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2-22

 

 和気藹々と少女を抱きかかえた母親同士が談笑を交わしている、屋台では鉢巻きを巻いた姉御肌な店主が威勢の良い呼び込みをしている。

 女の子だけが暮らす世界、オトメ。

 女の子だけで完結していたはずの世界を僕は駆け抜けていく。

 僕が大好きな人が今、自分の中に芽生えた想いが理解出来ずに苦しんでいる。

 どうしたら自分と向き合えるか分からずに泣いている。

 リンジュを救う方法はある。

 でも、それは、このオトメという世界の理を根本から覆してしまうことかもしれない。

 オトメの世界の常識をぶち壊す。

 そうすることでしかリンジュが笑顔なれないというのなら………僕は喜んで世界を相手に真っ向勝負を挑んでみせる。


「三宅 美砂!」


 ノックするのももどかしく、勢いよく彼女が滞在しているはずのドアを開いたけど、既にもぬけの殻だった。

 必要最低限の家具だけが揃っている客間には、テーブルの上には飲みかけのコーヒーと電源が入っているスマートフォンが残されたままだった。

 美砂が出向きそうな場所を必死に考え、部屋の入り口に立ちつくしていると、


「ミサお姉ちゃんならお部屋にはいないよ。ツバサ………お姉ちゃん……」

「ルルルちゃん?」


 いつものようにポニーテールに編むのでもなく、金髪を垂れ流している少女が、まるで小動物のようにとまどいながら、僕の事を見ていた。

 どうしたっていうのだろう、まるで………僕に怯えているかのようだ。


「美砂が何処に行ったのか、ルルルちゃんは知っているの?」

「あの渦を生み出せる場所いくって行って、リンジュお姉ちゃんと一緒に出ていたんだよ」

「リンジュと、美砂が一緒にっ!?」


 目の前が暗転しそうなほど、一気に血の気が引けた。

 三宅美砂がリンジュや僕に対して何をしたいのか、その真意はまだ分からない。

 でも、美砂は前にこう言っていた。


『この世界は、綺麗すぎるって言っているのよ。みんながみんな、表も裏もない、まるでお人形のよう。正直言って、気持ち悪いわ。見所がありそうなのは、せいぜいあのお姫様ぐらいなもんね』


 美砂はリンジュに何かを期待している。

 世界と世界を繋ぐ渦を生み出せる場所に行って、美砂は何をしようとしているのだろうか?

 もし、美砂がリンジュに期待しているのが、僕と同じ思いだとすれば、彼女はリンジュをこの世界から消し去るつもりかもしれない。

 すぐさま踵を返した。


「待ってっ!」


 リンジュをオトメから消さないためにも一刻も早く、あの世界と世界と繋ぐ場所にたどり着かなければならない。

 背中越しに聞こえてくるルルルちゃんの声を気にしている余裕なんてないはずだった………


「待ってよ、ツバサお兄ちゃん!!」


 あり得ない事が起きた。

 階段の途中で足が止まって、振り返る。

 今、僕は何を訊いた?

 聞き間違えじゃないはずだ。

 僕が、耳にしたのは、女の子しか存在しない、この世界ではあの言葉は存在しないはずだ。

 存在したとしても、オトメの住民には理解できるはずのない単語だった。


「ルルルちゃん、今なんて?」

「ツバサ、お兄ちゃんは………男なの?」

「どうして、それを言えるの?」


 初めて、オトメの住民に男と呼ばれた。

 別に僕は自分が男だって隠していたわけじゃない。

 最初からリンジュ達に男とだっと言っていたし、お風呂にはいるときに体を隠す事もなかった。


「ルルルちゃんは………男を理解できるの?」


 オトメには女の子しか存在していない。

 この世界の住民は、男という概念、理解出来ないはずじゃなかったのか。

 変わろうとしている。

 僕が変える前から、オトメは変わり始めていく。


「ルルルさ、あの渦を通って、ツバサ……お兄ちゃん達が生まれた世界に行ってきたんだよえ。えっと~~、地球って言うのだっけ?」


 金髪の少女は涙を堪えながら、スカートをギュッと握り締めながら、でも、真っ直ぐに僕を見てくる。

 その目に僕はもう女の子としては映っていない。


「そこは、ルルルにとって不思議な世界だったよ。ルルルみたいな人も沢山いたけど、初めてあったツバサ……お兄ちゃんみたいな感じ………ルルル達とは何かが違う人達も沢山いたよ」


