2-23
石塔が等間隔に並べられている。
規則性を持って配置されているその真ん中にはまるで祭壇のように一段せり上がったステージのような石が設置されている。
一段せり上がった祭壇に縁に三宅 美砂は腰掛けていた。
非の打ち所のないプロモーションでレーザ生地のジャケットとミニスカートを着こなし、男を挑発するかのように足を組んでいるその姿は、まさに雑誌のモデルであるかのようだった。
染めているのか、地毛なのか判断の難しい赤毛が風になびいて、シャープな目元が猫のように細められている。
コーヒーが注がれているであろうカップを口元に運びながら、向日葵色の髪飾りをまるでクルミを転がすかのように空いた手の内で回している。
「来るのが遅かったわね、翼ちゃん」
既に三宅 美砂は、猫を被っていない。
僕が世界と世界とを繋ぐ渦を生み出せるこの場所のにやってくるなり、まるで上から見下すかのような冷ややかな視線をぶつけてきた。
周りを観察してみたけど、ここに見えるのは彼女だけだった。
後は、祭壇の向こう側に生い茂る僕の背丈ぐらいの草木が風に揺れているぐらいだ。
「リンジュは?」
「これを見て、分からない翼ちゃんじゃないでしょう?」
見せつけてきたのは、世界と世界を繋ぐ渦を生み出す鍵となる向日葵色の髪飾り。
「やはり、あっちに………地球へ飛ばしたの?」
「ルルルはね、地球で男を知ったみたいだからね。お姫ちゃんもこうして、男を知ってもらうのが一番手っ取り早いでしょう」
ゆっくりとコーヒーカップを傾けながら、朝食の席で昨日の出来事を話すぐらいの気軽さで、語りかけてくる。
「コーヒー、あんまり美味しそうじゃないね?」
「こんな眩しいぐらい綺麗な世界で飲む、苦いコーヒーは、最悪ね。美砂様は、やっぱり、こんな下らない世界は、大嫌いねっ」
吐き捨てるような、敵意に満ちた言葉だった。
「誰か作り出したかのような、理想郷を体現させた世界。こんなのいるだけで反吐が出るわ」
飲みかけのコーヒーカップを置き、三宅美砂は立ち上がった。
一段と冷え冷えとした声が、僕の心を凍らせていくように問いかけてくる。
「そういう、翼ちゃんはどうなのかしら? この女の子だらけのハーレムな世界がお気に入りかしら?」
女の子しかいないオトメ。
自然妊娠で子孫を残していく世界。
女の子がみんなで助け合って生きている世界。
そんな世界が綺麗だと、素敵だと思っていた時期が僕にもあった。
でも、僕は見てしまっただ。
男を知らないからこそ、僕を異性として認められないからこそ、自分の感情が整理できずに苦しんでいる、リンジュの姿を。
「こんな恋がない世界なんて、最悪だと思っているよ。リンジュには恋を知ってもらって、もっと素晴らしい世界を知って欲しいよ」
「ふん。それでこそ、美砂様の翼ちゃんに相応しいわ」
向日葵色の髪飾りを砕くかのように握り締めながら、ゆっくりと三宅美砂が近寄ってくる。
一歩一歩と、歩を進めるたびに威圧感に潰されそうになる。
心が震え上がりそうになる。
でも、僕は絶対に逃げない。
ここで逃げ出したら、絶対にリンジュに会うことが出来なくなるから。
どんなに怖くても、前に進むしかない。
「へえぇ」
近寄ってくる美砂に向かって、僕の方から歩き出した。
美砂だけじゃない。
何処かの誰かが作り出したこんな女の子だらけのふざけた世界に抗うために、歩を進めた。
「そうよ。それが人間のあるべき姿。抗い続けることで、先に進み、知らない事を得ることが出来る」
三宅美砂は、僕を見て何故か満足げに微笑んだ。
まるで、子供の成長を喜ぶ母親のような優しい笑顔だった。
「ねえ、美砂さんって実は優しい人なんじゃないの?」
「あら、嬉しくない事を言ってくれるわね。美砂様はただ、あんた達を見ているとじれったかっただけよ。互いに気持ちを持て余しちゃって。だから、この美砂様が、教えて上げただけよ。人間のどろどろとして、汚くて、それ故に、一番心に響く嫉妬心って感情をね」
