼女だけだった。

 自ら締め上げた力の性で、口の隅から泡が垂れ始めている。

 どうすれば、救えるかなんて、こんな何の力もない僕が知っているわけわけない。


 でも、古今東西、呪われたお姫様を目覚めさせる方法は、たった一つだって決まっているよね。


 僕はリンジュを抱きしめるように一気に引き寄せて、唇と唇を触れ合わせる。


 キスは苦かった。

 当たり前だ。僕が今、キスをしている彼女は、操られているとはいえ自分から首を絞め泡を吹いているのだから。

 こんなキス、甘いわけがない。


 だけど、ボクはリンジュが好きだ、好きだ、大好きだ。

 例え、キミがどんな理由で生まれてきたとしても、ボクはリンジュが大好きだ。


 大好きなんだぁぁっぁ!!!!!!!!


「ツバサぁ」


 重なり合っていた唇が彼女の意志で離れ、大好きなチョコレートのような甘い声が耳朶を打つ。


「うん。僕だよ、リンジュ。ただいまって言っても良いかな?」

「ツバサぁぁぁぁ!! 戻ってきてくれたぁ!!」


 涙をためたリンジュが僕をギュッと抱きしめてくれる。

 触れ合った彼女の柔らかい胸から伝わってくる鼓動が、確かに彼女が生きていることを僕に教えてくる。


 例え、色音鈴寿を元に作られた存在だとしても、リンジュはちゃんと生きているんだ。



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