2-25
「だあだあああああぁぁぁぁぁああああぁぁ!!」
ドレスを着た格好をしているけど、僕だって男の子なんだ。
やるときにやらないでどうするんだよ。
腹の底から上げるような雄叫びを上げて、馬乗りのような格好で僕を押さえ込んでいるラグナロさんの体ごと起き上がろうと足掻いていく。
肘を床についてなんとか、上半身を持ち上げていく。
もう手がピクピクと震え始めているけど、まだまだ、こんな所で折れる訳にはいかないんだ。
「あら、丁度良い高さになったわよ、翼ちゃん。っふ」
僕を縛り付けていた重みが鋭い風と共に無くなった。
ゆっくりと顔を上げてると、タロウの片腕を捻り上げたまま、右足を蹴り上げている美砂さんの、勇ましい姿があった。
「え~と、美砂様………」
「邪魔者は蹴り飛ばして上げたから安心しなさい」
どうやら、ラグナロさんは美砂さんの手加減のない回し蹴りの餌食になってしまったようだ。
「それよりも、時間がないわ。ツバサ、早く行きなさい」
「はいっ」
いくら美砂さんと言えども、世界の摂理を自在に操れるタロウを押さえ込める時間なんて少しだけだろう。
その気になれば、何だって出来るタロウはいとも簡単に美砂さんの拘束をくぐり抜けることが出来るはずだ。
それをしないのは何か策があるのか。
兎にも角にも、僕は急いで立ち上がって、リンジュの元へと駆け寄っていく。
タロウが何を企んでいるかは分からないけど、僕がリンジュを助けることには変わりない。
「リンジュ、大丈夫?」
「ツバサぁ」
リンジュが涙を流しながら、僕の胸に飛び込んでくる。
タロウはまだ美砂さんに捕らえられたままだ。
「さあ、今のうちだよ、リンジュ」
手を引っ張って、少しでもタロウから遠くへ逃げようとする。
「行かせるかよ!」
僕たちの行く手に幾つもの白い渦が生まれていく。
なりふり構わず、世界と世界を繋げる扉を生み出している。
でも、この渦には、ブラックホールのような吸引力はない。幾ら生み出されようとも、自分の意志で渦の中に飛び込まない限り、僕はリンジュと一緒にオトメにいることが出来る。
森の中で蜘蛛の巣を避けるかのように、渦をすり抜けていこうとした時、
「え?」
ぽんと、ごく自然に僕の肩が押された。
僕の身体がいとも簡単に世界と世界を繋ぐ渦に向かって倒れていく。
振り返り、僕は手を伸ばす。
僕が恋した彼女。
一緒にこのオトメにいたいと願ってくれた彼女に向かって、助け手を求めて、手を伸ばす。
でも、僕の手が握り替えされることはなかった。
「リンジュ………」
僕を渦に向かって押し出した張本人は、リンジュ自身だった。
どうして?
僕の心を暗黒に染め上げるその疑問は、彼女の目を見た瞬間に氷解した。
異世界へと繋がる渦へ向かって落ちていく僕を見るリンジュの瞳は、光を失っていた。
まるで、創造主に操られていたラグナロさんのように。
「リンジュ~~~~~!!!」
手を伸ばして、叫ぶけど、声は届かない。
忘れてしまっていた。
創造主、タロウはこのオトメに住む住民全てを操れることが出来る。
つまり、それはオトメで生まれ育ったリンジュも例外ではなかったんだ。
身体は世界と世界とを繋ぐ渦に飲み込まれて、闇の中に体も心も浸食されていた。
「いやだあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
闇に飲み込まれた僕は、叫んだ。
そして、光と音と香りが蘇ってきた。
騒がしい。
車のクラクション音が聞こえてくる。
まぶしさに目を開けると、スーツ姿の男性が不思議そうに僕を見ていた。
アスファルトから照り返される反射熱が、不快だった。
ゆっくりと辺りを見渡すと、どうやら、スクランブル交差点のど真ん中でへたり込んでいるみたいだ。
横断歩道を渡っていくみんなが、怪訝な顔で僕のことを見ている。
中には、携帯の写真を撮っている人もいる。
あああ、そっか、僕は実にあっさりと帰ってきてしまったんだ。
生まれた世界に。
男も女もいる、この地球に。
そして、リンジュがいないこの世界に。
僕の頬を一筋の涙がこぼれ落ちていた。
これは後悔の涙?
分からない。
分かっているのは、ボクは好きだった人を守ることが出来ずに………離れ離れになってしまったってこと。
そして、もう彼女がいる世界に戻る術はないってこと。
ただそれだけだ。
「リンジュ………」
大好きだった彼女の名前を呟いた僕は、固いアスファルトの上に手をついて、
「ああああああああああああああああああああああああああああ」
慟哭の声を上げた。
翼がオトメから地球に戻ってしまった所で、第二部完です。
さて、次はいよいよ最終章となります。
地球に戻された翼がどうなるのか、そして、オトメは何故生まれたのか、謎が解き明かされる「最終章:寿の鈴の音色」は10月19日より更新予定です。




