3-6
リンジュとは違う彼女の部屋に僕達は通された。
質素で清潔なイメージの部屋だった。
必要な物以外は殆ど何も置かれていない部屋。
目に付くとすれば食器棚の中にある高級そうなティーカップぐらいだろうか。
僕は丸テーブルの前に座っている。
美砂さんも大人しく僕の隣に座って待っている。
これはどういう事なのか問いつめたいけど、美砂さんは一瞬たりとも挙動を見逃さないというわんばかりにずっとキッチンに立っているリンジュとよく似た彼女を見ている。
「お待たせしました」
お盆にお茶の乗ったグラスを乗せた彼女がやって来た。
ゆっくりとした仕草で僕と美砂さんの前にグラスを置いてくれる。
やっぱり、見れば見るほどリンジュと瓜二つだった。
全てがリンジュのように見える。
ただ、年齢だけは彼女の方が上のようだった。後、5~6年もして、リンジュが大人になれば、きっとこんなの美人になるはずだ。
「え~とぉ」
リンジュと瓜二つの彼女が、困ったようにはにかんだ。
「こら、翼君。女の子をそんな風にずっと見つめちゃ失礼でしょう」
美砂さんに窘められた。
今は、このリンジュによく似た彼女がいるせいか、猫かぶりの大人しいモードだ。
「あ、すみません」
「いいえ、気にしないで良いのですよ。それよりも、どうしてあなた達は太郎ちゃんの名前を使ったの?」
チョコレートのような甘い声もまさしくリンジュのままだった。
この声を聞いているだけで懐かしさが込み上げて涙が出てきそうになってくる。
でも、これは一体どういう事なんだろう。
こんなにもリンジュにそっくりなのに、彼女はリンジュじゃないなんて。
「その話の前にまずは自己紹介をしましょう。美砂さんは、三宅 美砂って言います。イエィ」
自己紹介を終え、ダブルピースでニッコリと微笑んでいる。
素を知っているだけに、美砂さんの猫かぶりモードは別の意味で寒気が沸き上がってきそうにあるけど、そもそもそのキャラ、場に合っていませんよ。
「それでこちらが、代々木 翼君。趣味は女装です」
「いや、その情報ここでいらないよね! 絶対にわざと言ったよね!!」
「えへ」
ダブルピースで誤魔化さないでよ、美砂さん。
猫かぶりモードでも、この人油断ならないよ、全く。
「あ、内容は否定しないんだ」
リンジュとよく似た彼女もなんか反応する所が違う気がするし。
急いで否定しようとしたけど………最近の僕はスカートを履いている方が落ち着いている気がするので、敢えて訂正しないことにした。
でも、勘違いしないでね。
スカートが履くのが好きだからって、僕は男だからね。
「面白いお二人ですね。私は、色音 鈴寿。鈴に寿って書いてりんじゅって読みます」
「鈴寿………」
名前まで彼女と一緒だった。
リンジュと鈴寿。
こんなの偶然なわけがない。
リンジュ、オトメ、ウヅキ・タロウ。
あの女の子しか存在していなかった異世界は、まだ僕たちの知らなかった秘密が隠されているというの?
「美砂さん、これは?」
「少なくとも、これでウヅキ・タロウには辿り着けそうね」
鈴寿さんに聞かせるためだろう。敢えてウヅキ・タロウの名前を強調している。
「あなた達は、太郎ちゃんを知っているの?」
「知っていますよ」
「じゃあ、今、あの子が何処にいるのか、教えてくれないかしら?」
鈴寿さんはテーブルに身を乗り出して、美砂さんに聞いてくる。
その瞳には、不安と心配の色が強くにじみ出ている。
鈴寿さんとウヅキ・タロウの関係性はまだ分からないけど、リンジュと同じ顔をしている人がタロウのことをこんなにも心配しているのを目の当たりにすると正直、胸が締め付けられそうになぐらい苦しい。
「ウヅキ・タロウはここからは遠く離れた所にいます。そうね、包み隠さずに言えば、異世界ね」
「異世界………」
きょとんと目を丸くした鈴寿さん。
そりゃ、ボクや美砂さんはオトメに行ったから異世界なんて言葉受け入れられるけど、普通は無理だよ。
下手すれば、ちょっと頭がおかしい人なんて思われるかもしれないよ。
でも、真実だけに他の言葉で表現する訳にもいかないし、鈴寿さんに分かってもらうためにはどうやって説明すればいいのかな?
「そっか。やっぱり、異世界にいちゃったか」
「え?」
鈴寿さんはあっさりと異世界の話を受け入れた。
今度は僕は目をきょとんとして鈴寿さんを見る。
異世界なんて突拍子のない話を信じるなんて、オトメに行った僕や美砂さんならいざ知らず…………まさか、鈴寿さんも異世界にいったことがあるとでも言うの?
「はんっ。どうやら、気を抜くと騙されるのはこっちかもしれないわね、翼ちゃん」
鈴寿さんに対する警戒心を強めたのか、美砂さんは猫かぶりを止めていた。
獲物を狙うかのような笑っていない目で、鈴寿さんを見ている。
「そんな目で見ないで下さい。騙すつもりなんて私にはありませんから」
「だが、隠そうとはしていた」
「うふふふ。鋭い方はやりづらいですね。ねえ、教えて下さい。あなた達は、タロウちゃんがいたその異世界に行ってきたの?」
嘘をつく理由はない。
僕は首を縦に振った。
「そっか。それなら、話は早いのかな」
鈴寿さんはほっぺに人差し指を当てて、小首を傾げている。
まるで選り取り見取りのケーキのどれから食べようか熟考しているかのように。
「ねえ、太郎ちゃんがいた異世界がどんな世界か。太郎ちゃんがどんな風に生きていたか教えてくれない?」
「それは良いですけど………」
リンジュにそっくりな彼女にお願いされているとまるでリンジュ本人からお願いされているかのように錯覚してしまう。
タロウの事を話して、少しでもリンジュの秘密に近づけるのならと言葉を紡ごうとした僕の唇に美砂さんの人差し指が無理矢理押し当てられた。
それ以上喋るなと言うかのように。
「その前に、一つだけ美砂様に教えてくれないか、鈴寿?」
「なんでしょうか?」
「もしかして、お前は、異世界を渡り歩く力を持っているのではないのか? だから、異世界なんて言葉を簡単に受け入れられた」
突拍子のないことかもしれない。
でも、異世界を簡単に受け入れられた事を見ても、鈴寿さんは少なくとも一度は異世界に行っているのは間違えない。
そして、異世界に行った彼女は、また地球に戻ってきている。
美砂さんの推測はあながち的はずれなことを言っていないはずだ。
そして、もしそうなら、鈴寿さんの力で僕たちはまたオトメに行くことが出来る。
でも、僕の希望を砕くように鈴寿さんの首は横に振られた。
「残念ながら、少し違います。あたしの力は、異世界を渡り歩くのではなく、異世界を作り出してしまう力だったのですよ」
それは、つまり、オトメを作り出したウヅキ・タロウと同じ力を彼女が持っているということだろうか。




