3-8
お城から出ることが叶わず地面に倒れ伏せていたリンジュのように、僕はアスファルトにアスファルトに寝ころんでいた。
いつの間にか降り出した雨に打たれていても、う起き上がる気力も残っていない。
この雨がリンジュとの思い出も一緒に洗い流してくれれば良いのにとさえ思ってしまう。
リンジュはリンジュだ。
でも、僕は鈴寿さんを知ってしまった。
僕はまた、リンジュと再会出来たとして、彼女を真っ直ぐに見ることが出来るのだろうか。
彼女の存在が偽りじゃない本物だって、言い切れることが出来るのか?
「風邪……ひきますよ?」
傘が差し出されて、リンジュとよく似た彼女の顔が見えた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「お風呂は今入れますから、まずはこれで体を拭いて下さい」
玄関に立つ僕にタオルが渡された。
非道いぐらいにびしょ濡れだっただったけど、髪を拭く気力もなかった。
目が追っているのは、リンジュとよく似た鈴寿さんだ。
「ねえ、翼くん、大丈夫?」
『ねえ、ツバサぁ、大丈夫ぅ?』
甘いチョコレートのような声が二重に聞こえてきて、揺らめく世界で鈴寿にリンジュが重なる。
こっちに差し出されている手は、リンジュの手なのかもしれない。
ボクはその手をぎゅっと握り締めた。
「え?」
「リンジュぅぅぅ」
涙を零して、もう会うことが出来ない彼女の名前を呼ぶ。
会いたいよ。
会いたいよ。
会いたいよ。
リンジュに会いたいよ。
会いたいよ。
偽りでも、本物でも、リンジュに会いたい。
僕は、こんなにも彼女の事が好きなんだから。
会いたいよ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「落ち着いたかな?」
「すみません、お見苦しいところを……」
「良いのよ。もとを正せば、太郎ちゃんを振った私にも原因があるのだし、このぐらいはね」
鈴寿さんにリンジュの姿を重ね合わせ、想いの堰が決壊した僕はやっと落ち着きを取り戻した。
借りたタオルで濡れた体を拭いて、部屋に通された。
差し出されたレモンティーは暖かく、冷えていた心も癒してくれるかのようだった。
「それで、翼くんは、これからどうするの? まだ終電間に合うかな?」
壁に掛けられた時計を見たら既に深夜の1時を過ぎていた。
帰りのルートを頭の中で思い描くけど、ここから家にたどり着くには遅すぎる。
僕はゆっくりと首を横に振った。
「それじゃあ、泊まっていく?」
「え? でも、それじゃあ婚約者の人が………」
「え~、その事は、気にしなくて良いよ。今の私、フリーだからね」
なんて事無い風に鈴寿さんは言ってのけた。
「え? だったら、太郎さんが………」
「あたしに婚約者がいたのはね、五年ぐらい前かな。大学生だったけど当時は子供も身籠もっていたのだけどね………」
鈴寿さんはそっと、自分のお腹をさすった。
愛おしそうに、でも、返られない現実を憎むように顔を歪めながら。
「昔ね、交通事故にあっちゃってね。あの人は即死。私は軽い怪我ですんだけど、お腹の子までは助からなかったわ」
言葉が出てこなかった。
今日聞いた話の後に、そんな現実が隠されていたなんて………。
もっともこんな話、自分から進んでする物でもないし、語るだけでも昔の傷を抉り、腸を踏み締めるような苦しみがあるのは鈴寿さんの顔を見るまでもなくわかる。
「その………ごめんなさい」
「あなたが謝っても、何も変わらないし。もう五年以上前の事だから、これでも大分吹っ切れてきたのよ」
向けられた笑顔は強がっているようには見えない。
大人なこの人は愛する人の死や子供の死を受け入れ始めているのかもしれない。
でも、悲しみが癒えるわけがない。
「本当に、軽率なことを聞いて、すみませんでした。」
