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駅の改札を抜けると、白肌のふとももをおしげもなくさらけ出す短パンに、タンクトップ姿の美砂さんが立っていた。
モデル顔負けのプロモーションを持つ美砂さんだ。
ただ立っているだけで人目を引いている。
でも、当の本人は周りの注目なんて全く意に返していない。
つまらなそうにガラケーをいじっていたけど、ボクに気づくなり、まるで彼氏を待っていた恋人のように両手を振ってくる。
あれ、絶対わざとだ。
周りの、それも特に男達から嫉妬の視線をボクに向けさせて楽しませているに違いない。
「おはよう、翼。今日は、女装していないのね。新鮮だけど、似合ってないわよ」
朝の挨拶をそこそこに、いきなりボクの格好に言いがかりをつけてられる。
Tシャツにジーパンなんて普通の男のらしい格好に文句が入るなんて………。
でも、考えてみれば、女装姿じゃなくて美砂さんと会うのは今日が初めてだった。
「両親がいる手前ね。女装して家を出ると二度と家に入れてもらえなさそうだよ」
「あら、翼ちゃんも猫を被っているのね。とてもよい事よ」
あやすかのように嬉しそうにボクの頭を撫でてくる。
改札を出て左に進むと、ドームのような大きな建物が見えてきた。あれが、この前美砂さんがライブにやって来たという建物か。
「それで、翼ちゃんはここからどうするつもりなのかしら? 大宮市にウヅキ・タロウの情報があるかもしれないけど、大宮市といっても10万人以上の人がいるのよ」
「そこは一応、少しは可能性を絞ってみたよ」
僕は鞄から取り出したA4用紙を美砂さんに差し出した。
がむしゃらに探してもウヅキ・タロウの情報に辿り着けないことぐらい僕にだって分かる。
だから、今すぐにでも大宮市中を駆け回って、ウズキ・タロウを探し出したいのを堪えて、情報が揃うのをまっていたんだ。
「これは何かしら?」
「探偵事務所に頼んで調べてもらった、大宮に住む卯月って性の人たちの住所だよ」
「へえぇ。無策で美砂様を呼び出した訳じゃない辺りは好感が持てるわね」
「ウズキ・タロウって名前が万が一、偽名とかなら、アウトだけどね」
「でも、やってみる価値はあるわね」
美砂さんは僕の背中を軽く押すとA4用紙を片手に先に歩き出してしまった。
僕も慌てて追いかける。
今日はスカートを履いていないから、足と足の間に風が入り込んでこないのがなんだか変な感覚だななんて、男らしくないことを思いながら。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
物事がそんなに上手く行かないことは分かっていた。
正直、いきなり訪れて「ここにウヅキ・タロウさんはいましたか?」なんて聞き回っていたら、不審者でしかない。
殆どの人が何も言わずにドアを閉めるか、「いません!!」と怒鳴るように叫んで鍵を閉めてしまうかだった。
オトメに住んでいいる人達は人が良くて、こんな訪問販売のような問いかけでも正直答えてくれたのだけど、ここは地球である。
オトメ以上に、みんなの警戒心は高い。
不審者として、警察を呼ばれなかっただけマシと言うところだろう。
「翼ちゃんが持ってきたリストは全滅ね」
公園のブランコに腰を下ろしながら、僕は手にしていたA4用紙をくしゃくしゃに丸めて、ゴミ箱に投げ捨てた。
綺麗にゴミ箱の中に入ったけど、全然嬉しくなんか無い。
「それで、次はどうする考えなのかしら、翼ちゃん?」
隣でブランコをこいでいる美砂さんに、
「何も……ないかな」
苦笑を浮かべた。
正直、嫌みの一つや二つは覚悟していたけど、返ってきたのは予想外の言葉だった。
「じゃあ、次は美砂様の用事につき合ってもらうわよ」
ブランコから飛び出して、美砂さんは地面に着地した。
ためられず前に向かって歩き出した。
「用事?」
「美砂様も気になることがあるのよ」
いたずら心を隠した猫のように目が細められていた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
細かいことは何説明されずに僕はただ、美砂さんに従って歩いていた。
何かを聞こうとしても、『ついてからのお楽しみ』とだけしか答えてくれない。
空を見上げれば、既に日が暮れ始めて紅く染まっている。
一日が終わろうとしているのに、リンジュにたどり着くヒントすら見つけ出すことが出来なかった。
一刻も早く、チョコレートのように甘い彼女の声を聞きたい。
「ついたわね」
ガラゲーの液晶を眺めていた美砂さんは立ち止まって、通りに面した少しだけ古ぼけたアパートを指さした。
「ここは?」
「知らないわ」
「え? じゃあ、どうしてここに?」
「美砂様も翼ちゃんと似たような事を考えていたわ。名前から居場所を突き止められないかと。ただし、美砂様が探していたのは、ウヅキ・タロウではないわ。もっと特徴的な名前の方よ」
美砂さんはアパートの階段を昇っていく。
オトメにいた地球人は、僕と美砂さんとして、ウヅキ・タロウの三人だけだったはず。
みんなそこまで特徴的な名前をしていないし、そもそもウズキ・タロウ以外の二人は今ここにいる。
特徴的な名前とは誰のことだろうか?
美砂さんの足が止まった。
この部屋が目的地だろうか。
表札には色音と少し変わった名字が書かれていた。確かに特徴的だけど、こんな名前の人、僕はしらない。
「美砂さん、ここには誰がいるの?」
「さあ、あたりか、外れかは、美砂様も知らないわ。もしかしたらただの赤の他人がいるかもしれない。でも、どちらにしても会えば分かる事よ」
細くして白い指先がは躊躇わず、インターホンを押した。
「は~い。どなたですかぁ?」
懐かしさが込み上げてくるチョコレートのような甘い声が機械の向こう聞こえてきた。
嘘だろう。
だって、これは、これは………。
僕はもう一度、表札を見た。
色音。
その名前をカタカナで表せば、イロネ。
そして、僕が好きな彼女の本名はリンジュ・イロネ。
そんな馬鹿な。
「あれぇ、どなたもいないのですかぁ?」
「ウヅキ・タロウだ」
美砂さんは極力声を低くし出しながら、堂々と嘘を言ってのけた。
ここでその名前を出すのはきっと賭だったはずだ。
でも、インターホン越しに聞こえてくるこの甘い声を僕が聞き間違えるはずがない。
嘘の名乗りの効果は覿面だったようだ。
ドアの向こうからけたたましい音が聞こえてきて、勢いよく扉が開かれた。
「太郎ちゃん!」
覚悟していたはずなのに、彼女の顔を見た瞬間、ボクは言葉を失った。
美砂さんはクロスワードがやっと解けたときのように小さく笑っている。
「え~と、どちら様でしょうか?」
僕の知っている彼女は僕と同世代ぐらいで、高校生のようなまだ何処か子供のような雰囲気を持っていた。
今、ドアの向こうから現れた彼女は、オトメで出会ったときより大人びているが見間違えるはずがない。
こんなに大好きな人を見間違えるはずなんて無い。
彼女は、
彼女は、
彼女は、
「リンジュ………」
僕が探し求めていたリンジュだった。
「はい。そうですが、え~と、どこかでお会いしましたでしょうか?」
でも、僕の知るリンジュとは違っていた。