三宅美砂は僕を指さした。
「ねえ、翼ちゃん………いや、翼は、リンジュのことをどう思っているのかしら?」
僕は笑って見せた。
少し前の前の僕は、自分の正直な思いを自覚しながらもどこか諦めを抱いていて、苦笑いで誤魔化していたと思う。
そんな僕がまたこうして、自分の気持ちに正直に向き合えるようになったきっかけは間違えなく三宅美砂という存在がいたからだ。
恋を知り、男を知り、そして何より、リンジュの前に恋敵として現れた彼女が僕たちを前に進めてくれた。
一緒にいるだけで幸せだった僕たちに、お互いに特別な存在になりたいって欲望を植え付けたんだ。
「僕は……リンジュのことが、大好きだ。もう、たまらないぐらいに、リンジュのことを思っていると他のこと、このオトメの規律やらどうでもいいぐらいに、大好きだ。
もう、僕の気持ちはぐちゃぐちゃだよ、今すぐにもリンジュを抱きしめて、体中でチョコレートのような甘い声を感じて、僕を狂わす柑橘系のような香りを吸い込みたいんだよ!」
ぶちまけた。
なにも着飾っていない恋という欲望を吐き出した。
これが、僕の気持ち、本当の僕だから。
「リンジュが鎖で僕を拘束したのはおかしな事じゃない。僕だって一緒なんだよ、僕だってリンジュを手放したくなんてないんだよ。
ずっと、ずっと僕の側につなぎ止めていたいって感情が渦巻いているんだよ。
僕は、恋を知っているから自分を抑えられた。リンジュは恋を知らないから、抑えられなかった。ただそれだけのことなんだ」
だから、リンジュはおかしくない。
おかしいとすれば、こんな恋なんて一切存在しないオトメのなんだ。
「僕は、リンジュのことが大好きだ。大好きだ、大好きだ。大好きなんだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
三宅美砂は手にしていた向日葵色の髪飾りを投げた。
投げた捨てられた髪飾りは僕の頭上を越え、白色の石塔へ向かって放物線を描き、墜ちていく。
「え?」
向日葵色の髪飾りが墜ちた先は、石塔の上でも、芝生の上でもなかった。
三日間、鎖を握りしめれていた時の跡が、まだ少しだけ残っている白い掌の中だった。
三宅美砂によって地球へ飛ばされたと思っていたリンジュが、何故か僕の後ろに立っている。
そして、悟った。
リンジュを地球へ飛ばしたと僕に教えた事も、また三宅美砂の計画の一つだったんだ。
リンジュに対する僕の本心を語らせ、そしてリンジュに聞かせるために、一芝居を打っていたんだ。
つくづく、油断ならない人だけど、おかげで、何も着飾ることない僕の本物の気持ちを知ってもらうことは出来た。
「ねえ、ツバサぁ」
そっと上がったリンジュの顔は、どうしてだか仄かに頬が朱に染まって、僕を見る目は熱く、彼女の周りだけ空気が桃色に染まっているかのように錯覚してしまいそうだった。
始めて見る、リンジュの表情。
「アタシ、やっぱり、この気持ちはよく分かりません。こんなの初めてで、これが美砂さんのいう恋というのなら、そうかもしれません。胸がドキドキして、今は苦しくて、自分が自分じゃなくちゃいそうなぐらいぐちゃぐちゃで。でも、もの凄く幸せで………」
柔和な瞳が僕を見てくれている。僕の胸も高鳴っていく。
「だからぁ、きっと、アタシも、ツバサぁの事が好きなんですぅ。それも、大好きなんですぅ。
だから、お願いです、ツバサぁ。アタシを、もっと、もっと、もっとぉ、ぐちゃぐちゃにして下さいぃ」
告白された。
その意味を理解するまでに、ほんの少しの時間が必要だった。
駆け寄ってくるリンジュを見ていると、心が白乳色の光で包まれていくかのような暖かさと嬉しさに満たされていく。