「だから、そんなに謝らなくても良いのよ。でも、むしろ、吹っ切れていたなかったのは、太郎ちゃんの方ね。あの子はずっと負い目を感じているのよ」
「負い目?」
「ええ。流石に事故にあった当初は、あたしだって平気じゃなかったわよ。雨に打たれていた今日の翼くんのように世界なんてどうでもいいって顔して、あの人とそっくりな人がいる異世界に逃げ込んだことだってあるわ。現実があるこの世界から背を向け続けていたのよ」
異世界の壁に阻まれてリンジュに会えない僕だって、こんなにも苦しいのに、それが死別となれば、感じるであろう辛さなんて想像することすら出来ない。
鈴寿さんは大人かもしれないけど、人間なんだから、哀しくて当たり前だ。
「タロウちゃんは、当時まだ幼かった。でも、男の子だったのね。苦しんでいるあたしを守れなかった事をずっと悔いていたのよ。見た目は、翼くんみたいに女装がもの凄く似合うぐらい可愛らしいのにね。でも、その時から、太郎ちゃんは止まっているのよ」
オトメで出会っていたタロウはゴスロリ姿で、少し変な口調で一歩引いた立ち位置から僕たちを見ていた。
鈴寿さんの語るタロウは僕の知っているタロウとは少し印象が違う。
いや、あれはやっぱりタロウが被っていた仮面だったのだろう。
『良いか、リンジュさんは恋とかしっちゃいけなかったんだよ。だから、この世界には男なんて存在していなかったんだよ!』
本当の彼は、リンジュに告白した僕に怒号を向けてきた時の姿なのだろう。
男らしく、大好きな人を一生懸命に守ろうとしていたのかもしれない。
不器用で、間違っているけど、でも、精一杯、自分の全力で、大好きだった鈴寿さんを。
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照明の落とされた薄暗い室内。
ベットの上から鈴寿さんの吐息が聞こえてくる。
終電を逃した僕を泊めてくれるのは嬉しいのだけど、会ったばかりの男の子と一緒の部屋で寝るってなかなか凄いことだと思う。
鈴寿さんによって、僕はまだ子供に見えるかもしれないけど、僕だって男の子だ。
やるときはやるんだ。
いや、今、やったら大変なことになるけど。
それに、オトメ暮らしが長かったせいか、僕も女の子と一緒に寝ることにドキドキを感じなくなってきた気がするよ。
「はあああ」
鈴寿さんを起こさないように小さなため息をつく。
目が冴えて全然眠れない。
それはすぐそこに鈴寿さんが寝ているからじゃない。
与えられた情報が多すぎて、頭が整理できていない。
異世界を作り出す能力を持っていた鈴寿さんと太郎。
二人が持っていた向日葵色の石。
それが異世界へと跳躍する鍵。
鍵を持っていたルルルちゃんはあちらの世界、オトメににいる。
あれ? なんだこの感覚は。
パズルピースを上手に埋め込むことが出来ない気がする。
まだ、僕は見落としているのか、大事なことを、忘れているんじゃないのか?
「ねえ、起きている、翼くん?」
「鈴寿さん?」
考えを巡らしている僕を遮るかのように甘いチョコレートのような声が聞こえてきた。
「ねえ、良かったら、君達がオトメと呼んでいる異世界の事もう少し教えてくれない?」
まるで、囚われのお城で外の町の出来事を話して欲しいと僕にせがんできたリンジュのようだった。
一度目を閉じて、オトメでの出来事を思い出す。
概要は既に一回話しているから、何処を話せばいいのだろう?
オトメのことを誰か話せる。
それだけで僕は嬉しくて、僕の言葉は止まることは無かった。
やがて、僕の話が子守歌代わりになったのか、ベットから鈴寿さんの緩やかな吐息が聞こえてくる。
僕もゆっくりと目を閉じる。
オトメの話をしたせいだろうか、心落ち着き、安らかな微睡みがすぐにやってきた。
「ごめんね、ルルル」
ベットから呟き声が、引き金になったかのように、僕の意識は暗闇へと墜ちていった。