 考えてみれば、僕がいた世界だと、恋人なんて街を歩いていれば自然と目に入ってくる。

 もっと早く気づくべきだった。

 ルルルちゃんは、僕以外にも男を数え切れないほど見てきたんだ。

 そして、女の子しかしらなかった少女が見たのは男の子だけじゃなかった



「ルルルやリンジュお姉ちゃんみたいな人たちと、ツバサ……お兄ちゃんみたいな人たちが仲良く手を繋いでいたり、抱き合ったり、唇を重ね合ったりしていたんだよ。もう、何だったの、あんな光景こっちじゃ見た事無くて。ルルル………訳が分からなかったよ」


 無垢だった少女は、恋人も見てしまった。

 地球で生まれ育てば気にも止めない光景だけど、男を知らないルルルちゃんから見たら、それは理解できない情景だったのだろう。

 異性。

 同じ人間だけど、異なる存在が愛を育む情景は、今はまだ、地球特有だから。


「それでね、ルルルは、美砂お姉ちゃんに聞いちゃったんだ。ルルルが見たものはなあにって?」

「美砂は………男を教えたの?」


 ルルルちゃんは、首を大きく縦に振った。

 絶句するしかなかった。

 これで確信できた。

 三宅美砂は、オトメからリンジュを消し去り………地球へ飛ばすつもりなんだ。

 この男を知ってしまった少女のように。


「ねえ、ルルルちゃん、良かったら教えてくれないかな、男を知った今の気持ちは、どんな感じなのかな?」

「へへへ?」


 ルルルちゃんは垂れ流したままの金髪を振りながら、笑った。

 好奇心に溢れた子供らしい笑顔で。


「ルルルはね、向こうの世界で少ししかいなかったけど、男の子と女の子があんな風に一緒にいるの……え~と恋人っていうんだけ? 恋人って良いなって思ったんだよ」

「良かった?」

「だって、ルルルが見た恋人の人たち、みんなが、ものすっごく~~~~楽しそうだったもん!」


 男の子を知ったばかりの小さな女の子は、目を輝かせていた。

 それは、まさに恋に憧れる女の子、そのものだった。


「向こうの世界で、ルルルは、リンジュお姉ちゃんのような優しいお姉ちゃんと出会ったんだよ。その人は……おとこのひとの力で、にんしんしたこともあって………ルルル達が知らないぐらい幸せそうだなって思ったんだよ!」


 世界が………オトメが、変わろうとしている。

 男の子の僕がやって来て、ルルルちゃんが男の子がいる世界へ行き、男の子を知る美砂がやって来て、女の子しかいなかった世界が変革を始めようとしている。

 まるで胎児が鼓動を刻み始めるかのように。


「だから、ツバサお兄ちゃんは、リンジュお姉ちゃんを、あのお姉ちゃんのように、ルルルが良いなと思うぐらいに幸せにしてあげてよね」


 応援されてしまった。

 こんな小さな、恋を知ったばかりの女の子に、僕の大好きな人を幸せにしてあげてと。

 そして、ルルルちゃんは証明してくれたんだ。

 女の子しかしらない、オトメの住民だって、恋を知ることが出来るんだって。

 もう躊躇う必要なんて、何処にもないんだ。


「ありがとう、ルルルちゃん。おかげで、凄く勇気を持てたよ」


 僕は一歩を踏み出した。

 大好きな人に、想いを伝えて………僕を男の子として見てもらうために。



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