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3-7


 オトメでの出来事を鈴寿さんは静かに聞いていた。

 オトメでの生活は美砂さんよりも僕の方が長かったので必然的に説明役は僕になっていた。

 黒い渦に飲み込まれてリンジュと出会い、タロウを初めとしたオトメの住人にも出会って、お城に閉じこめられていたリンジュを救い出した事。

 ルルルちゃんが迷子になって地球にやってきたこと、そして美砂さんがオトメに迷い込んできたこと。

 最後に、創造主を名乗るタロウが、リンジュに恋した僕を許さずにオトメから追放してしまったこと。

 掻い摘んで話したつもりだったけど、オトメでの出来事は僕によって全てが充実していて、語り終えたとき外を見れば既に日は完全に落ちていた。


「そっか、リンジュ。私と同じ名前で瓜二つの女の子か」


 鈴寿さんは哀しそうに微笑み、


「タロウちゃん」


 彼の名前を呼んだ。

 誰も何も言わず、それぞれの思いを整理するための時間が過ぎ去っていく。

 僕たちはまだ、鈴寿さんとウヅキ・タロウの関係を知らないが、どうして鈴寿さんはタロウの名前を呟くとき常に、自分を責めているかのように顔を歪めている。


「では、次はそちらの番だ。異世界を生み出す力とか言ったが、本気なの? まさか頭が空想で満たされた厨二設定でしたなんて言わないでよ」


 素の状態の美砂さんは相手が年上だろうが、遠慮がない。

 もう騙されないとばかりに、その鋭い眼光は一瞬たりとも鈴寿さんを離したしはしない。


「嘘を言ってどうなりますか。あたしは昔からそんな特殊能力を持っていたのです。異世界を幾ら生み出しても、こちらの方々には認識できませんから、見せつけることも出来ませんでしたけどね。と言いますか、私自身最初はそんな力に気づいていませんでしたよ」


 遠く懐かしい昔を思い出すように目を細めた。


「私にそんな力があると指摘してくれたのは、太郎ちゃんでした」

「お前とウヅキ・タロウの関係は?」


 まるで刑事さんのように間髪入れずに問いかけが続く。


「………幼なじみ……いや、年の離れたご近所さんかな?」


 僅かに言いよどみながら鈴寿さんは答えた。


「このアパートの前に一軒家があったでしょう。そこが本田太郎ちゃん………卯月太郎ちゃんの実家よ。ご両親はもう離婚なされたから、今の名前は本田性になっているけどね」


 だから、僕の調べ方では卯月太郎にたどり着く事が出来なかったわけか。


「あたしとタロウちゃんは8歳年が離れていたから、あたしには弟のようでね。家庭の事情だったのから、両親から無視されて、家の庭で一人で遊んでいるのを話しかけたら、いつのまにか仲良くなちゃったわ」


 8歳差。

 僕はもう一度鈴寿さんを見た。

 女の人にこんなことを考えるのは失礼かもしれないけど、僕と同じ年ぐらいのタロウと鈴寿さんの間には確かに、それぐらいの年齢差があるように思える。


「それに、太郎ちゃんはあんなに可愛らしい容姿でしょう。だから学校で結構虐められていたみたいなの。心配で声をかけていたら、いつの間にか仲良くなちゃって、あたしにとても良くなついたわ。そんなある日、太郎ちゃんはあたしに向日葵のような色をした黄金の石を差し出してくれたのよ」


 テーブルから身を乗り出さないのが精一杯だった。

 隣を見れば、美砂さんは強敵を前にした強者が見せるような笑みを浮かべている。

 向日葵のような色をした石。

 僕達はそれをオトメで何度も見てきた。

 あの石はオトメで生まれていた石と勝手に思いこんでいたのだが、もしかしてこの世界で生まれた太郎が持ち込んだ石だったというのか。


「それは、異世界を跳躍することが出来る石だった。太郎ちゃんもあたしと同じように異世界を作り出すことが出来て、自分の思い通りな世界を作っては、石の力を使って、この世界から逃げ出していたみたいなのよ。それからあたしと太郎ちゃんは色々な異世界に遊びに行ったわ」


 鈴寿さんが僕の方を見てきた。

 その目はまるでゴメンねと謝っているかのようだった。


「その後は色々な世界を思い描いてみたの。例えば、あたしとそっくりな存在がお城に囚われたお姫様をしていて、まわりはみんな女の子しか存在しない世界とかかな」

「え?」


 それって………もしかして…………。

 言葉が出てこない。

 喉から乾いた息がこぼれ落ちる。


「それってオトメのこと………」


 なんとかそれだけを絞り出せた。

 鈴寿さんは困ったように頬に人差し指を当てて、首を傾げた。


「それは分からないわ。そうかも知れないし、違うかもしれない。あの頃のあたし達はそれこそ、数え切れないぐらいの異世界を生み出しては、二人で遊んでいたのだから。同じような異世界があっても不思議ではないわ。

