2-16
「さあて、女風呂に堂々と裸で入ってくるようなこの変態を美砂はどうすればいいかしらね?」
ベットのに腰を下ろした美砂さんは足を組んで、冷めた視線で僕を見下している。
似合うはず無いと用意した極端に布面積が少ないレザー生地のミススカートとジャケットが今の美砂さんにはこれ以上なく似合っている。
「……ごめんなさい」
床に正座させられ続けている僕は、ただひたすら謝ることしかできない。
オトメで住んでいる分には僕がみんなと一緒にお風呂に入るのはおかしな事じゃないかもしれないけど、美砂さんはオトメじゃなくて僕たちが住んでいた地球からやって来たんだ。
日本だったら僕のしていたことは痴漢と罵倒され、逮捕されていたもおかしくない。
オトメ生活が長くて、気が緩んでしまっていたとしか言いようがない。
「え? 何か言ったかしたら、この女装趣味のヘンタイさん?」
「美砂さんの裸を見てしまい、すみませんでした」
床に額をこすりつけるぐらい深々と頭を下げる。
「美砂……さん? それは呼び方が違うんじゃないのかしら、変態ちゃん」
顔を上げれば、ぎろりと虫を見るような目で蔑まされた。
え~と、美砂さんって呼び方が駄目だったら、別の選択肢は、
選択肢1:美砂ちゃん。
選択肢2:美砂様。
様なんて言ったら、ふざけていると思われちゃうから、ここは選択肢1のはず。
「美砂……ちゃん?」
ッシュ
「ヒィィ」
左頬を美砂さんの右ストレートがかすめていく。
「美砂、様でしょう。この名前の呼び方も知らない子豚が」
ギロリとまるで獲物に静かに忍び寄る鮫のような目が僕を捕らえてはなさい。
「………」
美砂さんは何かを待っているように、にらみ続けている。
この沈黙だけで僕の胃はキリキリと締め上げられるように痛み出してくる。
「美砂………様………」
「はい。よく言えましたわね、子豚ちゃん」
目は全然笑ってない顔で、頭を撫で撫でされてしまう。
笑顔で接されているというのに、終始背中から冷たい汗が流れてきて止まらない。
心のトラウマじゃなくて、もっと深い本能へまで傷跡が残りそうなぐらい怖い状況だった。
出来ることなら今すぐにでも、声を張り上げて逃げ出したいぐらいだ。
でも、逃げたら、その後がもっと怖い事なんて、川の流れを見るよりも明らかだった。
「しかし、ツバサが男だったとわね。見事に騙されたわ。あんた、向こうの世界にいた頃は可愛くて、もてたんじゃないの?」
ぐさりと前触れもなく、忘れ去っていた記憶を抉られた。
その通りだ。
だって、僕がオトメにやってくた原因も元を正せば、同級生の男から女装してデートしてくれてって迫られたからなんだから。
「うん。も、もてていたかな………男から……だけど……」
「男? ああ、そう言う趣味の奴らか。なるほど、それもありね」
「いや、ありって何さ。ボクは正常だよ!」
「おすわり!!」
一喝。
「はいっ!」
咄嗟に僕は正座に戻った。
あれ? なにこの条件反射。
これじゃまるで、しつけられた犬。いや、むしろこれは………。
「うん。調教は良い感じね」
「調教…………」
まさに、その通りだ。
僕の身体は、美砂様に浸食されていくようで、下半身から蛇に飲み込まれたような嫌悪感が這い上がってくる。
「さあ、翼ちゃん。今日はその扉の向こうで震えている子に免じて見逃してあげるわ」
ミニスカートから覗く脚を組み直しながら、美砂さんは扉を指さした。
「ねえ、お姫様。盗み聞きは趣味が悪いと思うわよ」
ゆっくりと開かれた扉が開かれていき……その向こうには、リンジュが申し訳なさそうに立っていた。
シュンと項垂れた子猫のように顔を伏せて、きめ細かい黒髪が肩から垂れ下がっている。
