3-10
美砂さんの先導で走っていると、左手にドーム状の建物が見えてきた。
「あれは、SSA?」
開催されていたコンサートも既に終演時間を迎えている。
照明も消え、月明かりの中、圧倒的な存在感を持って鎮座している。
SSAと呼ばれるスタジアムを通り抜けると線路の上を走る橋があった。
人通りのないその橋の上に、彼女が立っていた。
「見つけたわよ、鈴寿!」
橋の柵を愛おしそうに触れていた鈴寿さんがゆっくりと振り返る。
月明かりだけに照らされた薄暗い世界だけど、彼女の左手に握り締められている髪飾りを見間違えるはずはない。
あれこそが僕が探し求めていた、地球とオトメとを繋ぐための鍵。
そして、地球人である彼女が、その鍵を持っているこということの意味はつまり、
「やっぱり、鈴寿さんは、ルルルちゃんと会っていたんだね?」
一体、彼女は後どれだけ僕らに語っていない真実を秘めているのだろう。
リンジュが一度も見せることの無かった、自虐に満ちた顔で握り締めている向日葵色の髪飾りに目を落としていく。
「ええ、彼女がこの髪飾りを持ってここに倒れているのを見つけた時は正直、怖かったわ」
語る肩が小さく震え始めている。
「なんで、こんな小さい子がこれを持っているのだろうてね。でもね、ルルルちゃんからあちらの異世界の話を聞いている内に、タロウちゃんが関与していることが分かってきて、私はさらに怖くなってしまったの」
橋の柵にリンジュはそっと触れる。
すると、どういうことだろう。白かった柵が淡く光り始めていく。月明かりの中で、色彩感覚がおかしくなったわけじゃない。
見れば柵だけじゃなくて、橋全体の色が儚い白色に染まっていく。
まるで、オトメので見た石塔と同じような全てを飲み込んでしまいそうな白色に………。
「前に翼君達が、向こうからこちらに繋がる渦を生み出したとき、私はルルルちゃんを見送ることしかできなかったわ。でも、その後、タロウちゃんはオトメで暴走してしまった。
私のせいよ。私が、ルルルちゃんと一緒にオトメに行って、タロウちゃんを止めていれば良かったのだわ」
左手に持っていた向日葵の髪飾りを白く光る橋に叩きつけた。
彼女は僕がオトメ行くよりも前から何度も異世界を旅していた人間だ。
きっとこの渦を産み出す子のだって太郎と二人で数え切れないぐらいに行ってきたのだろう。
でも、どうしてだろう?
鈴寿さんが生み出した異世界と繋がる渦は、僕が今まで目にしてきた中でもっとも哀しみの藍色に染まっているように見えた。
「もう、迷わない。私がタロウちゃんを止めてくるわ」
「早まらないで、鈴寿さん。僕も一緒に行くよ」
鈴寿さんの頭上に生まれた白い渦。
アレを通れば、僕はまたオトメに行き、リンジュに会うことが出来る。
足が前にでていた。
渦に吸い込まれるように、一歩、また一歩と体が前に進んでいく。
「来ないで! これは私と太郎ちゃんの問題よ! 部外者は口を出さないで!」
部外者と罵られ、足が止まる。
タロウと鈴寿さんの物語にもならなかった恋物語の果てに生まれたのがリンジュだ。
そんなリンジュに恋したのが僕だ。
確かに、タロウと鈴寿さんからしたら、僕とリンジュが副産物のような余計な存在なのかもしれない。
でも!!
『助けて、ツバサぁ』
幻聴ではない。
確かに声が聞こえた。僕を呼ぶ、リンジュの声が。
僕がオトメに行くきっかけになったあの時のように、白い渦を通って、彼女がまた助けを求めている。
あの日、僕とリンジュの物語は始まって…………そして、まだ終わりを迎えるわけにはいかないんだ!!
「これは鈴寿さんとタロウの問題? 勝手なこと言わないでよ!」
ボクは鈴寿に向かって、そしてその奥に見えるタロウの幻影に向かって、思いの丈をぶつける。
「これは、あなた達じゃない、僕とリンジュの物語だ。勝手に割り込んできたのは、そっちのほうだろう!」
鈴寿さんはキツネにもつままれたような顔をしている。
そして、僕の隣では静かに僕たちの状況を見舞ってくれていた美砂さんがこらえきれ無くなかったとばかりに声を上げて笑い出した。
「全く最高よ、翼ちゃんは。さあ、行きましょうか。お姫様達にはまだ、男がなんたるか教えていないし。そもそも、美砂様は向こうの世界にスマホ忘れてきたから取りに行かないといけないしね」
美砂さんは僕の肩を押して、オトメへと続く渦に向かって歩き出した。
この人はオトメに行ったことをまるで旅行で遊びに来た程度の軽い気持ちで表現していた。
そして今も、忘れ物をちょっと取りに行くぐらいの軽い気持ちでオトメに向かおうとしている。
リンジュを助け出したい僕やタロウを救い出したい鈴寿さんとは、オトメに行く動機が根本から異なっている。
重たい気持ちや信念なんて、三宅美砂には一切ない。
「ありがとう。美砂さんがいると心強いよ」
だから、この人は信用できる。
やりかたは強引すぎる所があるけど、この人が僕やリンジュにしてくれていることは、自分のためじゃなくて、本当に僕たちの事を思ってのことだから。
「そして、鈴寿さん。これはあなただけの問題じゃない。僕達の問題でもあるんです。だから、一緒に行きましょう」
そっと空に向かって、渦に向かって、大好きな彼女に向かって手を伸ばす。
「絶対に助け出すからね」
決意を声にした瞬間、僕の身体は吸い寄せられるかのように浮き上がり、異世界へと繋がる渦の中に飲み込まれていった。