 でも、そんな楽しい日も長くは続かなかった。

 あたしは何時しか、異世界を生み出す力を失ってしまい、太郎ちゃんもあたしの前から姿を消してしまった」


 情報がありすぎて、頭が混乱しそうだった。

 鈴寿さんが語ってくれた真実を頭の中で整理しそうとする僕だけど、彼女はこんな時でも冷静だった。


「大事な話を省略しているぞ、鈴寿」


 美砂さんは静かにそれだけを言った。


「………本当、嫌な女ですね。私って」

「どうして、太郎はお前のから消えてしまったのか? その理由を語っていないぞ」

「あなたは、既に検討がついていそうですけどね」

「予測は出来ているが、本人の口から聞きたいのだよ」

「そうね。今から半年ぐらい前かしら、あたしはタロウちゃんに告白されたわ」


 オトメで最後に見たタロウの激情を思い出す。

 あの狂気にも似た感情はかつて彼が恋していた鈴寿さんをリンジュに重ね合わせていたからか。


「でも、タロウちゃんの思いをあたしは受け入れることが出来なかった。タロウちゃんはあたしにとって、可愛い弟でしかなかったから…………それに、あたしは…………他の人と婚約していたから………そして、その直後、太郎ちゃんはあたしの前から消失したの」


 鈴寿さんは今にも泣き出しような顔で囁いた。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 空には星が僅かに煌めいている。

 オトメで見た星空なんかとは比べるまでもなく、星の数が少ない。

 ここは地球なんだなって実感させられる景色だった。

 鈴寿さんから衝撃の告白を受けて、僕の心はまだ浮ついていた。

 まだ気持ちの整理が出来ていない。

 今日もライブがやっているのだろうか。

 ライトアップされたドームのような建物を横目に駅へと向かう帰路、ボクと美砂さんは歩いていた。


「なあ、翼ちゃんは、ハーレムって知っているか?」


 ピタリと足が止まった。

 怖くて彼女の方を向くことが出来ず、よどんだ星空を眺め続けていた。


「漫画とかだと、一人の男性の回りに、たくさんの女の子がいてみんなその子が好きで、モテモテな状況とかに使われるよね」


 でも、彼女が伝えたいのはそんな事じゃない。


「それは後からついてきた意味だな。本来ハーレムとは、聖域を意味し、男性の進入が禁止されている場所のことを意味している」


 彼女が近づいてきて、背中からそっとボクを抱きしめた。

 耳に吐息が吹きかかるぐらい近くに口を寄せて、囁く。


「それって、まさにあの世界の事だとは思わない? 男を拒絶した者が作り出した、哀れな逃避の異世界」


 全てを知った今、その言葉を否定出来なかった。

 込み上げてくる感情が瞳からこぼれ落ちてしまわないようにボクは、ぼやけ始めた星空を見上げ続けた。

 星空の向こうに、もう会うことの出来ない彼女、リンジュの姿を思い浮かべながら。


「卯月太郎は、色音鈴寿に告白して、ふられた。それも、色音鈴寿には別に好きな男がいて、婚約まで済ましていた」


 リンジュと鈴寿さんは別人だ。

 別人だ。

 別人なんだ。

 でも、どうしてこんなにも胸が締め付けられるんだろう。


「タロウはどれだけ鈴寿に想いを寄せていたか、それはオトメという世界を考えればすぐに分かるな」


 男が一切存在しない、女の子だらけどの世界。

 そして、そんな世界の中で、さらに守られるように色に閉じこめられていた鈴寿。

 厳重すぎる意味も今なら分かる。


「タロウが本性を現したときに放った言葉を、翼ちゃんは覚えているかい?」


 美砂さんの言葉が毒のように僕に染みこんでくる。



『リンジュに恋なんか、教えやがったんだよ!これじゃあ、繰り返しじゃねえかよ。オレはリンジュを見ているだけで良かったんだよ。

 お城の中で何も知らずに生きているリンジュを見ているだけで、オレは満たされていたのに。なんでなんでリンジュを外に連れ出したんだよ!!」』



「タロウは、リンジュを鈴寿の変わりに作り出した。自分の思い通りの女性であって欲しいから。そのための世界まで作り上げて、満たされていた」


 分かっている。

 分かっている。

 分かっている。

 だから、僕の心は今こんなにも引き裂かれてしまいそうなぐらいに悲鳴を上げているんだよ。


「翼ちゃん、悪いことは言わないわ。リンジュの事はもう諦めなさい」

「っ!」


 すぐに言い返すことが出来なかった自分に絶望した。

 僕も自分自身で受け入れようとしているというのだろうか。


「それは………出来ないよ………」


 とても弱々しい声しか出せない。


「どうして、もう分かっているでしょう。翼ちゃんが愛したリンジュは、タロウが作り出した、色音鈴寿の偽物だということに」


 堪えきれなかった涙がついにこぼれ落ちてしまった。


「うわああああああああああああああああああああああああああ!!」


 美砂さんに抱きしめられたまま、僕はくすんだ星空にむかって泣き声を上げていた。

 そして、そんな僕を美砂さんは突き出した。


「叶わない恋なんて、早く諦めなさい」



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