「盗み聞きをしたご無礼をお許し下さいませ、美砂様。ツバサぁ、大丈夫ですかぁ?」
「うん。怖かったけど……大丈夫だよ」
本能にまで迫る恐怖で体が震え上がってしまいそうだけど、リンジュを不安がらせるわけにはいかない。僕は精一杯の強がりで笑って見せた。
「良かったですぅ。ねえぇ、美砂様も男なのですか?」
「はぁぁ?」
ええええええええええええ。
ちょっと、リンジュ、何その爆弾投下。
折角、美砂様から解放されそうだったのに。
ボクは恐る恐る彼女の顔を伺ってみる。
「あんた何ふざけた………って顔じゃなさそうね。ねえ、翼ちゃんこれはどういう事かしら?」
美砂様は頬を引きつらせながら、今にも怒りで体が震えだしそうなのを必死に堪えているのが分かる。
でも、リンジュが冗談や嫌がらせで彼女を男だと言った訳ではないことも理解してくれたみたいだ。
この人はちょっと………いや、かなり怖いけど、理解力はある人みだいだ。
「ここは、女の子しか存在しない世界っていうのは教えたよね。だから、この世界には、そもそも男の子って概念が存在していないんだよ。だけど、僕はそんなこと知らずに、自分が男だって出会った時に言ってしまったから、リンジュは異世界人はみんな男なんだって勘違いしているんだよ」
「ふ~~ん、つまり、お姫様は男の子って概念を理解できていない訳ね」
彼女は、やっぱり飲み込みが早い。
もしかしたら、理解が良すぎるぐらいかもしれない。
既に怒りは収まったようで、まったく贅肉のないシャープな頬に手を当てながら、少し考えるように天井を見上げる。
「でも、男の子がどんなものか、気になっているわけね」
「………」
リンジュから答えはなかった。
組んでいた足を解いて、リンジュの側へと近づいていく。
リンジュは狼を前にした小兎のように目を震わせながらも、退くことはない。
「あんた、女の子特有のいい目をしているわね。なんなら、ここであの翼ちゃんを使って男の子がどんな野蛮な生き物か教えて上げようかしら?」
リンジュの頬をさすりながら、甘い誘惑を投げかける。
え~と、野蛮な生き物ってあなたは一体なにをしでかすつもりなんですか?
「そんなことはするだけ無駄なのデス」
タロウさんはあいかわらず神出鬼没だ。
開かれたままの扉の向こうにゴスロリ姿の姿の彼が立って、隠すことのない敵意が浮かんでいる瞳で彼女を見ていた。
「男の子を知ったところで、彼女達には無駄な知識なのデス」
「あんたは、確かタロウ………ああ、その名前アンタもなのね」
向けられた敵意など何とも思わないのか、美砂様は納得したとばかりに手と手を合わせた。
「あんたも、翼ちゃんも、こんなハーレムな世界で、男として生きていけないなんて、窮屈そうね。色々と不満がたまっているんじゃないの?」
「そうでもないデス。こんな生き方も悪くないものなのデスよ」
「ふん。本当にそうかしらね? 美砂様には理解が出来ないわね」
肩をすくめながらリンジュから手を離して、扉に向かって彼女を突き飛ばした。
バランスを崩したリンジュをタロウさんが受け止めてくれた。
「ごめんね、お姫様。勉強の続きはまた今度にしましょう。ほら、翼ちゃんも早く出て行って」
「え?」
「美砂様は、疲れたから寝ることにするわ。でもね、美砂様は寝るときは何も付けない主義なのよ。また美砂様の裸を見たら、今度こそただじゃ済まさないわよ」
「はいっ」
冗談ぽくいっているのに、まつげの長い目元はなにも笑っていなかった。
這い上がってくる恐怖に突き動かされるように僕はリンジュとタロウさんを追って、一目散に部屋を出て行った。




