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女装をしたままのボクがずっと女子校の中にいるのは流石に問題があるだとうと、美砂さんにしては至極まともな意見で、ボク達は美砂さんお勧めの喫茶店に場所を移した。
クラシックな装いの落ち着いた店内に、時の流れが違っているかのような静かな空間。
テーブルに差し出されたコーヒーも、香りからしてボクがいつも飲むようなインスタントコーヒーとは比べ物にならない物だった。
美砂さんは、女の子がケーキを頬張るような瞳の奥に期待と言う名の輝きを秘めて、コーヒーを口元へ運んでいく。
「う~~ん。女装の男の子と一緒に飲むブラックコーヒー。いつ翼ちゃんの変態性がばれて大騒ぎになるのかとスリルを味わいながら飲むとまたひと味違うわね」
学校を出て猫を被る必要がなくなったのか、美砂さんはボクのよく知る美砂様になった。
しかし、お店の雰囲気を一言でぶち壊してくれた。
まあ、おかげでボクも変に格式張らずに普通にコーヒーを飲むことが出来そうだけど。
「美砂さんは変わっていないね」
「美砂様」
「え?」
「美砂様は美砂様と呼ぶようにあっちで調教したでしょう、翼ちゃん」
目が一切笑っていない表情で忠告された。
大事なことなので二回目も言うけど、この人は本当に変わっていない。
ここで苦笑いをでも浮かべた物ならまた、話がおかしな方向へ言ってしまうだろうから、無理矢理押さえ込んで、ボクは何よりも知らなくちゃいけない事を尋ねた。
「それで、美砂様。ボクが消えた後、オトメで何があったのか教えてくれない?」
考え込むようにコーヒーを啜っていたが、美砂さんの口からボクの望む答えは帰ってこなかった。
「別に美砂様から翼ちゃんに与えられる情報は何もないわね。翼ちゃんがお姫ちゃんの突き落とされた後、美砂様も三対一の劣勢を覆すことは出来ずに、同じようにあの渦に落とされて強制送還されたのだからね」
「…………じゃあ、リンジュはあのままだったんだね」
「あのまま?」
「タロウに操られたままだったんだね」
「ふ~~ん」
テーブルに膝をついた美砂さんが何を考えているのか分からない顔でボクをじっと見てくる。
美砂さん、性格は別として顔はありえないぐらいに整っているからそんなに真っ正面から見つめられると、恥ずかしい。
「な、何かな?」
「翼ちゃんは、こっちに戻ってきてもお姫さんの事を気にしているのね」
「………そうだよ。僕はもう一度、リンジュに会いたいんだよ!」
「どうやって?」
同じ異世界に暮らした者同士の同情なんて、そこになかった。
まっすぐに真実を見つめる視線がボクの理想論を砕こうと狙いを定めてくる。
「オトメと呼ばれていた世界は何なのか、美砂達は正確には分かっていないわ。でも、あの世界で与えられた情報から推測をすることは出来る」
美砂さんが人差し指を伸ばして、僕の胸に触れた。
「あの世界は、ウヅキ・タロウと名乗った男が、何かしらの方法で作り上げた異世界だった。あの世界の神は、ウヅキ・タロウそのもの。世界は彼の意志がままに動き出す」
小さく頷いた。
間違っていない。
あの世界でウヅキ・タロウは創造主であり、創造主が世界の理を自由に操っていた事例を僕は何度も目にしてきた。
そのもっともたる例は、お城に閉じこめられ、外の世界にでる事の出来なかったリンジュだろう。
「そして、あの世界に行くにはルルルが持っていた髪飾りとあの場所に設置されていた白い石塔が必要となる」
もう一度頷いた。
分かっていたことだ。
でも、僕にも美砂さんが導き出そうとする答えは分かっていた。
でも、オトメから地球に戻ってきていこう、その答えは考えないようにしていた。
「でも、この地球にはその二つはない。唯一の望みは、オトメの方からこちら側に繋がる渦を作り出してくれることだけど………」
「創造主であるタロウが、許すとは思えないね」
「物わかりの良い翼ちゃんは、美砂様好きよ」
胸を触っていた指先が上がり、顎の輪郭を撫でられて、最後に唇に軽く触れられた。
ここから導き出される結論は分かっている。
僕はもうオトメに行くことが出来ない。
リンジュに会うことができない。
でも、それを口にしてしまえば、本当に可能性が無くなってしまいそうで、僕は黙って俯いてしまう。
可能性があるって信じたかった。
まだ、諦めたくなんてなかった。
諦められるわけなんて無かった。
「翼ちゃんって強情よね。はっ」
「ぶええええええええええええええええ」
俯いていた僕は、首を絞めれて、無理矢理に前を向かされた。
息が出来ずに苦しい。
止めてと目だけで美砂さんに懇願する。
僕と美砂さんの視線が交差し、美砂さんは目だけで小さく笑った。
「なら、翼ちゃんは下なんか向かないことね。美砂様の手なんか借りずにずっと前を見続けていなさい」
これって、そう言うことなの?
落ち込んでいる僕を激励するために首を絞めているの?
確かに苦しくて、下を向いている余裕もなくて、ただ前を向くことしか出来ない状況だ。
分かりました。
分かりましたから、手を離して下さい。
じゃないと僕は別の世界に飛び立ってしまいそうです。
首を絞められた状態でなんとか頷くと、美砂さんは満足したのかやっと、手が離れて気道が回復した。
荒い息を整えながら、乾ききったのぞを潤すために、まだ少し熱いコーヒーに手を伸ばす。
「上を見続けるか」
見上げた喫茶店の天井は木目調のタイルが張られているだけで、オトメへたどり着くための道しるべにはならなかったけど、諦めなければきっとオトメに繋がる道が見えるはずだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
喫茶店を出た僕たちはそのまま駅の方へと向かった。
外は既に薄暗くなり始めている。
僕の方はともかく、女の子の美砂さんがあまり遅い時間に家に帰るのは一応、宜しくないだろう。
帰り道で何かがあったとしても、美砂さんなら自力で解決しそうな予感もあるけど、そんなことを口にした日にはきっと、回し蹴りが来るんだろうな。
地球で会うのは今日が初めてのはずなのに、そんなことが分かり合える僕と美砂さんの関係が少しだけ不思議だった。
「翼ちゃんは、どっち方面へ帰るのかしら?」
「二子玉方面かな。美砂さんは?」
「舞浜方面よ。どうやら方向は逆みたいね」
ICカードで改札を抜け、ホームに続く階段を昇ろうとした時に違和感に気づいた。
「美砂さん。こっちは、舞浜方向じゃないよ」
「もちろん、そんな事分かっているわよ。美砂様はこれからライブへ行くのよ」
そう言えばオトメに着た最初の日のライブの予定があるとか言っていた気がする。
というか、この時間からライブに参加するのなら、帰りは間違えなく深夜だ。僕の心配は本当に杞憂でしかなかったみたい。
「美砂さんは、もうすっかりこっちの生活に戻っているみたいだね」
「翼ちゃんと違って、美砂さんはオトメに恋人候補なんていないからね。予定外だった旅行が、向こうの都合で強制帰宅されられたようなもんね。哀しむ理由はほとんどないわよ。まあ、ちょっと向こうにいたい忘れ物をしてしまったのが心残りだけどね」
すぐに元の生活に戻れた美砂さんが正直、羨ましい。
僕なんて、未だにこうして女装としているときの方が、オトメでの生活を思い出して、心落ち着いてしまうというのに。
あ~~~、駄目だ。
こんなんじゃじゃまた下を向いてしまう。
たった今、美砂さんに激励されたばかりじゃないか。
下を向くんじゃなくて、前を向かないと。
情けないことを思うより前に、まずは雑談でも良いから少しでも前向きなことを離さないと。
「それで、美砂さんのライブって何処であるの?」
「ライブと言えば、SSAよ。だから、これから、大宮ね」
「え?」
美砂さんがホームに入ってきた電車に飛び乗った。
扉が閉まり、電車が出発していく。
電車が過ぎ去っていき、制服のスカートを捲るぐらいの風が吹くけど、僕はスカートを押さえることも出来ず、茫然と立ちつくしていた。
忘れていた事を思いだしたからだ。
僕はどうして、こんな大事な事を忘れてしまっていたのだろうか?
そうだ。
彼は、出会った最初の時に、とても重大な情報を教えてくれていたじゃないか。
僕は慌ててホームに設置されている路線図を確認する。
”大宮”
間違えないこの地名は、オトメじゃない。
地球の日本にある地名だ。
ポケットから携帯を取り出して、先ほど教えられたばかりの美砂さんの番号をダイヤルしていく。
『ウズキ・タロウは、大宮に住んでいた』
そうオトメで出会った最初の日。
まだ、僕のことをリンジュに害をなす存在として警戒する前、タロウはそう教えてくれていたんだ。




